12. エガニ村と依頼主からのお願い
今回も小休止となります。お付き合いください。
マッコリー達の護衛は、特に問題も無く、2日目にはシドとテレンスが付いた。
その日は納品で、街中の店々を回った。巡った店は皆、食品を扱っている店舗であった事から、ツエリイ商会の取扱い品は、食料関連の様だと推測できた。
夕方になり宿の食堂に集まった皆は、また一つの席に集まる。
この宿自慢の“ほろほろ鳥の唐揚げ”を目の前に、マッコリーは話す。
「明日は、先日お話しました村へ行きます。エガニ村と言いまして、ここから北東に2時間位行った所にあります。朝から出て、夕方には戻って来る予定です」
そこで一度話を止めて、デュランを見る。
「デュラン、エガニ村は何が有名ですか?」
いきなり問題が出て、デュランは少し固まっている。自分に話を振られるとは、思ってもみなかったのだろう。
「えっと……。丸くてあまくて、ピンク色の…くだもの?です」
「そうですね。まぁ、そこまで分かっていれば、今は良いでしょう」
そう言って今度は皆に、視線を戻す。
「エガニ村は “チーピ” という果物が取れます。山間で育てられる物で、エガニ村はこの辺りでは有名な産地なのです。エガニ村に、いつもチーピを卸して貰っている人がいますので、明日はその人を訪ねる予定です」
マッコリーは、そう伝えた。
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次の日、朝からキリルを出発した。片道2時間の道のりらしいが、村への道は整備されておらず、土がむき出しの轍が残る道だった。
村は山間にあるので、街からは少しずつ登っている。平地よりは体力を使うが、これ位であれば冒険者にとっては苦にならない程度。シドものんびりとした風景を眺めつつ進んで行った。
2時間ほど経った頃、林を抜け拓けた場所へ出る。一面には畑が広がり、青々とした植物が騒然と並び、道の両脇に延々と続いている。少し奥に目を向ければ、平屋の家が一定の距離をあけて、点在しているのが見える。
こうして自然と一体化したのどかなエガニ村へ到着した。
御者のロニは場所が分っているのか、そのままズンズンと馬車を進ませて行く。
そして畑からも少し奥まった、一軒の家の前で止まった。マッコリーとデュランが馬車から降りてきて、冒険者達に言う。
「こちらの家です。私達は話をしてきますので、皆さんはここで少しお待ちください」
そう言ってからマッコリーは家の扉を叩いた。
「こんにちは、ツエリイ商会です。ハンスさんはいらっしゃいますか?」
「おう、いるぞ」
そう言って扉を開けたのは、60歳位の男性で白い髪が混じり、日焼けした顔の矍鑠とした老人だった。
「よく来たなマッコリー。元気そうで何よりだ」
「ハンスさんも、お元気そうで何よりです。またこちらの美味しいチーピをいただきに来ました」
そう言ってから隣のデュランに顔を向ける。
「この子は次男のデュランです。デュラン、ハンスさんにご挨拶なさい」
言われたデュランは頭を下げた。
「はじめまして。ボクはデュラン・ツエリイ、7才です。よろしくおねがいします」
その様子を見たハンスが破顔する。
「そうか、デュランか。儂はハンスという。こちらこそ宜しくしな」
手を伸ばし、デュランの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「デュランは見習いになったばかりです。以後お見知りおき下さい」
ハンスが頷く。
「チーピの用意はしてあるし、立ち話も何だ。狭いが中に入ってくれ。後ろの兄さん達も入ってくれ!」
そう言って、皆を家の中へ招き入れてくれた。
ハンスの家は、とても広い造りの様だ。
入口を入ってすぐに広く何もない空間があり、その奥にある扉は開いていて、そこからは温もりのある部屋が見えた。
一行は奥の部屋へ案内されると、そこは更に広く、宿であればこの部屋で10人は泊まれそうな程だ。そして木の温もりが伝わりそうな大きなテーブルとイスが置いてあり、そこも10人は余裕で座れそうである。
皆が広さに驚いている事が判ったのか、
「村では皆が1軒の家に集まって、飲んだり食べたりする事もあってな。この村の家は、部屋を広めに作ってあるんだ。土地だけはあるからな」
そう言って笑った。
話を聞いたところ、入口の何もない広い部屋は、雪深い冬の時期に使う部屋で、何かの作業をしたり、薪を大量に積んだりと、多目的に使われる部屋なんだそうだ。初夏の今の時期は特に何も置いていない、とも言っていた。
しっかりと生活に根付いた家の説明を、緊張しつつデュランも楽しそうに聞いていた。
ハンスの家で、昼食とチーピをたらふくご馳走になって、買い受けるチーピを少量、馬車へ積み込んだ。勿論、殆どはマッコリーが亜空間保存へ入れて持っていくらしい。良い品が手に入って、マッコリーはニコニコ顔である。
「それでは、今回もとても上質なお取引を、ありがとうございました。そして、私共をおもてなし下さり、感謝いたします」
そう言ってマッコリーは深々と頭を下げた。
「いーや。こちらこそ、良い取引をしてくれて助かったよ。デュランにも会えて楽しかった。また来てくれよ、デュラン」
「はい!ハンスさん。またきますね!」
デュランも元気に返す。
こうして大量のチーピを仕入れ、キリルの街へ向け、のどかな景色の中を戻っていった。
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無事にキリルへ戻ったシド達は、手早く後片付けなどを終え、常習と化した宿の食堂に集まっていた。
夕食を終えた途端、デュランは眠そうに目を擦りだす。今日は、往復の移動にハンス家への滞在と、一日中、見習い勉強をして気も張っていたらしく、電池切れの様である。
今回の旅は、“遊びではない”と重々言い聞かせられているのだろう。子供らしく駆け回ったり大声を出したりもせず、一生懸命に見たものを覚えようとしているのがわかる。図書館で会った時の“やんちゃ坊主”とは雲泥の差で、シドもデュランを見直していた。
そんなデュランを早々に引き上げさせ、残りは恒例の打合せである。
今日までで、今回の目的は殆ど終了し、後は、この街で発注してある商品を引き取り、ギルドへ帰りの挨拶をして帰るだけ、との事だった。
その為、マッコリーからペリンへお願いが出る。
「明後日の最終日、デュランと私は別行動をとるつもりです。その日デュランには、近場の薬草摘みに行ってもらいたい、と考えています。…そこで皆さんには、デュランとの同行をお願いしたいのです」
聞けば、ツエリイ商会は薬草も取り扱う様で、どんな物がどんな場所で採れるのかを、勉強させたいのだそうだ。護衛しながら、色々と教えてやって欲しいとの事だった。
「承知しました。最終日は、私がマッコリーさんの護衛にあたり、その他のメンバーが、デュラン君の護衛につきましょう。採取する薬草は決まっていますか?」
「いいえ。ですので、冒険者ギルドの採取依頼の中から、選んでいただいて構いません。皆さんには低ランクの依頼を受けていただくことになりますが、その中から近場の物を選んで欲しいのです」
「わかりました。では、最終日はその様に。明日の街中での護衛は、ルナレフとミードです。私はギルドに採取依頼の確認へ行ってまいります」
「よろしくお願いします」
マッコリーとペリンは、そう話を括る。
話を聞いていたシドは、『デュランがそろそろこの旅に飽きてくる頃と見越して、この話を出したのだろう』と、マッコリーが商人としてだけでなく、息子の様子にも気遣いを見せている様を、好ましく思った。
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こうして最終日、朝早く冒険者ギルドへ行き、薬草採取の依頼を受けると、宿で用意してもらった昼食を持ち、デュラン・ルナレフ・ミード・テレンス・シドの5人で、街の東へ向かった。
今日受けた依頼は常に出ているもので、一般的な傷薬で使う“オトギリソウ”や“ヨモギ”といった、採取し易い物を選んだ。
街から30分ほど歩く。デュランも目を輝かせながら元気に歩いている。だがこれ以上の移動は無理だろう、帰りも徒歩なのである。
今歩いている箇所は道ではあるが、冒険者しか歩かぬ様な手入れのされていない道で、木々の間を通るため見通しは余り良くない。
目的地は少し小高い場所となった、下級の冒険者達が通う薬草採取の場所である。
今の季節は初夏。朝夕は少し涼しいが日中は過ごしやすく、森に入ると丁度よい気候だ。
今日はデュランも冒険者の様に、長袖シャツに長ズボン、足元はしっかりとしたブーツで上には外套を羽織り、野歩きに適した服装をしていて、少し汗ばんでいる位だった。
ルナレフがデュランに声を掛ける。
「今日はこの辺りで薬草採取をしよう。デュラン君は必ず、一人では行動せずにお兄さん達と一緒に居る事。摘む薬草は必ず、誰かに確認する様に。間違って毒草を取ってしまう事もあるからね」
「はいっ!!」
デュランの元気な返事が返ってくる。
「俺は周りを見てくるよ」
テレンスはそう告げて、一人で偵察に出る。
シドも周辺の気配を探っていたが、小動物の気配しか感じない。大丈夫だろう。
ルナレフとミードは、薬草の本をデュランに見せつつ、説明を始める。シドはその様子を見てから周辺を見回る事にした。
この場所は、街から然程遠くは無いが、森は静かに自然を育んでいた。小鳥の声、風が揺らす葉の音、涼やかな空気で気持ちの良い場所だ。
シドが、景色を見ながら足元の動物の足跡を確認しつつ、草花の香りに満たされた頃、デュランは声を上げながら楽しそうに薬草を摘み始めていた。
2023.9.30-誤字の修正をしました。




