11. キリルの宿
この辺りは、小休止的なお話となっています。少し先ではシドも動き出します。
まだまだ、お付き合いの程よろしくお願いいたします。
冒険者ギルドを出た3人は、マッコリー達と街の門前で合流しキリルの街へと向かった。
今度の護衛配置は初日に近く、各々が馬車の周りに間隔を取りつつ歩く。ペリンとルナレフ、テレンスは馬車の後方に固まり、先程の事を話しているらしい。時々笑い声が聞こえ、楽しそうだ。シドはミードと一緒に馬車の前方を歩いていた。
「シドは昇級試験を受けないのですか?」
そう聞かれることは分かっていた。だが、なかなかに直球である。
「ああ。俺はC級で良いんだ」
「何か問題でも?」
少し気遣わし気に問われるも、いつも通りの言葉を紡ぐ。
「国の依頼を受けるのは面倒だからな。縛られるのも億劫だ」
ミードは納得出来ないのか、問い続く。
「国からの依頼も頻繁な訳ではないでしょう? 多少の強制力は働きますが、B級以上になれば、一気に有名になって、報酬も増えると思うのですが…」
ミードからは困惑の想いが伝わってくる。自身がB級に上がった時の弊害を、考えているのかも知れない。
「普通は問題ないだろう。ミードが言った様に頻繁に国からの依頼もある訳では無いし、報酬も上がるだろう。だが俺は、報酬よりも自由を選択したい。“強制”が少しでも発生する時点で“なし”だ。まぁ、スタンピード等の緊急事態があれば、話は別だがな」
ここでミードも納得したのか「そうなのですね」と返す。
「俺はランクよりも、自分の選ぶ依頼を受けて活動していく方が良い。C級までの依頼では大物の討伐は無いが、身の丈に合った…生き方をして行きたい」
いつになく、シドは切実に想いを伝える。
目立たずに引退するまで、普通の日常を送りたい。だが“迷宮再生”が露見すれば話は変わってくるかも知れないが…。
まぁ、そもそもの“普通”が、討伐や戦闘を繰り返している日常であるから、どこからが普通以上なのかは、シドにしか解からない気もする。
そこで、先程の強盗との戦闘を思い出したシドが切り出す。
「そう言えばミードは、障壁が使えるんだな。保護対象がいると、安心して戦闘に没頭できないから、ミードが居れば、気兼ねなく戦える」
そう言ったシドに、ミードは微笑む。
「私は戦闘では前衛に出られませんが、後方から少しでも皆を支えたいと、そう思っています」
そう呟いた。
エポからの道のりは、デュランが景色を楽しむまでの余裕があり、時々馬車の中から歓声が上がる。
マッコリーもデュランを気遣い、にこやかに道々の説明をしていた。
目の前に広がる果樹園の“実”は何か、収穫時期はいつ頃か、それをどう加工するのか…。
決して勉強ではなかった…と思う。とにかく、穏やかに移動する事が出来たのだった。
日が暮れてきた頃、目的地のキリルへ到着した。マッコリーがキリルの宿を予約していたので、そのまま宿へ向かう。
街の門をくぐり、馬車で10分位の場所にその宿 “風の塒” はあった。
マッコリーは宿の主人に、到着が遅くなった事を詫び、今日の予定を話しているようである。
ロニは厩の者達と、馬車を引き奥へ入っていく。宿の入口にはデュランと冒険者達が残っていた。
「デュラン君、お腹すいてないか?」
「もうペコペコだけど、ねむいです…」
今日は色々あって、心身ともに疲れたであろうデュランは、目が半分しか開いていない。
「もうちょっと、がんばれ~」
ルナレフとデュランが話していると、マッコリーの指示で宿へ入る事となった。
「部屋は2階です。私とデュラン、ロニは1室にしています。隣の部屋に3人と2人部屋を取ってありますので、皆さんで部屋割りをお願いします。一度部屋に荷物を置いていただき、すぐ食事となりますので1階のこちら奥の食堂へ来て下さい」
ロビーで話していたマッコリーが受付の右側を示す。そちらの奥に食堂があるらしい。
皆が了承すると、先にマッコリー達3人は部屋へ向かった。
鍵を受け取ったペリンが話す。
「3人と2人に別れるぞ。ミード、ルナレフ、テレンスで一部屋、俺とシド、で良いか?」
「オッケー」
とルナレフが言い、皆が頷く。
「じゃあカギはコレな」
そう言ってペリンは、ミードへ部屋の鍵を渡す。
ペリンはいつもこういった場面で、ミードを頼りにしているのだろう。そして各自、部屋へ入った。
シドはペリンに続き入室する。
「悪いな、俺と相部屋で」
部屋に入るや否や、ペリンが言った。
「逆に、俺がパーティメンバーではないから、それは俺が言うセリフだな…」
「ははは。じゃあ、そういう事でよろしく」
ペリンは気遣わせぬ様に、先手を打ってくれる。流石リーダーである。
「んじゃ、荷物も置いたし、食堂だな」
そう言って二人は食堂へ向かった。
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食堂へ行くと、既に座っていたマッコリーが手を挙げる。
「ここです」
皆も席についている。
シド達も席に座ると、早々に、続々と料理が出てきた。
「おすすめを頼みました。他に食べたい物があれば頼んでください」
マッコリーの手際が良い。見ればデュランが隣で、船をこぎ始めていた。
ペリンとシドが苦笑して頷くと、皆で料理を食べ始めた。
「デュラン、しっかり食べなさい。明日も出かけるので、ちゃんと食べてから寝る様に」
「…はい、父さん」
親子の微笑ましい会話を聞きつつ食事は進んだ。
食事が終る頃、ロニが声を掛けた。
「旦那様、坊ちゃんは先に私がお部屋へご案内します」
「そうですね、そうして下さい。私たちは少し明日からの予定を打合せしますので」
ロニは了承すると、デュランと一緒に退席した。
「明日は商業ギルドへ向かう予定です。街中での移動となりますので、護衛は少人数で結構です。全員で動くのも目立ちますし」
ペリンはマッコリーを見て頷く。
「分かりました。何かあってもいけませんので、街中では2名護衛につきましょう。明日は私とミードが付きます」
「残りの方達は、依頼の途中ではありますが、好きに動いていただいて結構ですよ。でも連絡は取れるようにしておいて下さい」
ここまでの話に皆が頷く。
そこでシドはペリンに問う。
「ペリンは槍だろう?街中でも使えるのか?」
「問題ないな。普段は長槍だが、街中では短槍を使う」
「理解した」
ペリンが武器として使っている物は、5m程の長さの槍だ。街中の通りに広い幅員があっても、その5mの物を振り回す事は通行人にも当たってしまうし、実質無理なのである。その為ペリンは、街中では短槍を使う様だ。
2人の会話を聞いていたマッコリーも頷いた。
「この街を出るのは6日後、滞在は5日間です。明日と最終日は商業ギルドへ、間は納品と仕入れで2日の予定です」
ここで1日の誤差が出る。
「残りの1日はどうされるのですか?」
ペリンが聞くと、心得た様にマッコリーは言う。
「その日は日帰りで、この街の近くにある村へ行く予定にしています」
「分かりました。ではその日は、全員同行でよろしいですか」
「そうして下さい」
滞在中の大筋予定を確認し、日ごとの護衛は都度に決める事にして、部屋へ戻る事となった。
「シド、風呂へ行かないか?」
「いや、俺は後にする」
「じゃあ俺は、先に行ってくるな」
「ああ」
ペリンを部屋から見送ると、剣を取り出し、手入れを始める。
シドは毎日のこの時間を大切にしている。剣が大事という事もあるが、思考を纏めるには丁度よく、集中できるからだった。部屋に独りという事もあり、黙々と作業する。
シドは初めてキリルの街へ来た。
なるべくなら王都に近づきたくはないシドは、今までキリルの街は避けて通っていたからだ。
しかし今回は、依頼を受けた事により同行したのだが、期間も短く表立った行動もしないので、問題は無いだろうと踏んでいる。
キリルは王都に近く人も多い。
ここから王都までの道は、高くは無いが山があり、峠を越えて1日で辿り着くらしい。そうなると、王都との人の行き来も盛んな街であろうと推測できる。
シドの知る、この街の情報は少ない。
以前に聞いた事のあるものは、“ キリルの街にダンジョンは無い ”という事だけだった。
2023.9.30-誤字の修正をしました。




