108. SS-C級冒険者は一人旅をする
皆さまご無沙汰しております、盛嵜です。
久しぶりにこちらへ投稿させていただきます。
尚、今話は「107. SS-それから」より後の時系列で、そして少し長めの短編。
皆さまが少しでも楽しんでくださると幸いです。
つい先日、ネッサの地でリュシアンを見送ったシドは今、コンサルヴァにいた。
もちろん剣が仕上がってから、である。
これまでのシドであれば10日程掛かっていた距離も、今ではたった数日で移動できる。それも魔力回復時間を考慮しての日数であり、ポーションで強制的に魔力を回復すればもっと早く遠くまで行く事も出来るだろう。
ただしそれは、一度行った場所に限られる。
そんな事で何度かに分け、最終座標をコンサルヴァに設定して飛んだシドは、この街からのんびりとロンデに向かうつもりなのであった。
ただしここから先はなるべく今まで行った事のない場所を歩き、またリュシアンと行動を共にする時に使えるよう、転移先の選択肢を増やす意味もある。
その為、良く知るコンサルヴァで食料などを買い込み、知り合いに見付からないうちにこっそり出発する。
今のシドは、髪が手入れされ髭もない身ぎれいな格好だ。
見つかったとて気付かれない可能性もあるが、もし気付かれでもすれば大騒ぎになる事は目に見えており、ジョージクにも何を言われるか分からない。
用心するに越したことはない、という訳である。
こうしてまだ陽のあるうちに出発したシドは、コンサルヴァのあるスワース領を西へ横断するように進んで行く。
ロンデまでまっすぐ北西に向かえば早いのだが、それではアルフォルト公の領地を横断する事になる。
先日の一件からまだ心の準備が出来ていないシドは、アルフォルト公の領地を横断しないルートを選択したのだ。
喩え領地を横断しようとも本人と出会う事はないだろうが、色々と誤解していた手前、シドはまだネレイドと顔を合わせるのが気恥ずかしいのである。
そんなシドは、何度か通った事のあるスワース領の道を歩き、数日後にはその先にある河を渡ってヴォセリック領に入る。
(一人で歩くのも久しぶりだな)
以前のシドは、ずっとソロ冒険者として活動してきた。
時々臨時でパーティに誘われる事はあったが、リュシアンと知り合うまでの8年間は、単身で町々を移動しつつ冒険者稼業を続けてきたのだ。
(しばらくは野宿で行くか)
食料や着替えなどはたんまりと亜空間保存に入っているし、水場さえあれば生活する分に支障はない。また髭を伸ばすのもありだなと、この後また身ぎれいにさせられる事はひとまず忘れ、しばし一人の時間をのんびり過ごすシドであった。
こうして船着き場から続く道を暫く歩き、向かう先に街の気配が近付いてきた頃。そこで道をはずれ、シドは北側に面する森の中へと入って行った。
春先の森はまだ下草もまばらで歩き易く、日中は木々に遮られる事のない陽射しが注がれ割と快適だ。
外歩きに不慣れな者であればまだまだ肌寒いだろうが、シドはそんな場所にも慣れた冒険者なのである。
そして森に入って小一時間程した頃、人の痕跡が殆どない森の中で、シドの体を冷たい風がかすめて行った。
(何だ?)
今の風はどうも不自然だ。シドは嫌な予感に咄嗟に剣へ手を掛け、辺りを警戒する体勢に入る。
そこへ再び、冷たい風が通り過ぎていく。
(こっちか)
風が来た方向を確認し、シドは足音を立てないようにその方角へと向かって行った。
そして5分程進んだ頃、ふいに魔物の気配を感じて足を止める。明らかに自分が向かっている方から漂う魔物の気配に、先程の冷気の元がそれだと直感する。
(どうするか……)
シドも様々な魔物と対峙してきたものの、この様に冷気を出す魔物をまだ見た事がない。その為、何がいるのかシドには分からなかった。大きい物でも単体ならいざ知らず、群れであればシド一人で対峙できるかどうか、というところだろう。
(取り敢えず、確認だけでもしておくか)
もしシドが手に負えない魔物がいれば、それがこの森から出て街を襲う事も想定しなければならない。その場合シドは街へ向かい、この森に危険な魔物がいる事を知らせる必要がある。そして冒険者ギルドからB級以上のパーティに依頼を出してもらい、対応してもらうしかないだろう。
と今後の方針を決めたシドは、再びゆっくりと歩き始めた。
そうして木の影から覗いたその場所は、低く切り立った崖の下。
周りの木立ちもまだ半分ほどが葉を付けておらず寒々しい雰囲気を醸し出しており、崖に張られた蔦の枝も枯れてしまったかのように乾いた色をしていた。
そこに白い物が横たわっている。
(魔物…?)
目の前の個体は1つ、それは身動きもしていないようだ。
10m程離れた位置からでは、それが魔物か動物なのかも分からなかった。だが、冷気を発するものは魔物で間違いないだろう。
シドは身体強化と念のために硬化も入れて、注意深くそれを視界に捉えながら近付いて行った。
後3m程の距離となった時、それは突然頭をもたげて唸り声を上げた。
『グルルルルッ…ッ』
シドはそこで立ち止まり、スラリと剣を抜く。
だが、それは背を向けて横たわったままで立ち上がる気配すらなく、その鋭い眼光だけをシドへ向けていた。
(この魔物は確か……そうか、スノーパンサーか)
ここに来てやっとその姿を目にしたシドは、その真っ白な体に薄くグレーの波紋が見えた事でその名を思い出した。一見すれば真っ白な体だが、よく見れば薄っすらと浮かび上がる丸い円が覆いつくしている豹の魔物である。確かにこれは氷を自在に操り、攻撃してくるのだと聞いた事がある。
だが一方でこの魔物はその昔、人々がこの毛皮を求めて乱獲したのだと聞いた。そのため一時期などは姿を見る事もなくなった程で、その後は魔物と言えども種を絶やさぬようにと、近年は乱獲が禁止されている魔物である。
シドの目の前にいる個体は、果たしてどうしてここにいるのか……。
スノーパンサーは、名前の通り雪降る季節に出る魔物であるはず。既に今は春であり、そしてシドが近付いてもここから動かない理由は何か。
その場からよくよく目を凝らせば、2m程もあるその体の腹部は凹み、あばらも浮き上がって見えている事が分かる。
魔物とは、食物以外に大気中からも魔素を吸収しているとは聞いていたが、まさかこの魔物は数か月もここで何も食べずに魔素だけで生きていたのかと、流石のシドも瞠目する。
どちらにせよこの魔物は現在殺傷禁止の魔物であり、この状況をどうにかしないといけないのである。
「おい」
『グッルルッ…』
そこで適当に声を掛けてみるも、やはり唸り声しか返ってこない。そして気のせいか唸り声も先程よりも弱々しく聴こえる。何より、目の輝きが失われつつある気がする。
(これは急がないとまずそうだな……)
シドは即座に精神感応を入れ、何とか意思の疎通を図るために剣を収めた。
そうしなければ、近付く事さえ出来ないだろう。シドはこの魔物が事切れるまで、待つつもりはないのだ。
「俺は何もしない、剣も仕舞った。俺に何をして欲しい?」
両手を上げて警戒を解いたシドを見上げる魔物は、話を理解したかのようにただ見つめていた。
「おい、何か言ってくれ。もしかするとお前の気持ちが分かるかも知れない」
“死・望”
と即座に返事らしきものが返ってくるも、その内容は物騒だった。
「殺せと言ったのか?」
“是”
「それは聞けない。お前はまだ生きなければならないからだ」
シドがそう言えば、困惑した様な感覚が流れてくる。この反応なら大丈夫そうだ、あともう一押し。
「お前の状況を確認したいのだが、近付いても良いか?」
“……是”
暫しの間に一考したのか辛うじて許可が出たため、シドは両手を上げたままゆっくりと近付いて行く。まだ硬化も掛かっているから、何かあっても大丈夫だろう。
そうして横たわる体を見渡せる場所まで来たシドの目に、動物用の大きなトラバサミ罠が飛び込んで来る。それがスノーパンサーの左足を拘束し、身動きを封じていたのだった。
力で抜け出そうとしたのか、無残に折れ曲がりよじれた状態の罠が更に足に絡みつき、その罠も深く足に食い込んだ状態になっていた。
「………」
シドは何も言えず一度目を瞑る。
体も精神状態も極限まで来ているスノーパンサーが、“殺せ”という事も理解できた。
だが、それは絶対に許可出来ない。
「取り敢えず、お前をこの罠から外す」
その言葉で、表情のない魔物の顔が驚いた様に見えたのは、シドの気のせいだろうか。
しかし次の瞬間には諦めに沈んだ眼差しを向ける。自分が散々壊そうとした物が、こんな小さな人間に外せるものか、とでも言いたいのだろう。
それを無視してシドはまた一歩近づき、しゃがみこんで魔物と目を合わせた。
「お前に触れるが、害さないと誓おう。そのままでいてくれればいい、後は俺に任せてくれ」
『クゥ…』
その声は悲痛な感情を含んでいたが、シドは努めて笑みを見せ、細い体にそっと手を添え言葉を紡いだ。
「転移」
シドが触れた白い体は、シドと共に一瞬にして3m程移動して現れる。スノーパンサーはまだ横になった体勢のままであるものの、その体のどこにも、罠は付いていなかったのである。
シドのテレポートは、シドが触っているものも一緒に転移させる。逆に言えば、触れていないものは転移しないという事であり、シドはその理屈を利用したのだ。そもそも罠は地面へと固定され、魔物が動かす事も出来なかった代物でもある。
「これでひとまず、だな」
キョトンとする魔物は思いのほか愛嬌のある表情をしており、シドは思わず笑みを浮かべた。
「だが、次が問題だ。俺は回復魔法を使えない。そんな事で、悪いが薬で我慢してくれ」
シドは魔物から離したところに亜空間保存を出現させ、そこからポーションを何本か取り出し足元に置く。体のサイズが違い過ぎて何本飲ませれば良いのか分からないなと、シドは眉間にシワを寄せつつ1本の蓋を開け、スノーパンサーの鼻先に持って行った。
「これは人間が使う回復薬だ。俺がまず飲んでみるが、怪我がないからただの毒見だぞ?」
言って早々、シドは一口それを口に含みごくりと喉を鳴らしてみせた。
「これを飲んでみてくれ、魔物に対する効果はどの程度かは分からないが、少しでも傷は治るはずだ」
もう一度鼻先にポーションを突き出せば、スノーパンサーは素直に口を開けて舌を伸ばした。
「そうだ、それで良い。味は不味くないと思う。魔物の口に合うかは分からないがな」
冗談も交え、シドはその口の中にポーションを流し込み様子を見守った。
一度口を閉じてそれを嚥下した風であったが、続けてゆっくりと目を閉じる。魔物は敏感に己の変化を感じ取っているのかもしれない、とシドは感じた。
「今のは気力回復用だ。次は傷に直接かけるぞ、動くなよ?」
ゆっくりと力のない左足にポーションを回しかけて行けば、見る間に穴が開いていた箇所は塞がって行き、そこから新しく白い毛も生えてくる。
いつの間にか目を開けていた魔物は、その様子を一心不乱に見つめていた。そして息を飲むような仕草をして見せると、喉の奥で声を出す。
『クゥ~ンッ』
感情を読めば驚きが伝わってきて、目の前で傷が塞がった事に感動したらしいと知る。
「さあ、もう1本飲んでおけ。それで取り敢えずは動けるようになるはずだ」
仕上げはこれからだと、シドは笑んで魔物にポーションを与えて行ったのである。
ゆっくりと立ち上がれば少しよろけたものの、すぐに体勢を立て直してブルブルと体を振った。
「まだ急に動くと転ぶぞ。もう少しすれば体も落ち着いてくるだろう。ああ、腹が減っているだろう。肉は食えるか?」
“渇”
「そうだったな。まずは水だな、ちょっと待っていてくれ」
再び亜空間保存から水と生肉を取り出し、先に水袋にシドが口を付ける。
「見ての通り、何も入っていない水だ。口をあけてくれ」
人間の言葉を素直に聞いてくれる魔物に愛着を感じつつ、大きく開けた口の中に水袋の水を流し込む。
するとゴクリゴクリと喉を鳴らしてあっという間に水を消費していく。まるで乾いた地面が水を吸い込むように。
そして何本かの水袋を消費したところで、出してあった塊肉をナイフで小さく切りそれを口元の運んでやる。
しっかりと立ち上がり肉を食べながら、スノーパンサーの尻尾は軽快に揺れていた。シドはそんなやせ細った魔物を見つめ、目を細めるのだった。
それから間もなく、シドが与えられる物はもうなにもないという段になり、使用済みの道具を亜空間保存に戻して振り返る。
もう一度魔物を確認すれば、足元もしっかりしているし体はまだ細いがまぁ大丈夫だろう、という結論に至る。
「じゃあな。もうヘマはするなよ」
“……”
じっとこちらを見つめてくる眼差しは、悪意も敵意もなく、静かに凪いでいた。
「どうした? 早く帰れ。ここは本来お前が来る場所ではないはずだ。北へ向かわねば、体調を崩すぞ?」
そう声を掛けてみても一向に動く気配を見せぬ為、シドは見送りを諦め、自分が先に退去することにして踵を返した。しかし歩き出そうとすれば、何かに服を引かれて仰け反った。
「………なんだ?」
振り返るシドは、自分の上着の裾を咥えている魔物と視線が合った。
「もう終わりだ。肉もないし、何も出せないぞ?」
『クゥ~ンッ』
まだ切れていない精神感応で感情を探れば、“行く”と言っている気がする。
「行く? お前は連れて行けないぞ?」
問い返せば、クイッと服を引っ張られる。どうやら、どこかへ行くから付いてこいという事らしい。
「わかった。着いて行くから、服を放してくれ……」
目を細めて服を放した魔物は、戸惑うシドを置いて歩き出す。
「はぁ~」
ひとつ息を吐き、苦笑しつつシドもその後に続いて行くのだった。
それから歩く事20分。
崖に張り付く丸い影がシドの視界に入り、その中へと白い魔物は躊躇なく入って行ったのである。
(ん? ここは……)
後ろをついて行くシドは、その入り口で立ち止まる。
そして壁に手を添え、光る文字をなぞった。
“コバーン”
そう、スノーパンサーが連れてきた場所は、人気のない森の中で深い闇を作るダンジョンだったのである。
だが、なぜダンジョンへ案内されたのかは分からない。
「おい、どういう事だ? ここはダンジョンだろう?」
『ニャア』
ビクリとシドの肩が揺れる。
「……随分と可愛い声も出せるんだな」
ククッと笑うシドを、スノーパンサーは首を傾げて見つめていた。
そして笑いも落ち着き立ち止まる魔物の傍に寄れば、シドと魔物の姿は溶けるように消えていったのである。
「ちょっと待ってくれ……」
ダンジョンの入口からすぐの場所にいたはずが、いきなり空間転移で真っ暗な場所に出てしまった。
前触れもなく、心の準備もない為、毎回だが心臓に悪いとシドは思う。
しかも今回は魔物と一緒にダンジョンの例の空間にいるらしい。そのシドの隣で、白い魔物だけが存在感を放ち、しかもなぜか落ち着いている。
「どういう事だ?」
独り言ちたシドに、どこからか声が降ってきた。シドの頭の中へ。
≪ご苦労であったな≫
『ニャ』
その声はシド宛ではなかった様で、隣にいる魔物が短く返事を返しているが、シドには全く理解できない。
訝し気に魔物を見ていれば、前方に気配が膨らみシドは視線を移してその場所を見る。
≪よく来てくれた。其方が再生者であろう?≫
視線の先にはいつの間に現れたのか、白いモヤがゆっくりとその身を揺らしていた。
「ああ、俺がシドだ。もしやこいつを使って俺を呼んだのか?」
≪是とも言えるが否とも言える。その物は魔素を介して近くの存在として認識していたまで。時々話し相手にはなってもらっておったがのう。ほっほっほ≫
話しの中に出てくる魔物に視線を向ければ、白い尻尾をゆらゆらと揺らしている。確かに警戒していない所を見れば、互いを認識していたことがうかがえた。
しかしなぜ連れて来られたのであろうか。
「それで、俺を呼んだ理由は?」
率直に聞くシド。
≪うむ。我はまだ若く成長途中であると言える。そんな我を知った人間が遊びに来ることもあったのじゃが、ここのところは不人気でのう、殆ど人間が来なくなってしもうた≫
「すまない、話が見えないのだが……」
≪そう急くでない。――我は成長途中ゆえ、日々迷宮を広げている最中なのじゃ。しかしここ数年、階層を増やす事が出来ず、人間にも飽きられてしもうたらしい≫
「それで、不人気だと?」
≪是≫
「原因は分かっているのか? ここにいる限りは、魔素の供給が足りていないとは思えないが?」
≪最深部の階層で魔素が動かせなくなった為であろう。それゆえ、迷宮を拡張する事が出来ぬ。それを治してもらいたいのじゃ≫
「そういう事か」
シドは考えるしぐさをみせつつもチラリと隣の魔物を見れば、嬉しそうにただ尻尾を振っているだけであった。なぜかその姿に毒気が抜かれる気がする。
「はあ~。解った」
≪頼めるか?≫
「ああ勿論だ。俺はその為にいるようなものだからな」
苦笑を浮かべ、白いモヤに視線を戻して首肯した。
そして魔物から少し距離を取り、腰から剣を外して片膝をつく。
掌を地につけ目を閉じる。体から魔力が立ち昇りシドを包み込むと、脳裏に<コバーン>が浮かんだ。
本人もまだ成長途中と言っていただけあり、この迷宮は8階層しかないらしい。全ての階層には魔素が巡っているが、8階層目は映像が不鮮明に思えた。何かが籠っているというのか、詰まっているというのか。懸命に魔素を送り込んでは見たものの、その先に広がって行かなかったという感じの様だ。
解かった。詰まりを取り除き、魔素を循環出来るようにすれば良い。
シドは集中を入れ、詠唱する。
「聖魂快気」
脳裏に浮かんだ迷宮を根本からほぐし直すかの如く、内部を攪拌させ、周囲の大地に馴染ませるよう耕し…そして均す。
スキルを切ったシドの、纏った魔力が消えた。
≪おお、色々と軽くなった気がするのう。助かったぞ≫
「いいや、礼は要らない」
と、予め伏線を張ってみるシド。とは言え、その意図を汲む迷宮ではないが。
≪まぁそう言うでない。迷宮の好意は受け取るが良かろう。それにもう手遅れじゃ≫
ほっほっほと呑気に揺れる<コバーン>に、深いため息で応えるシドであった。
≪其方には時間停止を追加しておいた。気軽に使うと良い≫
「…………」
また怪しげなスキルを追加されてしまったようだ。しかも、どう考えても名前が変である。
「因み、にそれはどんなものだ?」
≪このスキルは時間を停止できる≫
以上、と後に続きそうなほどに言い切った<コバーン>。
「それは何となく解かっていて、俺は具体的な説明を求めたんだ。時間を止めるとは、俺以外の全ての時間を止めるのかとか、その止めている時間はどれくらいだとかだな。それに魔力は使うのか?」
≪ほう、随分と詳しく知りたいのじゃな。使って行けば追々わかろうものを、其方はセッカチであるな≫
いやいや、それは違うだろうという言葉は心の内に仕舞う。
「普通だと思うぞ? まぁそれは人間の基準だがな」
≪ふむよかろう、しからば我が人間の基準に合わせよう。それでは説明する。このスキルは魔力を使い一定時間、任意の相手の動きを止める事ができるものじゃ。その一定時間とは使用魔力量にもよるが、魔法を一度放つ程度の量であれば、約5秒間停止できると覚えるが良い≫
それは思いのほか短いという感想を持ったが、シドが何か言えた義理ではないのである。
「理解した。スキルにも解説にも、礼を言わせてもらう」
≪礼に、礼をいう其方は面白いのう≫
ほっほっほと再び笑う<コバーン>は、割と笑い上戸なのかも知れないと密かに思ったシドである。
「<コバーン>の下へ、また皆が来ることを願っている」
≪我も今から楽しみじゃ。其方も我の成長を楽しみにしていておくれ≫
「ああ」
≪それでは、其方達を入口まで送ろう。そこの物も息災で暮らすと良い、もう捕まるでないぞ≫
『ニャ!』
≪また会おうシド。其方達に幸多からんことを≫
言われた瞬間、シドと魔物はダンジョンの入口まで転移していた。
その頃には入口の先に見える空が、薄っすらと茜色へ変化していたのだった。
「ここへ連れて来てくれて助かった」
『ニャアン』
尻尾を振りながらシドを仰ぎ見るスノーパンサーは、まだ細いものの、すっかり元気を取り戻したようだ。もしかすると、ダンジョン内の魔素を浴びていたからかもしれないとも思うシドである。
「さて、そろそろ陽も落ちる。お前は早く北に帰ってゆっくりすると良い。もうこちらまで来るんじゃないぞ?」
目を細めてシドを見る魔物は尻尾をシドに軽く当てた後、その身も軽く紅の中へと駆け出して行った。
その姿は振り返ることなく北を目指して駆け抜けて行く。
シドは入口まで歩み寄り小さくなるその後姿を見つめながら、これから訪ねる最初の迷宮<ハノイ>へと、想いを馳せるのであった。
《108. SS-C級冒険者は一人旅をする》fin
今回のお話は本編の様な番外編です。笑
という事で、シドのその後も何だか色々とありそうですが、今回はここまでのお話となります。
今回もお付き合い下さり、ありがとうございました。
そしてブックマークやいいね、★★★★★などいただけると筆者はとても喜びます。とっても。笑
現在の盛嵜は、シドの連載が終わってすぐ後に書いた短編の連載版を投稿中です。
▼2度あることなら2度目で変える! ~残念スキルも逆手にとって、今日の未来をやり直す~▼(短編版『ワンセット』)
https://ncode.syosetu.com/n0679ix/
こちらはユニークスキルのせいで強制的に1日を繰り返しながら、事件や事故を回避しようと奮闘する主人公レインの物語です。
現在67話で段々と何かが見えてくる…という辺り、こちらも是非お付き合いいただけますと幸いです。^^
これからもお付き合いの程、どうぞよろしくお願い申し上げます。盛嵜 柊




