13. 雨宿り
テレンスは随分と経ってから、偵察から戻ってきた。広範囲に見て回っていたらしい。
「問題なし」との事である。
テレンスも戻ったところで、少し早めの昼食を摂るも、デュランに促され、直ぐにまた薬草採取を始めた。
食後も3時間程ほど経った頃
「たくさんとれました!」
そう言ってシドに報告に来たデュランは、少し汗ばみながらも、まだまだ元気そうである。
「薬草の見分け方は覚えたか?」
「はい。ミードさんに見かたを、おしえてもらいました。これがおクスリになるなんて、すごいんですね!」
そんな報告を聞いていると、離れた場所のルナレフから声が掛かった。
「おーいデュラン君、そろそろ引き上げるぞ!」
聞いたデュランは元気よくルナレフの下へ戻る。
シドもそちらへ歩き出すと、横にテレンスが並んだ。
「帰りに一雨きそうだな」
空を見ても木々の隙間からはまだ何も見えないが、空気が変わってきた事は、シドも気が付いていた。
「そうだな。着くまで、もつかどうか…というところだな」
お互い頷きあって、デュラン達に合流した。
やはり、後もう少し…という処で雨が降り出し、途端に大粒になる。走って街まで戻る事も考えたが、子供がいる為、大事を取って一度雨宿りをする事になった。
「この奥に洞窟があった。一時的なものであれば使えるだろう」
先程テレンスはこの辺りまで来ていたらしく、皆に情報を伝える。道から右側の林を指したテレンスに、冒険者達が頷いた。
「では一旦そちらへ向かいましょう」
ミードが言ったと同時に雷鳴が森に木霊した。
「わぁー!!!」
デュランは気丈に振舞っていたが、ルナレフにしがみ付きガタガタ震えている。
「デュラン、俺が抱き上げて移動するが、いいか?」
シドが問うと頷いたので、マントの内側へ入れる様にしてデュランを抱き上げる。
そして皆が顔を見合わせ、走り出した。
「デュラン、走るからしゃべるなよ」
そう囁きかけると、シドも皆の後を追って走り出した。
2分ほど行った所に、大きくはなさそうな洞窟があった。入ってみると空間は2部屋分程の広さだ。
シドは入口付近でデュランをゆっくり下ろすと、下ろされたデュランは周りをキョロキョロと見る。
「洞窟だ。生き物の気配はない。安心して雨宿りが出来るぞ」
そう言ってシドは頭をひと撫でしてやると、デュランも少し落ち着いたらしかった。
近くではテレンスが、洞内に落ちていた枯草と枝で既に火を熾していた。
「デュラン君、濡れていませんか?こちらで火にあたりましょう」
コクリと頷き、ミードの誘いに火の傍へ行く。
デュランに風邪を引かせる訳にはいかない、と皆が火の傍で過ごす事にしたらしい。
シドは入口から外を見る。雨と雷はまだ続いているが、長引く事にはならないだろうと思えた。
振り返り洞窟の奥を見ると、間口は狭いが空間がある様に見える。
それに少し興味を引かれた。
「俺は奥を見てくる」
そう言ったシドは一人、奥の細道へ入った。
だが60mも行かない所で行き止まりとなる。何か引っかかる感覚はあったが、何もなかったので引き返そうと踵を返すが。
(!!)
突然シドを浮遊感が襲う。咄嗟に声を出さなかったのは、冒険者としての経験の多さであろう。
すぐに足が付いた感覚に、咄嗟に剣を握る。
≪…“再生者”…?≫
何も見えぬ暗闇の中、声が聞こえた。
「……」
≪おぬしが…“シド”か?≫
再び頭の中に響く。
「…ああ…そうだ」
シドが返事をすると、目の前に白いモヤが現れ辺りが少しだけ明るくなった。
≪おぬしを内部に転移させ、入口からは少し離れた場所に来てもらった≫
(そうか…浮遊感は転移だったのか…)
≪“再生者”に用があり、一時的に仲間から離れてもらった。おぬしもその方が、都合が良いはずだ≫
諦め気味に頷くと、それに尋ねる。
「お前は?」
≪ワタシは“迷宮”≫
(ここはダンジョンでは無かったはずだが?)
「ここがダンジョン…だと?」
≪ここは本来“迷宮”だ。迷宮として出来たものだった。しかし、魔素の循環が上手く行かず、入ってきたものが漏れてしまう。結果として迷宮の内部を造っても維持が出来ないのだ。だから今はただの洞窟としてここにある。…そして、シドは“再生者”だと聞いている。ワタシは再生を希んでいる≫
「ウラノスは何故、俺を知っている?」
≪迷宮は大地の魔素と繋がっている。魔素を通じて迷宮は繋がっている…迷宮は大地の魔素と繋がり、そして再生した≫
(ダンジョンの精神同士は情報を共有できる…という事か)
「もし“再生”させる場合、仲間が入口に居るが影響はあるか?」
≪問題はない。入口付近、1階は干渉される事はない≫
「そうか…。上手く行くか保証はないが、それでも良いか?」
≪それで構わない≫
「…承知した…」
その場で、腰から鞘ごと剣を抜くと片膝を付き、剣を置く。
(ウラノスを活性化させる)
掌を地面に付け目を閉じた。
シドの体から魔力が立ち上がる。脳裏に迷宮の詳細が浮かんでくる。
(これがウラノスの構造か。地上から切り離された処に迷宮があるが…脆い?)
一か所、僅かな流れだがそこから魔素が漏れ出ている事がわかる。理解した。
「聖魂快気」
シドは詠唱する。
迷宮をほぐし、内部を攪拌させ…戻す。
時間にして30秒ほどでシドの纏う魔力が消え、目を開けた。
やはり結果の可否はシドには判らないようだ。
白いモヤを見ると明るく光った。
≪感謝する≫
「問題ないか?」
≪ああ。魔素を内部へ循環できるようになった≫
シドは頷く。そしてゆっくりと立ち上がった。…立ち上がれた。
前回迷宮再生を使ったときは、魔力が殆どなくなってしまい、立ち上がる事も出来なかったのだ。それを不思議がっているシドに気付いたのか、<ウラノス>は告げた。
≪<ハノイ>は大型で魔素を大量に循環させる作業となるが、ワタシはまだ生まれたばかりの小物。シドの魔力を使い切る事はなかった≫
「そうか…生まれたばかりだったのか」
≪ワタシはまだ若い。そして迷宮としての機能を使う事が出来ずにいた。だが、魔素は満たされる。今後は少しずつ拡充してゆく事になる≫
白いモヤが揺れた。
≪ワタシに魔素を満たす為には10日程かかるだろう。その後であれば、またこの地を踏んだ時に、ワタシを訪ねるが良い。活きの良いダンジョンマスターでも用意しておくぞ?≫
「……勘弁してくれ……」
シドは苦虫を噛み潰したような顔をした。
≪ククク。シドよ、礼として“集中”を追加させてもらった。ワタシはまだ微力故に、有用なスキルではないが利用すると良い≫
「……」
迷宮達はどうしてこうもホイホイとスキルをくれるのだろうか…いいや、そんな事より、もうスキルは追加されてしまっている。今度こそ、スキルの概要をしっかりと聞かなくてはならない。
「その“集中”とは、どんなスキルだ?」
≪“集中”とは、一時的に自身の能力を倍にすることが出来る。速く走れる・遠くのものが視える・音が良く聞こえる、等ある≫
「一時的とは、どれ位の時間だ?」
≪大したスキルではないからの…人間で言うところの10分程度だと覚えておくと良い≫
「そのスキルは重ね掛けが出来るか?…身体強化を掛けている時にも、発動できる…?」
≪ 可能 ≫
「…そうか…」
ここまで聞いて、シドには使い勝手が良さそうだと考えていた時、<ウラノス>が言う。
≪このスキルの発動中は、魔法の威力も倍になるはずだ≫
(!?)
流石にコレはシドも絶句した。“大したスキル”であるではないか、と。
確か、先日読んだ書物にも記述があり、保持者は国内に約10%位は居るらしい、との事だった。これならば人前で発動しても、問題はなさそうだ。と、そう思ったのに、こんな裏技的な使い方があるとは。
「…有難く使用させてもらう」
≪そうしてくれ。ではそろそろ仲間が探し出すかも知れん。送ろう≫
白いモヤが揺れ、光が明るくなった。
≪感謝する…シドよ、また会おうぞ≫
そう聞こえた瞬間、先程の洞窟の行き止まりに立っていた。
シドは壁を一度叩くと、すぐに踵を返し何事もなかった様に仲間たちの居る焚火へと戻っていった。
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「何かあったのか?」
ウラノスの処にいたのは凡そ5分。
奥に何も無いのに戻ってこないシドを心配したのだろう。そう声を掛けられた。
「ちょっと…用を済ませただけだ。問題ない」
テレンスからの問いの答えに、含ませたシドの言葉を聞いた者達は何か勘違いでもしてくれたらしく、頷いて返してくれた。
「雷も遠くなってきましたし、雨も止みそうですね」
ミードの言葉通り、少しすると空は晴れ、程なくして洞窟を後にした。
洞窟から街までは10分程の道のりだ。道はぬかるんでしまったが、木々の合間からキリルの隔壁も見えていた。視界に映る目的地にデュランも愚図る事無く自分の足で歩きながら、今日の出来事を父親へ報告するんだ、と嬉しそうに話していた。




