104. SS-ハヤブサ
ご無沙汰しております。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今回も短編ですが、お楽しみ下さると幸いです。
時系列は、102話(最終話)の後のお話となります。
「オーツ!」
ノックの音もなく、そう言って勝手に扉を開けて入って来る者がいた。
奥で作業をしていたオーツが、中断される作業にうんざりした声を出す。
「ノックぐらいしろ。今忙しいんだ、後にしてくれ」
入口の確認もなく、そうオーツが言って作業に戻る。
「もー!オーツってば!」
再度聞こえた声を気にすれば、どうやら知った声らしいと気付く。
「よいしょ」と作業台の前から立ち上がり、パーテーションで区切られた場所を見れば、お転婆娘のリュシアンが顔を覗かせていた。
一週間前、ネッサの街にフラッとやってきたリュシアンだったが、一緒に消えたはずの男の姿はなく、気落ちした元気のない姿で現れたのだ。
そんな様子のリュシアンに、あの男に振られでもしたのか?と気安く聞いてみれば、「そうかもね」と目に涙をためて言った一言がオーツの心にズシリと残り、それからは時々、オーツからも宿に会いに行く位には、リュシアンの事を気にかけていたのだ。
シドと名乗っていた男に、可愛がっているリュシアンを泣かせやがって「あの野郎…」と、今度会ったら殴ってやる位の気持ちで、怒り心頭なオーツであった。
それが今日はどうした事か、以前にも増して血色が良く上機嫌なリュシアンを見て、オーツは首をかしげる。
「おう、リュシアンか。どうした?」
これはもう作業は出来ないなと、オーツがテーブルまで進んでくれば、開いていた扉の外に、見知った顔の男が立っていたのだった。
オーツはそこで、一気に真っ赤になった顔に眉を吊り上げ、リュシアンを通り越して扉を出ると、そこに立っているシドの襟首をつかみ、締め上げた。
「ぐ…」
シドの口から苦し気な声が漏れる。
だがシドはそれを振りほどく事もなく、されるがままに目を瞑った。
それに慌てたのはリュシアンで、「ちょっと!」と急いでオーツに縋りつく。
「ねえオーツ!やめてってば!」
リュシアンがオーツの太い腕をグイグイと引っ張るも、オーツの腕はびくともしない。
「おい!どういうつもりだ!こいつを泣かせやがって!」
オーツは拳に力をこめ、シドを締め上げる。
だが、これではシドも声を出す事すらできず、されるがままの状態で審判の時を待つ事しかできなかった。
(一発で済めばいいが…)
シドは心の中で冷静にそう考えていたが、はたから見ていたリュシアンは慌てふためき、大声を上げた。
「オーツ!やめて!シドに何かしたら私がオーツを殴るわよ!」
ほう、反撃に出るだと?とある意味、冷静になったオーツがリュシアンを見れば、泣きそうになっているその顔に、一応話位は聞いてやるかと渋々シドの襟首から手を離した。
ゴホッと咳ばらいをしたシドへ、リュシアンが寄り添い「大丈夫?」と声を掛けている。
それを見れば、俺が悪者じゃねーかと、オーツが渋い顔をする。
「ちょっと…座って話しましょう」
リュシアンは勝手に2人を座らせて、買ってきていたクッキーをテーブルの上に広げた。
程なくして3人が落ち着いたところで、オーツが話し出す。
「リュシアン、こいつを連れてきて何の用だ」
そう言ってリュシアンを睨め付けた。
その視線にリュシアンは、困った顔をしてシドを見上げると、それにシドは頷いてみせる。
「俺達、結婚する事になった」
シドの開口一番は、そんな言葉だった。
「はあ?!何言ってやがる!こいつを散々泣かせておきながら、言うに事欠いて結婚するだと?お前は何様だ!」
真っ赤な顔をしたオーツは、リュシアンを我が子の様に可愛がっている。そんな娘を泣かせるような奴に、リュシアンを渡すつもりはないのだ。
オーツの怒りを見たリュシアンは、自分が勘違いしたせいだと話す。
「振られた訳ではなかったみたいでね…少しすれ違っていただけらしいの」
「それで、いきなり結婚か?そんなんで良いのか、リュシアンは」
まだ怒りが収まっていないオーツは、腕を組んで2人を見る。
「またいつ、こいつは姿をくらますか分らんのだぞ?一度やった奴は何度も同じことをするんだ。改心しましたなんて言葉を信じれば、後で後悔するのはリュシアンだぞ?」
これを聞く限りオーツは、気まぐれでシドがリュシアンから黙って離れ、姿を消していたと思っている様だ。
大筋は間違っていないが、ここまで拗れると話が全く進まないなと、シドが口を開く。
「俺は、リュシアンを愛している。これからは死ぬまで、離れるつもりはない」
「はん!」
とシドの言葉にオーツが鼻で笑う。
それを見たリュシアンが、自分の左手をテーブルに乗せた。そこにはシドからもらった金色の指輪が輝き、オーツがそれを認識すれば、「むむ」と眉間にしわが寄った。
「もう私達、婚約済よ?それにシドは怪我で動くことも出来なくて、この数か月は、私と連絡が取れなかったみたいなの」
オーツは、シドも冒険者であることは知っていた。その為、危険な依頼でも受けて、大怪我でもしたのだろうと考える。
それでやっと先程までの勢いが収まってきたオーツに、2人は顔を見合わせると、数か月前に大森林でおきた事を、かいつまんで話し始めたのだった。
「じゃぁ何かい。元々お前さんも貴族だったって事か?」
そう言いつつもオーツの口調は変わらない。
「ああ。だが家を出た後は、ずっとただの冒険者として過ごしてきたからな。リュシアンと結婚できるとまでは思っていなかった…」
「え?そんな事を思っていたの?」
「ああ。ただの平民と貴族令嬢では、結婚は、まず無理だと思った」
「何よ…だからちょっと、距離があったの?」
「いや…そういう訳でもないが…」
オーツは目の前で話している2人に、呆れた顔を向ける。話は分かったし、これはめでたい事だという事になったが、こうも目の前でイチャイチャされると、見ているこっちがくすぐったいのだ。
「まぁ…わかったよ。儂の早とちりは謝る。すまん」
そう言って2人にオーツは頭を下げる。
「いや、謝罪はいらない。俺が泣かせたのは事実だしな」
と、シドは苦笑してオーツの謝罪を遠慮する。
こうしてやっと、オーツへ結婚の報告を済ませた2人だったが、その話が終わったのにそのまま動こうとはせず、リュシアンに至ってはクッキーを食べ続けている様子に、オーツが首を傾げた。
「それで、本題なんだが」
話し始めたシドに、という事は結婚という大事な話をついでにする位、余程大切な用があるのかと、オーツも姿勢を正す。
すると、シドは腰から鞘ごと剣を外すと、静かにテーブルの上に置いた。
それを見たオーツは、見覚えのある剣に嫌な予感がしてならない。もしや…と剣から視線を上げてシドの顔を見れば、この予感が的中している事を悟る。
「おい…まさか…」
「…ああ。また修理を頼みたいんだが…」
言い辛そうにシドが話を続けた。
「見ていいか?」
オーツの問いにシドは頷く。
そっと手に取ってスルリと鞘から抜けば、オーツの手にはハヤブサ改。強化したはずのその切っ先には、縦に長くひびが入っていた。
「おい…また折れてるじゃねぇかよ…」
「ああ、すまない。さっき話した奴に折られたんだ…」
チッっと舌打ちが聞こえて、オーツが視線をシドへ移す。
「もう1本の剣も折れたのか?」
「いや、あっちは折れなかった」
「くそっ」
オーツから悔しげな声が漏れ、そのまま目を瞑ってしまう。
リュシアンが心配そうな目でシドを見れば、シドは黙って頷いただけだった。
程なくすれば、オーツが動く。
「おし!直してやるか」
「そうか…すまないが頼む。それで、素材はどうすれば良い?」
前回は、たまたまシドが持ち込んだハンマークラブの甲羅を使ったが、今回はどうするのかとシドが尋ねる。
それにはオーツが頷いて、奥を指さした。
「前回の素材はハヤブサ用に残してあるし、修理代はいらんぞ。どうせまた、お前さんが持ち込んでくるだろうとは思っていたが…もう少し後の事だと思っていた…」
オーツにジト目で見られ、シドも少々バツが悪くて苦笑する。
「まぁただ、同じ素材を使うから、耐久性は同等になるがな」
と、今度はオーツが苦笑した。
「ああ、問題ないだろう。あれより硬い物と当たる事はもうないと思う」
「そんなにか?」
「ああ。剣が当たっただけで、腕が肩までしびれる程だった」
「む…それは最早、“岩“だな…」
「いや、岩の方がまだ切れたかも知れないな…」
シドの繋げた言葉に、返す言葉もなく呆れた顔をシドへ向けるオーツ。
こいつは、どこまでの強敵と戦ったのかと、先に噂で聞いていた大森林の話が、先ほどの話の表面にしか過ぎなかった事を、オーツは思い出す。
「まぁこれ以上の強度となると、もう素材の問題でしかないからな。お前さんが戦ったという硬い奴の素材でもありゃー、この国一番の剣ができたろうがな」
と、オーツはもう手に入らない素材を思い描き、そうぽつりと零した。
「………」
シドがそこで動きを止めた為、リュシアンがどうしたの?と覗き込む。
その視線に首を振ったシドが、決心したかのように懐に手を入れ、そこから何かを取り出すとテーブルの上に置いた。
それは、茅色の光沢が輝く平たい物で、大きさはリュシアンの手の平を広げた程しかない。
だがその輝きは、ずっと眺めていられるほどに美しく、目を引かれる物だった。
「何だ?それは…鱗?」
テーブルに出された物には触れず、繁々とオーツは覗き込む。
「これは、そいつの鱗だ」
「「はぁ?!」」
リュシアンとオーツの声が重なり、2人は目を見開く。
「何で持ってるの?」
とリュシアンが聞けば、シドの着ていた物の中に入っていたのだという。
「目が覚めてから、服にこれが入っていたと渡された。入れた覚えはなかったが、この鱗はアレの物だと、そう思い当たった」
「そうなの?」
「ああ。あいつの顔の1枚だけ、鱗が取れたんだ。多分それが紛れ込んでいたんだろう」
「おい。話を聞いてりゃ、それはアレの事だろう?そんな物の鱗なんざ、王家に提出するもんじゃないのか?」
オーツが言う事は尤もだ。結局は数人しか見る事のなかった物が落とした鱗ならば、証拠として王家が保管する事になるのだろう。
「まぁ、これがアレの物だとは、誰も思ってないからな…俺がもらった様なものだし、俺の剣に使っても誰も文句は言わないだろう?」
そう言ってニヤリと笑ったシドは、テーブルの鱗を触る。
服に紛れていた鱗をシドの所持品と思って、わざわざシドに返したのだとは思うが、父親がこれを認識していたとしたら、わざとシドに返したとも考えられた。
(あの人も、曲者だからな…)
苦笑しつつシドは、それをオーツへ押し出す。
「まあ、売買は出来ないものだが、素材としてなら大丈夫だろう。修理にはこれを使ってくれ」
そう言い切るシドに「いいのか?」と心配そうに聞く。
大きくオーツに頷いたシドが、剣とウロボロスの鱗をオーツに預け、2人は工房を出て行ったのだった。
「こりゃー大変な事になったな」
と口では言いつつも、オーツの顔は緩んでいた。
オーツは元々職人だ。新しい素材を手に入れて、既にその先の事に思考が飛んでいたオーツだった。
こうして数週間かかってできた剣は、薄っすらと元の素材の色と輝きを残し、金色にも見える刃を持った美しい剣に仕上がる。
それ以降この剣は、折れる事もなく大切にシドの相棒として活躍していく事となった。
そしてこの美しい剣は、素材の希少さを表した『ハヤブサ極』と改名されたという事である。
いつもお付き合い下さり、感謝申し上げます。
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2024.1.22より、新作も連載始めました!
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『 出逢いと記憶と封印の鍵 ~己を探すは誰がために~ 』
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