17. 一枚の依頼書
今回のハンマークラブは解体を終えると、少量は、討伐に参加した冒険者や自警団にも回ってくるが、殆どは商業ギルドへ引き取ってもらい、そこから街の商店などが買付け、皆の胃袋へ入る事となる。
そして商業ギルドが買い取った売上金が、冒険者ギルドへ入り、冒険者達への報酬として補填されるのだ。
大群で出現し、皆を恐怖に陥れた魔物も、こうなってしまえばただの食料で、少々哀れにも思えてくるのである。
ただ、今回の大群での出現の理由は、結局なにが原因かは解らず仕舞いだった。ハンマークラブが港に現れた時点で既に赤く興奮し、大群となっていたからだ。何のきっかけで興奮状態になったのかも分からず、ある種のスタンピードであろう、という事になった。
シドは解体作業を終えると、冒険者達と話しているジョージクに手を上げ、一人先に戻る。流石のシドも、体を使い過ぎた疲労感に襲われていた。
港から30分ほど歩いて、シドは宿へ戻った。
今日のギルドは色々と忙しいだろう。シドの体力が消耗している事もあり、ギルドへは明日顔を出す事にしたのだ。
集中の上掛けは今日初めての試みだった。試す時間も無く発動させたが、思ったより体への負担があったようだ。まだまだ鍛錬が足りないな、そう反省したシドである。
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シドは今回初めて、身体強化と風衣、そこから集中の重ね掛けを使ったのだが、体が羽の様に軽くなり、体を動かす速さと、剣一振りの効果が段違いで向上した。
速さに至っては、走れば一瞬で移動し、跳べば一瞬で今までの倍以上まで達した。剣の一振りは重くなり、刃こぼれしなければ堅い物でも貫けそうな程だ。
結果、集中は身体強化と風衣に対し、各々2倍の効果が出ている様である。
そして、魔力を流しながら使用する魔法、風衣を発動していたのだが、魔力の使用量は変わらない事が判った。
ただ先程の使い方だと、集中はコストパフォーマンスが良い反面、使った体の疲労感も大きくなる様だ。今まで以上に一気に筋肉を動かすのだから、当たり前と言われればその通りであるが。
身体強化・迷宮再生・亜空間保存・集中はシドの持つスキルである。魔法とは別の物で、自身の持って生まれた特技の様なものだ。
一部、貰ったものも含まれてはいるが…本来は、である。
スキルの使用にはオンとオフがあり、シドの場合、身体強化などは戦闘時にオンにして終わればオフで切る、といった具合で使用していた。集中もオンを入れてから、継続時間は10分しかないが、その間で使わなくなれば切る事が出来た。
10分経って切れてから又すぐに発動して使えるのかは、まだ試していないので不明であるが、もし今日のコンボで試してみた場合は、肉体の限界が先にきそうである。
それに対し、魔法は1回放つと終わるもので、シドの風衣は使用中に微力な魔力を流し続けて使っている。その為、風衣を掛けながら他の魔法を放つ事が出来ないので、風の刃などの魔法を使う場合は風衣を解除した状態で使用する事になる。魔法とはそういうものだった。
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体を休めた翌日の朝、シドは冒険者ギルドへ入った。すると、まだ朝だと言うのにギルドの中は混んでいない。不思議に思いつつ受付へ行く。
「おはよう、ケイシー。今日は空いているな」
「あっ!おはようございます、シドさん。昨日はお疲れ様でした。 ええ、今日はお休みを取っている人が多いみたいです」
「…ん?何でだ?」
「昨日のハンマークラブ討伐に参加されていた人達には、既に報酬が出ているのでそのせいかと…」
「そうなのか?…で、どう言う意味だ?」
働き過ぎる傾向の人には、意味が解らないらしい。
「昨日のハンマークラブの買取が良い金額になったので、その分が報酬に上乗せされています。ですので、参加された方は一律で金貨一枚が出ました。それで皆さん、余裕が出たのでお休みを取られているのでは…と」
「…なるほどな」
やっと解ったシドだった。
冒険者達は、ある意味その日暮らしである。堅実な者は金を貯めて、引退後の資金にしたりもしているが、殆どの者は金を手にすると、気持ちに余裕ができ金がなくなるまで休む者も多い。昨日は少し実入りが良かったので、本日は休むという者も多いのだろう。
「シドさんも討伐に参加されていたので、手続きをして下さいね。あっシドさんの活躍、聞きましたよ?冒険者の皆さんへのアシストが凄かったって」
「いや、ジョージクの采配だな。ジョージクが指示を出していたから、皆がバラバラにならず連携が取れたんだ」
「そうでしたか。それでもシドさんも凄かったのですから、もっと胸を張って下さいね。 はい、この書類に名前を書いてください」
口を動かしつつも、ケイシーは手際よく手続きをして行く。
「これでいいか?」
「はい、結構です。ご記入ありがとうございます。こちらは入金しておきますので、後ほどご確認下さいね」
「ああ。ありがとう」
シドは手続きを終わらせ、依頼書の貼ってある掲示板を見る。本日もシドは依頼を受けるつもりであった。通常運転である。
そこへギルドの扉が開き、竜の翼の4人が入ってきた。
「シドだ。おはよー」
ルナレフが笑顔で声を掛けてきた。気付いていたシドも手を上げて答える。
「昨日は港が大変だったって?俺達は休息日で、気付いたら終わった後だったんだよ。俺も参加したかったなぁ。シドは出たんだって?」
矢継ぎ早に話すルナレフに苦笑する。
「ルナレフ、終わったことをグダグダ言うなよ、シドが困ってるだろう…」
ペリンがフォローしてくれた。
「皆は昇級試験前で色々とあるから、たまにはいいんじゃないか?しっかり休めたのか?」
「はい。皆ちゃんと家で休んでいました。でも、試験前で緊張していたり勉強していたりで、気持ちは休めなかったですけどね」
ミードが苦笑した。
竜の翼はここ、コンサルヴァを拠点としている。その為、メンバー皆で家を借りて生活しているのだと、行動を共にしていた時に聞いていた。
「それで、今日は依頼を受けるのか?」
「いいや、今日は昇級試験の予定で来たんだが…。昨日あんな事があった後だから、延期になるかも知れないな。俺がケイシーに聞いてくる」
ペリンはそう言って受付へ行く。
直ぐに戻ると「やるそうだ」と伝えた。
すると一瞬で3人の顔が締まる。
「じゃあ、俺達は別室へ行ってくる。またな」
「ああ。頑張れよ」
笑顔のペリンと神妙な顔の3人と別れたシドは、再び依頼書の閲覧を始めた。
そして1枚の紙を取り、受付へ行き手続きをするとシドはギルドを出た。
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本日シドが受けた依頼は“アルミラージの討伐”である。
先日通った道のコンサルヴァから2時間程の所にある、ブリュー村の作物を狙い、アルミラージが現れる様になったとの事だ。
アルミラージは、兎に似た姿をしていて目が赤く小振りな魔物であるが、群れで生活している為、作物が狙われれば殆ど食い尽くされてしまう。
それでは農家も生活が成り立たなくなってしまうだろう。この討伐依頼はD級対象であるのだが、早めに対応した方が良い案件であった為、シドは受ける事にしたのだ。
地図を片手に街を出たシドは、そのまま北へ向けて歩き出すと、人の気配が無くなった辺りで身体強化を掛け、走り出した。
本日もしアルミラージが見付けられずにいても、1~2日位は野宿するつもりで、食料や水もしっかりと亜空間保存に入れて用意はしてある。そして、シドは普段から街々を転々としている事もあって、野営も慣れていた。
走り出して40分程が経った。身体強化を掛けているので疲れは余り出ていない。あと30分も歩けばブリュー村が見えてくる頃である。
そこからシドは、身体強化を外し、道をそれて森へ入っていった。
アルミラージは森に生息している。村に行っても巣は見付からないだろう。獣道もない森の中を、気配を探りながらシドは進んで行った。
鳥が囀り、時折リスが居たり蛇が出たりする。豊かな森の様だ。この森を北北東側へ抜けると隣領のソルランジュに入るが、割と広い森であり早々には領分を越える事はなさそうである。
足音を潜ませ気配を探りながら奥へ歩く事、約1時間。北側から魔物の気配を感じた。
だが、これはアルミラージでは無さそうだ。アルミラージの気配は、1匹ずつでは弱いが群れで居る為に、薄い気配が広がる様に感知できるはずなのである。
だがこれは一か所。しかも大型の魔物の気配が1つ。
更に近くに人の気配もあった。
シドは身体強化を掛けると、その気配を頼りに道なき道を駆け出したのだった。
補足:通貨のイメージです。
1ダラル=100円、10ダラル=1,000円、100ダラル=銀貨1枚=10,000円
銀貨100枚=金貨1枚=100万円、位な感じです。
物価もろもろありますが、宿は一泊食事付きで平均、銀貨1枚前後です。
因みに、剣などで上質な武器は、金貨単位で流通しています。
スキル・魔法についてはご都合設定となっております。ご了承下さい。




