107. SS-それから
皆さまご無沙汰しております。
今回のSSは、本当に「おまけ」という感じのお話しになります。
最後までお付き合い下さると幸いです。<(_ _)>
「俺は今までのまま、ずっとC級冒険者を続けていく事にしている」
今は再会の日から数日が経ち、シドとリュシアンは宿の窓辺にあるテーブル席に座り、つかの間の休息を過ごしていた。
シドの言葉にリュシアンは、言うまでもないと一つ頷く。
「それってダンジョンの為、でしょう?」
「そういう事にもなるな。しかし、B級になる必要性がないとも思っての事だが」
「必要がないの?」
「ああ。俺にはB級以上は、己の強さを表す為だけにあるようにしか思えない。本来C級まで上がれば、ある程度の依頼も受ける事はできるし、やりたい事も行きたい場所にも自由に行ける」
「まあ、確かに私がB級になってからは、どちらかと言えば受けなければならない依頼を熟している日々だったのかも知れないわね。B級以上ともなれば、他の冒険者にも気を遣うというのか…少々自由度が下がった気はするもの。それに、どこかの街のギルドにも必ず所属する事も条件だったし」
「ああ。その意味でも俺にはB級に上がるメリットがないからな。だが俺がいつまでもC級のままでいれば、俺と一緒に居るリュシアンが、弱い者と行動を共にしていると思われる事になってしまうが…」
「あら、そこは何も気にする事はないわ?私もリュウとして、C級で留まるつもりだもの」
「ん?B級には戻らないのか?」
「ええ、貴方と一緒に旅をするのなら、リュウの方が動きやすいの。それにその方が、どこでも一緒に居られるでしょう?」
ふわりと笑ったリュシアンは、そうって視線を上げてシドをみた。
「そうか…」
その眼差しに吸い込まれるように、シドも微笑んでそれを見つめた。
――そしてゆっくりと2人の影が重な…
コンッコンッ
「おーい!お嬢!」
ガチャリと部屋の扉がノックと同時に開き、中に入ろうと一歩足を踏み入れたハケットが、窓辺のテーブルで甘い雰囲気を出していた2人を視界に入れて固まった。
「あー………」
2人は顔を近付け今まさにというところで止まり、ハケットを振り返っていた。
「悪い…何かタイミングが悪かったみたいだ…な」
気まずいハケットには構わず、シドは何事も無かったように椅子から立ち上がると、剣を腰に下げて出かける準備を始めた。
「もう…ノックの後には返事があるものでしょう?」
身支度を整えたシドが、少々ご立腹なリュシアンの頭に手を乗せた。
それで「仕方がないわね」とリュシアンが機嫌を直せば、扉の前に立ったままのハケットが、何の茶番だというように唖然とリュシアンを見ていた。
「やっぱりお嬢も、女だったんだなぁ…」
半ば感嘆ともいえる言いように、リュシアンの機嫌がまた下がる。
「ちょっとハケット、どういう意味よ。私はずっと、女だったわよっ」
じゃじゃ馬と呼ばれるリュシアンも、恋する女になると変わるもんだと言いたかったらしいハケットだったが、当の本人にはそんな事は解らぬことで、ハケットに揶揄われていると思っている。
「それで、何の用だったんだ?」
このままではいつまでも話が進まないとみたシドは、そこでハケットへ声を掛けた。
「ん?あぁ忘れるところだった。迎えが来たって言いに来たんだった」
「え?もうそんな時間?大変…」
慌ててリュシアンは、出していたままの日用品を仕舞い始める。
今日リュシアンは自宅へ戻る為、迎えが来ることになっていたのだった。
シドが行方不明になりそれを探していたリュシアンは、取る物もとりあえず、ましてや家の者にも何も伝えずにこっそりと自宅を抜け出してシドを探していた。
こうして又シドと再会する事もでき互いの状況も伝えあえば、まずは結婚の承諾をする為にも家に連絡を取らねばならず、その結果、一度家に戻ったうえでその辺りの準備も進めましょうと説得され、今日迎えが来ることになっていたのだった。
慌て出したリュシアンを見たハケットは、肩をすくめてその姿を見つめた。
「今ギルドの方は、落ち着いているのか?」
そんなハケットに、シドは声をかける。
「ん?ああ。ドュルガーダンジョンはあれから何の異常もないし、皆は普通に潜っているしな」
「そうか」
「異常といえば、アレの余波…とでもいうのか、大型の魔物の出現はまだ、チラホラとはあるらしい」
「町に、という事か?」
「いいや、町までは流石に食い止めてはいるが、近くの森や畑に突然現れる物がいるという話だ」
「まだ収まってはいないのだな」
「まぁ後もう少しだろうと俺は思っている。何と言っても原因であった物が、消えたんだしな」
ある程度の事情を知っているハケットは、大森林に超大型の魔物が出たために、他の魔物が異常行動を起こしたのだと知っている。そしてその超大型の魔物は、上位冒険者達が何とかしてくれたのだと聞いていた。
そこにはシドとリュシアンが巻き込まれていた事も知ってはいたが、シドがそれを倒したとまでは、当然知るはずもない。
「まぁこの辺りに出てくる物位であれば、この町の冒険者達だけでも何とかなるとは思うが、一応皆、警戒はしている状態だな」
「そうか」
2人が話をしている間にどうやらリュシアンの準備も終わったらしく、少々大きな鞄をパタンと閉めた。
それに気付いたシドが、リュシアンの傍へ近付く。
「それは持つ」
「え?重いわよ?」
「問題ない」
又2人の甘い雰囲気ができはじめたと、ハケットは頭を掻いて「先に行ってるぞ」とリュシアンに声をかける。
「あ、迎えって家の者なの?」
そこで誰が迎えに来ているのか気になったリュシアンは、ハケットに尋ねた。
「家の使用人ではない。ディーコンが迎えに来ている」
「え…」
リュシアンは、しつこいくらいに纏わりついてくるディーコンが苦手であった。
ディーコンからすれば、リュシアンは大事な親戚であり仕えている人の娘で、多少過保護とも言えるほど気にかけているだけなのだが、リュシアンからすれば、それはちょっと遠慮したいと思うのも当然だろう。
それに先日は気を失って倒れている所を発見されたため、余計にディーコンが過保護になっている事をリュシアンはまだ知らないのである。
「あの人も暇よね…。曲がりなりにもA級冒険者なのに…」
確かにその過保護なせいでディーコンのパーティメンバーも振り回されるのだから、そちらの方が大変だとは思うが、それでもディーコンを自由にさせている所をみれば、ディーコンは仲間から大事にされているとも言え、そんなパーティもあるのだなとシドは心の中で頷いた。
「わかったわ。すぐに行くわね」
「じゃぁ外で待ってるな」
そう言って出て行ったハケットは扉をパタンと閉め、部屋の中は沈黙が下りる。
「では、行くか」
「うん…」
リュシアンの鞄を持ち振り返ったシドに、リュシアンは後ろから抱き着いた。
「半年後まで会えないのね…」
「そうかも知れないな」
「結婚式なんて、別にいらないのに」
「そこは家の都合で仕方がないだろうな。俺は元々風来坊みたいなものだったが、リュシアンはれっきとした貴族の娘で、その家の方針には従わなければならなんだしな」
「結婚する者同士が半年も離れるって、意味がわからないわ」
「それだけ娘が可愛いという事だろう」
「え?どうしてそうなるの?」
リュシアンは抱き着いたまま顔を上げて、シドを仰ぎ見る。
「大切な娘が他の家の者に嫁ぐんだ。それに俺と一緒になれば、今後はそうそう家に顔を出せなくもなるだろう。ましてや最近まで床に伏していた娘なんだし、その娘がやっと動けるようになれば又姿を眩ませ、連絡が来たと思えば今度は結婚するという話になっていたんだ。少しでも自分の娘である時間が欲しいと思うのは、親としては当然だろう」
いつになく饒舌なシドを、リュシアンは見つめていた。
「そんなものかしら…」
「まぁ俺が親になった事はないが、そんなものだろうと思っている」
「そう言われると…仕方がないわね」
「まあ、半年なんてあっという間だろうし、俺も近くに行った時は寄らせてもらう」
「え?シドは家には戻らないの?その間も、一人で冒険者を続けるの?」
「ああ」
「何だか狡いわ…」
「俺はその間、<ハノイ>の所まで行こうと思っている」
「<ハノイ>って…シュナイ領のロンデだったかしら?」
「そうだ。ロンデは、俺が初めて冒険者として過ごした街でもある」
「ここからだと、逆側ね…」
「確かに今は東にいるから、西の端だと反対方向の位置になるな」
「半年で行って帰ってこれるの?」
「問題ない。そこはまぁ…あれだ」
「そうだったわね。シドはズルするんだった」
「その言い方もどうかと思うが…」
「ふふ。でもそれを使うにしても、魔力量だけは気を付けてね。前みたいになっても、一人だと身動きが取れなくなって危険だもの」
「そこは安心していい。一度に飛べる限界も分かっているから、無理をするつもりはない」
「それなら良かったわ。私達の結婚式までには、ちゃんと戻ってきてね?」
「ああ、そのつもりだ。…では行くか」
「…そうね」
名残惜し気に手を離したリュシアンは、シドの後に続いて部屋を出た。
この部屋はあと数日、剣が仕上がるまでシドが借りているため、他はそのままの状態である。
「ねぇ<ハノイ>って、シドが最初に話をしたところよね?」
「そうだ。いきなり声を掛けられて焦ったな」
「それで何でシドは、そんな崩れそうなところへ行こうと思ったの?」
「一番は、見納めのつもりだった」
「へぇ…」
「だが今考えれば、呼ばれたのかも知れないとも思う」
「そうなの?」
「ああ。ロンデの街には暫く居た事はあったが、そこを出た後はずっとその街の事すら忘れていたんだ。でも不意に、今あそこはどうなっているのかと気になった時、ギルドに通達が貼り出されていた」
「封鎖するって?」
「ああ。だからその前に一度どうしても行ってみたくなって、それで…助力する事が出来た」
「なるほどね。確かに、来てくれって呼ばれたのかも知れないわね」
「まぁ気のせいだとも思うがな。それでそれから時間も経っているし、様子見もかねて少し話してこようかと思ってな」
「そうなのね…私も行きたかったわ」
「またいつでも行けるし、その内にリュシアンにも紹介しよう」
「ええ。じゃぁ、その時を楽しみにしているわね」
こうして話しながら宿の外に出れば、大きな馬車が宿前に停まっていた。
そしてリュシアンの姿を確認した御者が、その扉を開けてリュシアンを促した。
そしてその中には…
「遅いぞリュシアン、いつまで待たせるんだっ」
と、少々待たされてご立腹なディーコンが腕を組んで座っていた。
「あら?貴方に来てくれなんて、頼んだ覚えはないのだけど?」
リュシアンは文句を言いながらも大人しく馬車に入っていき、シドはリュシアンの荷物を御者に預けた。
そして扉が閉まれば馬車の傍に立つハケットが、お手上げだと言わんばかりに肩をすぼめてみせた。
それを見てシドが苦笑を浮かべた頃、馬車の窓からリュシアンが顔を覗かせ、そちらに頷いたシドへ、リュシアンは泣き笑いの様な笑みを見せた。
「会いに来てね」
「ああ」
「待ってるわ」
「ああ」
それだけの会話で馬車はゆっくりと動き出した。
「じゃあねシド、愛してるわ」
その言葉を残して手を振るリュシアンは、段々と小さくなっていった。
シドも片手をあげてそれを見送れば、雲一つない青空が恋人たちのしばしの別れを慰めるかの様に、リュシアンが乗った馬車を包み込むように広がっていったのだった。
《107. SS-それから》fin
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
このシドのお話しも、何と『1,000万PV』を突破いたしました!本当にありがとうございます!!
そして皆さまにはブックマーク・☆☆☆☆☆・いいね!を頂きます事、モチベーション維持に繋がりとても有難く感謝しております。
よろしければ☆で評価いただけますと色々と励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>
今回のお話は104話の後日談という時間軸となっていました。バトルもなくのんびりとしたお話しでしたが、少しでも皆様の気分転換になれば幸いです。
本当は先月にでも番外編を投入したかったのですが、少し時間が足りず今頃となりました。すみません^^;
現在は次の連載を続けていますので、時間があればそちらを執筆しているという感じです。
▼↓現在連載中『 出逢いと記憶と封印の鍵 ~己を探すは誰がために~ 』▼
https://ncode.syosetu.com/n4419ip/
こちらはシドの様な特殊なスキルはありませんが、成長物語という感じでお話が続いています。
現在「123話」まで進んでおりますので、こちらも是非、お付き合いいただけますと幸いです。^^
これからもお付き合いの程、どうぞよろしくお願い申し上げます。盛嵜 柊




