106. SS-流れた時間
前話「105. SS-新たなる一歩」を絡めたところから、スタートします。
「ご無沙汰しております、ケディッシュ様。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「お久しぶりです、グスタフ。今日はどうしたのです?」
ケディッシュは、急に尋ねてきた旧知の人物を不思議そうに見つめた。
ケディッシュはこのグスタフが仕えているファイゼル家の親戚で、2年前まではそこの次男であるシルフィードと行動を共にしていた。
だが今は、彼も大きくなりケディッシュも大人になった事で、お目付け役も終えて冒険者として活動しているのだ。
2年振りに見たグスタフは、少し老けただろうか…と要らぬ思考を飛ばしていたケディッシュに、グスタフが言葉を続けた。
「本日は、その…お願いにあがりました。ケディッシュ様は今、冒険者としてファイゼル領を中心に活動しておられるとうかがっておりますが…」
「ええ、その通りですよ。ファイゼル領を出る事もありますが」
「ではその範囲で構いませんので、シルフィード坊ちゃまを、探していただけませんでしょうか」
突然何を言い出すのかとグスタフの話を詳しく聞けば、数日前シルフィードが家を抜け出し姿をくらましてしまったのだと語った。
この人が少しやつれたように見えたのは、“シル“のせいかと思いながら、シルフィードの捜索に協力する事になったケディッシュもまた、すぐに見付かるだろうと安易に考えていた事は否定できない。
シルフィードは高位の貴族であり、今まで何の苦労もなく暮らしてきた人間だ。そんな者が急に外に出て、何でも自分でやらなくてはならない環境に身を置けば、すぐに音を上げて家に帰るなり誰かに助かを求めるであろうと想像する事は、誰もが考える事だと言って良いものだった。
だが実際は、皆が思う程シルフィードの決意は小さなものでなく、何があろうとも家には戻らないと考え抜いた末に取った行動であった事は、彼らの思うシルフィードよりも一段高い思考と確固たる信念をもっての行いであり、この認識のずれがこのあと数年に渡るも、彼に辿り着けなかった事の一つの要因ともいえた。
こうしてケディッシュはこれから何年もの間、冒険者として活動しながら、そこで訪れる各地でシルフィードの姿を探し、情報を求めていく事になったのだった。
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「ケディッシュは又、そんな顔をして…今回の遠征でも、その知り合いは見つからなかったんだね」
ケディッシュと行動を共にしているパーティメンバーの“チャクベリー“は、そう言ってポンポンとケディッシュの肩を慰めるように叩く。
ケディッシュが知り合いを探している事は、以前からパーティメンバーは皆知っている事であったし、誰を探しているのかを知らない為に捜索に加わる事はできないものの、早く見つかると良いねと言って、毎回ケディッシュが肩を落とす姿に励ましたり慰めるのは、既に恒例行事のようになりつつあるほど、長い年月が流れていたのだった。
「これからもう、王都に行かなくてはならないからな…その前に、確認が出来ただけでも良かったよ」
そう言ったケディッシュは寂しそうに笑いながら、気遣うメンバーに感謝を伝えた。
「王都かぁ…面倒くさー」
「そうは言っていられないらしいぞ。今回は…」
「それが面倒だって話だよ。王都でやらかしたからって、今回はその招集なんでしょ?完全に尻ぬぐいじゃん」
「こら。それを言っては不敬に当たる」
「いいよ、誰も聞いてないんだし。本当に何してくれちゃってるのかなぁ~あの人達は…」
この様に砕けて話すチャクベリーも、貴族に席を置く者の一人だ。だからこそ、今回の冒険者ギルドから出された召集の原因になった者達を知っており、その阿呆らしい内容にげんなりしていたのだった。
「まぁ今回の召集は、確かに伝承に則って考えていれば無かった事だとは思うが、もう既に動き出している予兆もあると聞いたから、ゆっくりもしていられないという事だな」
ケディッシュ達は今日、遠征からファイゼル領に戻ってきたところでその招集の話を聞いた。ここから南へ行けばすぐ王領に入り、王都エウロパまでさほど時間は掛からずに到着する。
ケディッシュ達は、戻ったばかりのファイゼル領をこれからまた出発し、明日中には王都へ着く予定にしていた。
「じゃあ、そろそろ行くか」
こうしてケディッシュがシルフィードを探し始めて8年が経った頃、大森林の異変を感じたエウロパの冒険者ギルドが発した緊急招集によって、急遽、取る物も取り敢えず王都に向かう事になったのだった。
そして実際にケディッシュ達が王都へ到着すれば、思っていたよりも深刻な状態であるとすぐに気付いた。
普段はファイゼルを中心に動いているケディッシュだが、年に一度、王城で開催される慰労会や冒険者ギルドの依頼などで王都にも来ることはままある。
今回は、その時とは街の雰囲気が全く違うと感じられる程ピリピリとした空気と、冒険者としての勘が“異常事態だ“と告げているようであった。
「これは思っていた以上に、時間がなさそうだな…」
そう独り言ちたケディッシュは、他のA級冒険者が待つというエウロパの冒険者ギルドへと、急ぎ向っていったのだった。
その後、今後の予定を伝える為にギルドマスターが話す最中大きな揺れを感じ、そこにいる頼もしい冒険者達でさえ緊張を漲らせ一刻の猶予もないのだとその場を飛び出せば、心の準備を整える間もなくケディッシュ達は、その大元である大森林を突き進む事になった。
あの大きな揺れはA級冒険者になった者であれば、成した物の正体に辿り着く事だろう。
“大森林との契約“とは何かのお伽噺かと耳を疑いたくもなるが、それが本当の事であり、その契約先の大森林を守護するものが出てきてしまえば、人間の国など時を置かずして滅び去ってしまう事は、子供でも想像できる事だろう。
“ウロボロス“
伝承にその名しか出てこぬ存在ではあるが、守護者という事はそういう存在なのだと、冒険者として数多の経験を積んできた者達ならば、尋常な物ではないのだとすぐに思い至るだろう。
それを誘い出したといっても過言ではない王家は、いったい何がしたいのか…。
これ以上考えては不敬にもなるが、我々、王家の下につく者達には考えも及ばない何かがあるのかも知れず、ケディッシュは2度目の大きな揺れに耐えながらただ歯を食いしばる事しかできず、この先に待ち受ける己の運命に、背筋が凍ったような錯覚すら起こしていたのだった。
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「はぁ!?どうなっている!!」
大森林の中を走り続けてきたA級冒険者たちは、その中心と思われる何もなくなった荒れた大地へと辿り着いた。
大きな揺れの影響か、先ほど感じた巨大な魔力の影響かはわからないが、広大な大森林にぽっかりとできた広域に及ぶ更地に、皆は困惑した声を上げ、誰も何も、ここに立っていない事を確認する。
(ウロボロスは何処だ?)
ケディッシュも皆もそこが一番気になっているところであり、実際に目にすればその畏怖する存在に恐れおののく事になったのかも知れないが、今はそこに立つ木々さえなく、本当に見渡す限り何もない状態だった。
「なんで何もいないんだ?いったいアレは何処へ行ったんだ!?」
ここに待ち受けていたであろう物の移動を食い止めるために、こうしてA級冒険者達は捨て身の覚悟でここまできたのだ。それなのにこの状況はどういう事か…と、誰もが困惑した表情を浮かべ、状況を確認する為に方々へと歩き出して行った。
ケディッシュはディーコンとアルフォルト公と共に、その拓けた中の一角へ向かい歩き出す。
荒れた大地は所々に大小の穴が開き、ただ事ではないことが起きていた事を物語っているが、今は静寂とも呼べるものしか見当たらず、事後の確認をするかのように周辺を見回しつつ歩いて行った。
「おいっ誰かいるぞ!」
他の場所を見て回っている者達から、そんな声が聴こえた。
ここに人がいたという事は、それらは既に骸となっているのかも知れないなと、どこか他人事のように考えていれば、ケディッシュの少し前を歩いていたアルフォルト公が急に駆け出すのを見て、こちらも誰かいたのかと瞬時に走り出したディーコンの背中を追って、ケディッシュも走り出した。
アルフォルト公が立ち止まった先を見れば、人が二人倒れているらしいと気付く。
アルフォルト公は冒険者として活動しなくなりもう何年も経つが、未だ現役時の様に鋭い洞察力を持っているのかと尊敬の念を抱く。
そこへ近付いて行くディーコンに遅れケディッシュ達も近付いて行けば、急に走り出したディーコンが倒れている者を抱き起して揺さぶり始めた。
「リュシアン!おい!しっかりしろっ!!」
その様子から知り合いだと察したケディッシュは、ディーコンがブルフォード領の者であると知っている為、その必死な様子から、そこに関係する者であろうと瞬時に理解し悲痛な表情を浮かべた。
ケディッシュにも、探している者がいるのだ。
もしこの様な場所でその人物を見つければ、ディーコンの様に取り乱すだろうと他人事とは思えず、ディーコンの焦る姿を見て心の中で同情する。
「ディーコン、首の脈を診ろ」
動揺しているディーコンは焦っている為か、ただ名を呼ぶ事しかできていない。
怪我人はまず生きているかを確認する為、首筋に手を当て脈がある事を確認してから次の行動に出るのだと、上位冒険者なら既に身についているはずの行動ですら、できていないようだった。
言われたディーコンは我に返ったかのように、ケディッシュの言った行動をとり、ホッとしたような表情を浮かべてからその者を抱き上げ立ち上がると、アルフォルト公へと視線を向けた。
「この者は知り合いです。俺は先に彼女を連れて戻ります」
そう言ってアルフォルト公の頷きを待ってから、ディーコンはそのままやってきた方角へと走り去っていった。
随分と大切な者なのだなと笑みさえ浮かべたケディッシュは、その少年の様に見えていた者を“女性“と言った事すら気付かず、アルフォルト公と共にもう一人倒れている者の所へと足を向けた。
もう一人横向きに倒れている者は、長く伸ばした髪が解れその顔を隠している。
格好を見れば冒険者だろうとは思ったが、見覚えのない人物に、下級の冒険者がこんな場所にいたせいで、この惨劇にでも巻き込まれたのだろうと、少しの同情を含み、その肩に手を添えて仰向けに転がした。
そして首の脈を診ようとその顔を見れば、ドクリと心臓が鳴る音が聞こえる程の衝撃を受けケディッシュは固まった。
この面差し…眉の形と鼻筋、口の形さえ昔の面影を残した者は、目を開けばそれは翠色をしているのだとケディッシュは知っている。
ケディッシュがもう何年も探し続けてきた者を見間違えるはずもなく、両目を大きく開いてケディッシュはその者の肩を揺すった。
「シル!シルフィード!!おい!シルフィード!!」
何度も何度もその力のない体を揺さぶっていると、「首の脈が先だな」とアルフォルト公の静かな声が降ってきた。
ケディッシュがその声の主を仰ぎ見れば、その人物は小さい頃に見た時と変わらずに、大丈夫だという様に頷いてくれた。
それで冷静さを取り戻したケディッシュは、動揺を抑えシルフィードの首筋に手を当てる。
「よわい…くっ…漸く見つけたのに、このままでは……」
か細い声を出すケディッシュの肩を一つ叩いたアルフォルト公は、まだ大丈夫だと再度頷いてみせケディッシュの反対側に膝をついた。
「私が取り敢えず何とかする。その間に“ガーゴイルの翼”の治癒魔法士を呼んで来てくれ」
アルフォルト公の言葉に、少年の様に「はい!」と返事をしたケディッシュは、シルフィードを助けてくれる者を探しに駆け出していった。
その後姿を見送って、〈英雄〉ネレイドは即座にシルフィードへ回復をかけた。
ネレイドは英雄のスキルに付随する“回復“という回復魔法が使えるが、今の彼の状態を見る限りそれだけでは済まない事だと分かっている。
それでも徐々に弱くなる彼の生命の灯を繋ぎ止める為、回復をかけ枯渇している魔力も譲渡していく。
“英雄“というスキルは、人を助ける事を目的としたスキルである為、大きな効果はないが様々な事ができるものが付随していた。その中の一つに“己の魔力を与えることができる“行為も含まれており、この青年をこの世に繋ぎ止める為、最低限とはいえ、ネレイドは次々と自分にできる処置を施していった。
「シルフィードか…懐かしい名だ。あの小さかった子供も、随分と大きくなったものだな」
表情を緩めたネレイドがポツリと語り掛けるように言えば、遠くからローブを纏った者と共に、こちらへ走ってくるケディッシュの姿が見えた。
「もう少しだ。頑張れよ」
そうシルフィードに声を掛けて立ち上がったアルフォルト公の顔は、シルフィードに向けていた表情とは異なり、この現状を引き起こし間もなくこちらへ到着する者へと意識を向け、公爵という立場の表情へと変わっていたのだった。
《106. SS-流れた時間》fin
このお話は、幼馴染のケディッシュを中心としたお話になっています。シドが大森林で倒れた後に到着した者達の動向も、少しですがお届けいたしました。各々が色々な想いをかかえ、その時を迎えていたようですね。
このお話が少しでも皆様の気分転換になれば幸いです。
追伸.
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
そして誤字報告も、重ねてお礼申し上げます。
そしてブックマーク・★★★★★・いいね!を頂きます事、モチベーション維持に繋がりとても有難く感謝しております。いつもご助力いただき、ありがとうございます!
↓現在連載中です。(現在70話)
こちらも是非、お付き合いのいただけますと幸いです。^^
『 出逢いと記憶と封印の鍵 ~己を探すは誰がために~ 』
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これからもお付き合いの程、どうぞよろしくお願い申し上げます。




