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【書籍化決定】シドはC級冒険者『ランクアップは遠慮する』~稀少なスキルを持つ男は、目立たず静かに暮らしたい~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
【番外編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/108

105. SS-新たなる一歩

こちらは、本編の8年前のお話になります。

(念のため、最下部に地図を再掲載しております)

コンッ コンッ コンッ


「おはようございます。起きておられますか?」

カチャリと扉を開いて入ってきた侍女は、返事のない事に苦笑しつつベッドの天蓋を開き、固まった。


そのベッドには使われた形跡もなく整えられたままの状態で、その上には一封の封筒が置かれていたのだ。

これは何かあったのではと、その侍女は封筒を手に取ると、慌てて部屋を出て行った。




「あのバカ息子は……」

その封筒の中身を読んだ“スコルド・ファイゼル”が、顔をしかめるとそう言った。


「あなた…」

スコルドの妻“ロゼリア”が、目に涙を溜めてスコルドを見る。

「シルフィードは家出をした様だ。“平民になるから籍を抜いてくれ”と」

そう言いながらスコルドは、隣に座るロゼリアの肩を抱き寄せた。


スコルドとロゼリアの座るソファーの前に、ファイゼル家の長男“イサルディ”が座り、それを見守っていた。


「シルフィードはここのところ、部屋で塞ぎこんでいるのかと思っていましたが、それを見た限り、家を出る準備をしていたという事なのですね…」

イサルディはそう言うと、顔をしかめる。


イサルディは今年18歳になり、半月後から王都エウロパで文官として働く予定になっているが、これでは自分もどうなるか分からなくなってきたな、と渋面を作った。

その顔を見た、スコルドは苦笑する。


「イサルディ、この件は執事の“グスタフ”に捜索を任せることにする。私とイサルディは予定通り、半月後には王都へ入るから、そのつもりでいなさい」

それを聞いたイサルディはホッとする。


「あなたは…“シル”を探さないのですか?」

しかしそこで妻のロゼリアから、不満の声が上がった。


「私達が動けば、事は大きくなる。その内に飽きてひょこりと戻って来るだろうが、それまではグスタフに捜索してもらうつもりだ。頼むぞ、グスタフ」

最後は、ソファー近くに立っているグスタフへ向けての指示である。


「畏まりました。シルフィード坊ちゃまは、私が全力を持ってお探しいたします」

そう言ってグスタフは、スコルドへ一礼する。

それに一つ頷いたスコルドは、改めて溜息を吐いた。


今朝シルフィードの部屋へ起こしに行った侍女が、封筒を手に慌ててグスタフへ報告をした様だ。

「シルフィード坊ちゃまが、お部屋にいらっしゃいませんでした」

そう告げられたグスタフが、シルフィードの部屋を確認すれば、ベッドは使われた形跡もなく、それは既にいなくなってから何時間も経っている事を意味していた。


そして状況を確認したグスタフから、主人であるスコルドへと報告が上がり、今に至るという事だ。


シルフィードは8歳の頃、幼馴染のケディッシュと共に魔物に襲われかけた事がある。

その時“英雄”ネレイドに助けてもらったのだと、2人共目を輝かせて話していた。

それからシルフィードとケディッシュは、剣や槍の稽古をする様になり、2人で鍛錬をする姿を見る事が多くなった。


“あの人の様な冒険者になりたい”と言っていたシルフィードが、まさか家出までするとは思ってもみなかった。

今は貴族でも、冒険者をする者もいる時代だ。

だからこのまま自領の中で、冒険者として活動するのだろうと思い見守っていれば、とんだ誤算である。

シルフィードが“平民になる”といって姿をくらませてしまうとは、どうにも頭の痛いスコルドなのであった。


そして妻が懸念している捜索については、事を大きくしない為、スコルドが自分で動けない事情もある。


スコルドは今、王の下で宰相という職に就いている為、それをうらやむだけならまだしも、(ねた)む者もいる。

何か不祥事があれば、足元をすくわれる可能性があり、自分が動けば情報を開示する事と同義になってしまうのだ。


「イサルディ、ロゼリア。シルフィードの件は、周りには漏らさぬ様にしてくれ。シルフィードの友人であるケディッシュは、冒険者になっていると聞いている。まずは彼に連絡を取って、協力を仰ぐとしよう」


スコルドの言葉に、各々が頷いて返す。

この時スコルドは、直ぐに見付かるだろうと考えての言葉であったが、この初手の甘さが、後に発見まで8年を要する事になろうとは、この時のスコルドには思いもよらなかったのである。



-----



シルフィードは夜、家を抜け出した後、夕方に取っていた街の宿に入って、そこで一夜を明かしていた。


そして数日前に購入しておいた冒険者らしい服に着替え、着ていた服も鞄へ詰め込み、まだ薄暗い早朝に宿を出て、街の門前で商人の馬車が通るのを待ち受けていた。


シルフィードは遠距離移動の手段として、これから街を出発する商人の馬車に乗せてもらうつもりであったのだ。

幸い、シルフィードは街中では顔を知られていない為、この街の領主の息子だと思う者はいない。


そこへ通りかかった馬車が、近隣のマグノール領まで行くのだと聞こえた為、シルフィードは、「シュナイ領に親がいるから乗せて行って欲しい」と頼み、まだ少年である者の話を聞いた商人は、快く同乗させてくれたのだった。


シルフィードはファイゼル領を出ると、マグノール領まで順調に進んで行った。

そしてその時はまだ、ファイゼル家の起床時間ではなかった為に、シルフィードの手紙が発見された頃には、既に本人はマグノール領へと旅立った後となっていた。こうしてシルフィードは、家出という行為を果たしたのであった。



そして今は馬車に揺られながら、乗せてくれた商人と話をしている。

「親は何処にいるんだい?」

「シュナイ領の“ロンデ”です」


シルフィードは、ここ数日で調べていたダンジョンのある街の中で、なるべくファイゼル領から離れ、追手が来そうもない場所に見当を付けていたのだ。


初めに考えた行先は王都であったのだが、王都にもファイゼルの家がある為、直ぐに見付かってしまうだろうと気付く。かと言ってそれ以外で何処かと言えば、シルフィードが思い付く限りめぼしい場所もない。


そして考えた末、ダンジョンのある街にしようと思い立ったのだ。

ダンジョンであれば、中に潜ってしまえば追手に見付かる事も少ないだろうと、子供ながらに考え、ダンジョンのある街を基準に行先を決めたのである。


「シド君…だったかな。ロンデじゃあ遠いね。歩いて行くのも大変だなぁ」

そう言って商人は笑う。



シルフィードは商人の馬車に乗せてもらう際、自分の名前を“シド“と偽って伝えていた。


「僕は…シ…ド…と言います」

まさか本名を名乗る訳にもゆかず、家では“シル“とも呼ばれていたが、その名前では見つかってしまう可能性があった為、とっさに出た名前らしきものを言った言葉が“シド“である。

しかし言った本人は、妙にしっくりくる名前に納得する。

これから、冒険者として生きていくための名前はこの名にしようと、この時心の中で“シド“として生きる決意を固めたのであった。



こうしてギュスター領を経由してマグノール領まで来たシドは、その商人が今度は別の商人へと声を掛けてくれた事で、歩きなれていない子供でもその先のスチュワート領まで、馬車で順調に進む事となったのである。


「どうもありがとうございました」

そう言ってシドは、スチュワート領まで送ってくれた3人目の商人にも、感謝を伝える。


ここまで送ってくれた商人達は、この品のある冒険者の少年はきっと貴族の子息なのではと、初めから皆丁寧な態度を取って接してくれていたのだった。流石に商人は、人を見る目が養われているといえよう。


「あの…お代は…」


シドはそう言って、商人を見上げると、その商人は笑っている。

「いいって事よ、ついでなんだ。それより早く家に帰ってやりなって」

ここまでの商人の間で、どんな話が伝わっているのかわからないが、そう言ってお金も取らず笑顔で去って行ったのだった。

その馬車にシドは頭を下げると、今着いたばかりのウドの街中を歩き出した。



お金は家から持って出て来ているので、宿には泊まれるはずだが、これから目的地である“ロンデの街”で冒険者になる為には、色々と必要な物も出てくるだろう。自分で稼げるようになるまでは、何とか今あるお金で暮らさないといけない為、シドは鳴りそうになる腹の為に屋台で菓子を購入すると、それを口に入れながら街の中を歩いていた。



「おいっ坊主」

その時シドの背後から、野太い声が聞こえた。

シドが気になって振り向けば、大きな体をした冒険者らしき男がシドを睨んでいた。

シドは黙ったまま、その男を見上げる。

シドは今、15歳になったばかりで、身長はまだ170cmに届かない。

目の前の男は、シドからすれば2mは超えているように見える程の大きさであった。


「声を掛けられたら、返事位はするもんだろう?」

「何ですか…」


シドが仕方なく返事をすれば、そのかぼそい声を聞いた男は、ニヤリと陰湿な笑みを浮かべてシドを見た。

「お前、駆け出し冒険者だろう?なのに、生意気に良い剣を背負っているじゃないか。…俺にくれよ」


一体何を言っているのだろうかと、シドは言葉を失う。

それを“怯え“ととった男は、ニヤニヤとねっとりした表情になり、一歩ずつシドへ近づいてくる。


シドは嫌な予感に、2歩3歩と後ずさる。

返事をしなければ良かったと後悔するも、時すでに遅し。変な者に目を付けられてしまった事を、そこでやっと悟ったのだった。


今シドが背負っている剣は、家で使っていた物を持ち出してきた物で、大きすぎない鉄の剣ではあるが、持ち手には装飾があり、多少見栄えの良い物であったのだ。そしてその柄の部分が、羽織った外套からはみ出して見えてしまっていた為に、この男に目を付けられてしまったらしい。


後ずさるシドの背中が、“ドンッ“と何かにぶつかった。

(しまった!追い詰められたのか!)

そうシドが思った時、そのぶつかった背後から声がした。


「どうした?」

その声を聞き、ぶつかったものは人だったのかとシドが振り返ると、背後にいた者も2m近くある人物で、盾を背負った紫の髪に灰色の眼の男が立っていたのだった。


シドはビクリと身をすくませる。

そのシドを見て何かを察したのか、盾の男がシドを追い詰めた男を見た。

その視線を受けた男が、上ずった声を出す。


「ダイモスの…アド…ニス…」

「あぁ俺はアドニスだが、この少年に何の用だ?」

アドニスと呼ばれたシドの背後にいる男性は、シドの肩に手を乗せて、男に片方の眉を上げてみせた。


今度はそのアドニスを見た男が、後ずさりながら手を振っている。

「俺は…この少年が…道に迷っていた様だったから声を掛けただけだ、アドニスが居るなら俺は用なしだなっ」

そう早口でまくし立てると、慌てたようにシドから離れて、人ごみに消えていったのだった。


この背後の人に、助けてもらったのだろうかと、再度アドニスと呼ばれた男を見上げれば、その男はニッと笑ってシドを見下ろした。


「あいつは依頼を受けるよりも、街中をうろうろしている事が多い奴なんだが…本当にろくな事をしていない様だな。アレは俺達で何とかしておくが、坊主も気を付けてくれよ」


そう言って大きな手をシドの頭に乗せてから、“じゃあな“と去って行ってしまった。

その人は自分からは名乗らず、金銭を要求する事もなく、当たり前の様にさりげなく手を差し伸べて、何事もなかった様に去って行ってしまった。


シドはその後姿を見送ると、大きく一つ頷く。

冒険者とは、困っている人を助ける事も含まれるのだなと、この出来事はシドの冒険者としての心得に、一つの影響を与えたのだった。


こうして、着いたばかりのウドの街では早々に絡まれてしまったシドであったが、この後は何事もなく宿をとり、そして翌朝もまた、移動をするために街中にいた。

そして今日は絡まれぬように、少しでも大人に見えるよう背筋を伸ばして歩いている。

しかし、いくら背筋を伸ばそうとも所詮はまだ少年で、頼りなさげに見えている事は本人だけが知らぬ事なのである。



それから何とか無事にウドの街中を通過して、南門へ出た。

ここからシドはまた商人の馬車に声を掛けると、目的地である“ロンデ“まで行く馬車に乗せてもらえる事になった。ただ、こちらの馬車は乗車賃が必要で、銀貨1枚を支払う条件となったけれども。

そして、同行を許してくれたこの商人は護衛を2人連れており、これから2日かけてロンデに到着する予定である。


その2日間、商人と護衛である冒険者たちに可愛がってもらいながら、何事もなくロンデの街に辿り着いた。

ちなみにウドの街からロンデの街まで行く口実は、ロンデに親が居るという訳にもいかないので、本来の目的である“ダンジョンに潜る為“という事で話をつけていたのだった。



「ありがとうございました」

馬車がロンデに到着すれば、シドは街の入口で降ろしてもらう。

「いやいや。私も“ついで“で人を運んだだけで、ちゃんと料金はもらったからね。“持ちつ持たれつ“という事だよ」


そう言った商人と護衛の2人とは笑顔で別れ、シドはロンデの街中へと踏み出して行った。


この街は、自分が今まで住んでいたファイゼルの街とは随分と雰囲気が違い、ロンデは“元気な街“という言葉が当てはまりそうな街だった。

本で調べたこの場所は、この街のすぐ西側には国境があり、そこを超えれば隣国の“ガルス“へと続いているという事であった。


シドが今まで行動した範囲は、まだ子供だったという事もあり自領のファイゼル領内を移動した事と、父親に付いて王都に行った事しかない。

そのシドが今、知らない街で生活を始めようと新たな一歩を踏み出したのだ。

その為本人はとてもワクワクしており、これから始まる冒険者としての未来に心躍らせながら、ロンデの冒険者ギルドを目指して歩いていた。


そしてやっと冒険者ギルドを見付ければ、自身の覚悟と同じくらい重い扉を開くと、冒険者としての希望を胸に、シドは新たなる道へと足を踏み出していったのであった。



▼ 地図 ▼


挿絵(By みてみん)

今回のお話は、初めて出てくる人と既出の人物が登場しました。

執事のグスタフに至っては、本編では一度しか出てこなかったというレアな人物です。笑

そして、8年後に再会する人物も出てきましたが、お分かりになりましたでしょうか。(90話から登場する人物の若かりし?頃です。この時の人物が後に会った者と同一人物とは、2人共わかっていないようですね)

そんなめぐり合わせも含めてお届けしたお話ですが、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


追伸.

ブックマーク・★★★★★・いいね!を頂きますと、モチベーション維持に繋がりとても有難いです。

いつもご助力いただき、ありがとうございます!


そして、新作も連載中です。(現在40話)

こちらも是非、お付き合いのいただけますと泣いて喜びます。笑

『 出逢いと記憶と封印の鍵 ~己を探すは誰がために~ 』

https://ncode.syosetu.com/n4419ip/


これからもお付き合いの程、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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