表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】シドはC級冒険者『ランクアップは遠慮する』~稀少なスキルを持つ男は、目立たず静かに暮らしたい~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
【番外編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/108

104. SS-ハヤブサ

ご無沙汰しております。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今回も短編ですが、お楽しみ下さると幸いです。

時系列は、102話(最終話)の後のお話となります。

「オーツ!」

ノックの音もなく、そう言って勝手に扉を開けて入って来る者がいた。


奥で作業をしていたオーツが、中断される作業にうんざりした声を出す。

「ノックぐらいしろ。今忙しいんだ、後にしてくれ」

入口の確認もなく、そうオーツが言って作業に戻る。


「もー!オーツってば!」

再度聞こえた声を気にすれば、どうやら知った声らしいと気付く。

「よいしょ」と作業台の前から立ち上がり、パーテーションで区切られた場所を見れば、お転婆娘のリュシアンが顔を覗かせていた。


一週間前、ネッサの街にフラッとやってきたリュシアンだったが、一緒に消えたはずの男の姿はなく、気落ちした元気のない姿で現れたのだ。


そんな様子のリュシアンに、あの男に振られでもしたのか?と気安く聞いてみれば、「そうかもね」と目に涙をためて言った一言がオーツの心にズシリと残り、それからは時々、オーツからも宿に会いに行く位には、リュシアンの事を気にかけていたのだ。


シドと名乗っていた男に、可愛がっているリュシアンを泣かせやがって「あの野郎…」と、今度会ったら殴ってやる位の気持ちで、怒り心頭なオーツであった。


それが今日はどうした事か、以前にも増して血色が良く上機嫌なリュシアンを見て、オーツは首をかしげる。

「おう、リュシアンか。どうした?」


これはもう作業は出来ないなと、オーツがテーブルまで進んでくれば、開いていた扉の外に、見知った顔の男が立っていたのだった。


オーツはそこで、一気に真っ赤になった顔に眉を吊り上げ、リュシアンを通り越して扉を出ると、そこに立っているシドの襟首をつかみ、締め上げた。

「ぐ…」

シドの口から苦し気な声が漏れる。

だがシドはそれを振りほどく事もなく、されるがままに目を瞑った。


それに慌てたのはリュシアンで、「ちょっと!」と急いでオーツに縋りつく。

「ねえオーツ!やめてってば!」

リュシアンがオーツの太い腕をグイグイと引っ張るも、オーツの腕はびくともしない。


「おい!どういうつもりだ!こいつを泣かせやがって!」

オーツは拳に力をこめ、シドを締め上げる。


だが、これではシドも声を出す事すらできず、されるがままの状態で審判の時を待つ事しかできなかった。

(一発で済めばいいが…)

シドは心の中で冷静にそう考えていたが、はたから見ていたリュシアンは慌てふためき、大声を上げた。


「オーツ!やめて!シドに何かしたら私がオーツを殴るわよ!」


ほう、反撃に出るだと?とある意味、冷静になったオーツがリュシアンを見れば、泣きそうになっているその顔に、一応話位は聞いてやるかと渋々シドの襟首から手を離した。


ゴホッと咳ばらいをしたシドへ、リュシアンが寄り添い「大丈夫?」と声を掛けている。

それを見れば、俺が悪者じゃねーかと、オーツが渋い顔をする。


「ちょっと…座って話しましょう」

リュシアンは勝手に2人を座らせて、買ってきていたクッキーをテーブルの上に広げた。

程なくして3人が落ち着いたところで、オーツが話し出す。


「リュシアン、こいつを連れてきて何の用だ」

そう言ってリュシアンを()め付けた。

その視線にリュシアンは、困った顔をしてシドを見上げると、それにシドは頷いてみせる。


「俺達、結婚する事になった」

シドの開口一番は、そんな言葉だった。


「はあ?!何言ってやがる!こいつを散々泣かせておきながら、言うに事欠いて結婚するだと?お前は何様だ!」


真っ赤な顔をしたオーツは、リュシアンを我が子の様に可愛がっている。そんな娘を泣かせるような奴に、リュシアンを渡すつもりはないのだ。

オーツの怒りを見たリュシアンは、自分が勘違いしたせいだと話す。


「振られた訳ではなかったみたいでね…少しすれ違っていただけらしいの」

「それで、いきなり結婚か?そんなんで良いのか、リュシアンは」


まだ怒りが収まっていないオーツは、腕を組んで2人を見る。

「またいつ、こいつは姿をくらますか分らんのだぞ?一度やった奴は何度も同じことをするんだ。改心しましたなんて言葉を信じれば、後で後悔するのはリュシアンだぞ?」


これを聞く限りオーツは、気まぐれでシドがリュシアンから黙って離れ、姿を消していたと思っている様だ。

大筋は間違っていないが、ここまで拗れると話が全く進まないなと、シドが口を開く。


「俺は、リュシアンを愛している。これからは死ぬまで、離れるつもりはない」

「はん!」

とシドの言葉にオーツが鼻で笑う。


それを見たリュシアンが、自分の左手をテーブルに乗せた。そこにはシドからもらった金色の指輪が輝き、オーツがそれを認識すれば、「むむ」と眉間にしわが寄った。


「もう私達、婚約済よ?それにシドは怪我で動くことも出来なくて、この数か月は、私と連絡が取れなかったみたいなの」


オーツは、シドも冒険者であることは知っていた。その為、危険な依頼でも受けて、大怪我でもしたのだろうと考える。

それでやっと先程までの勢いが収まってきたオーツに、2人は顔を見合わせると、数か月前に大森林でおきた事を、かいつまんで話し始めたのだった。




「じゃぁ何かい。元々お前さんも貴族だったって事か?」

そう言いつつもオーツの口調は変わらない。


「ああ。だが家を出た後は、ずっとただの冒険者として過ごしてきたからな。リュシアンと結婚できるとまでは思っていなかった…」

「え?そんな事を思っていたの?」

「ああ。ただの平民と貴族令嬢では、結婚は、まず無理だと思った」

「何よ…だからちょっと、距離があったの?」

「いや…そういう訳でもないが…」


オーツは目の前で話している2人に、呆れた顔を向ける。話は分かったし、これはめでたい事だという事になったが、こうも目の前でイチャイチャされると、見ているこっちがくすぐったいのだ。


「まぁ…わかったよ。儂の早とちりは謝る。すまん」

そう言って2人にオーツは頭を下げる。

「いや、謝罪はいらない。俺が泣かせたのは事実だしな」

と、シドは苦笑してオーツの謝罪を遠慮する。


こうしてやっと、オーツへ結婚の報告を済ませた2人だったが、その話が終わったのにそのまま動こうとはせず、リュシアンに至ってはクッキーを食べ続けている様子に、オーツが首を傾げた。



「それで、本題なんだが」

話し始めたシドに、という事は結婚という大事な話をついでにする位、余程大切な用があるのかと、オーツも姿勢を正す。


すると、シドは腰から鞘ごと剣を外すと、静かにテーブルの上に置いた。


それを見たオーツは、見覚えのある剣に嫌な予感がしてならない。もしや…と剣から視線を上げてシドの顔を見れば、この予感が的中している事を悟る。


「おい…まさか…」

「…ああ。また修理を頼みたいんだが…」

言い辛そうにシドが話を続けた。


「見ていいか?」


オーツの問いにシドは頷く。

そっと手に取ってスルリと鞘から抜けば、オーツの手にはハヤブサ改。強化したはずのその切っ先には、縦に長くひびが入っていた。


「おい…また折れてるじゃねぇかよ…」

「ああ、すまない。さっき話した奴に折られたんだ…」


チッっと舌打ちが聞こえて、オーツが視線をシドへ移す。

「もう1本の剣も折れたのか?」

「いや、あっちは折れなかった」

「くそっ」

オーツから悔しげな声が漏れ、そのまま目を瞑ってしまう。

リュシアンが心配そうな目でシドを見れば、シドは黙って頷いただけだった。


程なくすれば、オーツが動く。

「おし!直してやるか」

「そうか…すまないが頼む。それで、素材はどうすれば良い?」

前回は、たまたまシドが持ち込んだハンマークラブの甲羅を使ったが、今回はどうするのかとシドが尋ねる。


それにはオーツが頷いて、奥を指さした。

「前回の素材はハヤブサ用に残してあるし、修理代はいらんぞ。どうせまた、お前さんが持ち込んでくるだろうとは思っていたが…もう少し後の事だと思っていた…」

オーツにジト目で見られ、シドも少々バツが悪くて苦笑する。


「まぁただ、同じ素材を使うから、耐久性は同等になるがな」

と、今度はオーツが苦笑した。


「ああ、問題ないだろう。あれより硬い物と当たる事はもうないと思う」

「そんなにか?」

「ああ。剣が当たっただけで、腕が肩までしびれる程だった」

「む…それは最早、“岩“だな…」

「いや、岩の方がまだ切れたかも知れないな…」


シドの繋げた言葉に、返す言葉もなく呆れた顔をシドへ向けるオーツ。

こいつは、どこまでの強敵と戦ったのかと、先に噂で聞いていた大森林の話が、先ほどの話の表面にしか過ぎなかった事を、オーツは思い出す。


「まぁこれ以上の強度となると、もう素材の問題でしかないからな。お前さんが戦ったという硬い奴の素材でもありゃー、この国一番の剣ができたろうがな」

と、オーツはもう手に入らない素材を思い描き、そうぽつりと零した。


「………」


シドがそこで動きを止めた為、リュシアンがどうしたの?と覗き込む。

その視線に首を振ったシドが、決心したかのように懐に手を入れ、そこから何かを取り出すとテーブルの上に置いた。


それは、茅色の光沢が輝く平たい物で、大きさはリュシアンの手の平を広げた程しかない。

だがその輝きは、ずっと眺めていられるほどに美しく、目を引かれる物だった。


「何だ?それは…鱗?」

テーブルに出された物には触れず、繁々とオーツは覗き込む。


「これは、そいつの鱗だ」

「「はぁ?!」」


リュシアンとオーツの声が重なり、2人は目を見開く。

「何で持ってるの?」

とリュシアンが聞けば、シドの着ていた物の中に入っていたのだという。


「目が覚めてから、服にこれが入っていたと渡された。入れた覚えはなかったが、この鱗はアレの物だと、そう思い当たった」

「そうなの?」

「ああ。あいつの顔の1枚だけ、鱗が取れたんだ。多分それが紛れ込んでいたんだろう」

「おい。話を聞いてりゃ、それはアレの事だろう?そんな物の鱗なんざ、王家に提出するもんじゃないのか?」


オーツが言う事は尤もだ。結局は数人しか見る事のなかった物が落とした鱗ならば、証拠として王家が保管する事になるのだろう。


「まぁ、これがアレの物だとは、誰も思ってないからな…俺がもらった様なものだし、俺の剣に使っても誰も文句は言わないだろう?」

そう言ってニヤリと笑ったシドは、テーブルの鱗を触る。


服に紛れていた鱗をシドの所持品と思って、わざわざシドに返したのだとは思うが、父親がこれを認識していたとしたら、わざとシドに返したとも考えられた。

(あの人も、曲者だからな…)

苦笑しつつシドは、それをオーツへ押し出す。


「まあ、売買は出来ないものだが、素材としてなら大丈夫だろう。修理にはこれを使ってくれ」

そう言い切るシドに「いいのか?」と心配そうに聞く。

大きくオーツに頷いたシドが、剣とウロボロスの鱗をオーツに預け、2人は工房を出て行ったのだった。



「こりゃー大変な事になったな」


と口では言いつつも、オーツの顔は緩んでいた。

オーツは元々職人だ。新しい素材を手に入れて、既にその先の事に思考が飛んでいたオーツだった。


こうして数週間かかってできた剣は、薄っすらと元の素材の色と輝きを残し、金色にも見える刃を持った美しい剣に仕上がる。

それ以降この剣は、折れる事もなく大切にシドの相棒として活躍していく事となった。


そしてこの美しい剣は、素材の希少さを表した『ハヤブサ極』と改名されたという事である。


いつもお付き合い下さり、感謝申し上げます。

ブックマーク・★★★★★・いいね!を頂きます事、モチベーション維持に繋がりとても感謝しております。


2024.1.22より、新作も連載始めました!

こちらも是非、お付き合いの程よろしくお願いいたします!

『 出逢いと記憶と封印の鍵 ~己を探すは誰がために~ 』

https://ncode.syosetu.com/n4419ip/

(直リンクが貼れないので、この下の“作者マイページ“をクリックしていただくか、一番上の作者名をクリックいただくと、作品一覧からお読みいただけます)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、蟹の甲羅で強化された剣で竜(っぽいやつ)を斬りつけて罅ですんでいるんだ。国崩しのような相手の鱗を使ったんだから大体のやつには負けないよな!
[一言] まぁ散々振り回されたんだし、これくらいの報酬はね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ