103. SS-ある春の日
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
こちらは番外編となります。
時々思い付いたときに投稿するかも知れませんが、短編になると思います。
今日は友人のケディッシュと共に、シルフィードは乗馬の練習をしていた。
ファイゼル領の家の敷地内で行われるこの練習は、いつも同じところを回っている為、シルフィードもケディッシュも見慣れた風景に少々退屈している。
ケディッシュが歩かせている馬の横へ、シルフィードが馬を寄せる。
そして小さな声で話し掛けた。
「ねぇケディ、外で乗ろうよ」
その声に、ケディッシュがシルフィードを見て眉を下げる。
「僕も外で走らせたいけど、シルの家の人に怒られるよ?」
ケディッシュはシルフィードより6つ年上で、今はまだ14歳だ。だが流石に子供が外で馬を乗り回す事は、駄目だという事位は分かる。
「えー。僕達だけで行けば大丈夫だよ。もう2人共うまく馬にも乗れる様になったし、何かあれば走らせて逃げれば良いんだから…」
シルフィードの言い訳に、少々心を動かされたケディッシュも、まだ少年なのである。子供だけで冒険をしたいという気持ちも、持ち合わせていたのだった。
「もう少ししたら、今見ている執事も家に戻ると思うんだ。そうしたら…ねえ?」
シルフィードは、いたずらっ子の様に目を輝かせてケディッシュを見る。
「そうだね…行ってみようか」
2人はクスリと笑い合うと、見張る者がいなくなってから一気に敷地の外へと、馬に乗って出てしまったのだった。
2人は人の少ない道を辿りそのまま街の外まで出ると、森のある方角へと駆け抜けていく。
子供の足で歩けば時間のかかる距離も、馬で走れば大した時間もかからずに森の入口へと到着した。
2人は馬から飛び降りると、馬を木につなぐ。
まだ息を切らしている馬を休ませ、2人は森へと足を踏み入れたのだった。
貴族である2人は、家族と一緒に自然豊かな場所に来る事もあるが、その時は“遠くまで行くな”だの“駆け回るな”だのと、制限が付く事が多い。
だが今は、シルフィードとケディッシュの2人だけなのだ。自分達の思った通りに、行動する事が出来るのである。
2人は落ちていた枝を手に持ち振り回しながら、ズンズンと森の中へと入って行く。大人が見ていたら危険な行為でも、子供にはその危機感はない。
「どこまで行っても“木”ばっかりだね」
シルフィードは歩きながら、ケディッシュに話す。
「森の中だもんね…でも小さい動物までいないのは、おかしくない?」
「本当だ。リスも小鳥もいない…」
そんな事を話しながら、2人はまだ歩き続けている。
本来ならばここで何かに気付かなければならないのだが、2人は足を止めなかった。
そしてそれは、突然現れたかの様に見えた。
40m先の木が動いたかと思えば、その木がこちらに向かって進んできたのである。
「何?!」
「木が動いてる!!」
シルフィードとケディッシュは、大声を上げてその木を見た。
速度は決して速くはないが、ワサワサと上部の葉を揺らしながら、真っすぐにこちらへ近付いて来ている。
「何かわからないけど、逃げなきゃ!」
ケディッシュは友人としてシルフィードと一緒にいるが、ケディッシュはシルフィードの親戚で、歳の近い者として選ばれた、謂わば“友人兼面倒見役”として彼を護る為に傍にいるのである。
だがそんな彼も、この得体の知れない物からシルフィードを護る術を、持ち合わせていないのであった。
「わー!!」
「逃げろー!!」
2人はその“木”から離れる様に駆け出す。
だが焦っている為に足元がおぼつかず、すぐにシルフィードは木の根につまずき、転んでしまったのであった。
「わー!!」
倒れたまま後ろを振り返って、そこでもがいているシルフィード。
それを見た少し先にいたケディッシュが戻り、シルフィードを起こそうと手を差し伸べた。
『ギィィィィ!』
その時、20mまで近付いていた“木”が吠えたのである。
シルフィードとケディッシュはその声に体を固まらせると、互いに抱き付いて身を縮ませた。
もうだめだ!!
2人はギュッと目を瞑り、自分達の終わりを悟る。
しかしその2人に風が吹き抜けたかと思えば、目の前には1人の男性が立っていたのだった。
「大丈夫か?」
エメラルドグリーンの髪を後ろで1つに纏め、青い眼をこちらに向けたその者が、2人へ声を掛けた。
声も出せない2人は、ただただ頷く。
それを見たその人物は微笑みを浮かべると、正面の木へと走って行った。
シルフィードとケディッシュは、その人物をただ見つめていた。
緑の髪を靡かせその木の上部まで跳んだと思えば、自身を回転させてその木に剣を振り下ろす。その度その木が声を上げ、枝を振り回して抵抗するものの、呆気ないほどの時間でその木は倒れたのだった。
2人は茫然とそれを見る。
「「すごい…」」
重なる声にその人物は顔を向けると、2人の下へやってきた。
「怪我はないか?」
「うん」
「はい」
シルフィードとケディッシュは答える。
そしてハッと気づいた様に、ケディッシュが声を出す。
「助けていただき、ありがとうございます」
そう言ってケディッシュは頭を下げると、その人物はその頭に手を乗せた。
「いや、遅くなってすまなかったな。森の入口に馬がいたから、誰か森へ入ったのかと後を追ってきたんだ。それで…2人だけか?」
「はい。僕達2人だけです」
ケディッシュは眉を下げ、そう返す。
「ねぇおじさん、さっきのは何?」
そこへシルフィードが話に入ってきた。どうやらあの魔物が、気になっていたらしい。
「おじさん…か。そうだな…俺ももう25だしな…」
その人物は自分の額に手を置いて、何か言っている。
2人はその人物を見上げ、先程の答えを待った。
「俺は“ネレイド”という。あれは木の魔物で“トレント”と言うんだ。普段は木々に紛れ、人や動物が近付けばああやって襲ってくるんだ」
それを聴いた2人の目が輝く。
「えー?!英雄ネレイド!!」
シルフィードは堪らず声を上げた。
ネレイドという名は、この国では有名だ。冒険者の“〈英雄〉ネレイド”は男の子たちの憧れであり、シルフィードとケディッシュは先程までの恐怖も忘れ、大興奮である。
「はははっ。俺も有名になったものだな…だが“英雄”は止めてくれないか…」
「どうしてですか?強くて格好良い名前ですけど…」
ケディッシュが頭を傾けて、ネレイドに聞く。
「その呼び方だと俺が“英雄”みたいに聞こえるだろう?その“英雄”とはスキルの名前であって、俺が英雄な訳ではないんだ…」
そう言ってネレイドは、頭を掻いた。英雄と呼ばれている者は、思っていたよりも親しみやすい人物の様である。
「スキル?」
そこでシルフィードが問いかける。
「ああ。スキルとは、その者が持って生まれた特技の様な物だな。俺はそのスキルで、英雄の様な大きな力を使う事が出来るんだ」
「「おお…」」
2人は声を揃えてその答えに感動する。
「それでもそのスキルを使える人は、やっぱり“英雄”です…」
そう言ったケディッシュの言葉に、ネレイドは破顔する。
「そう言ってくれるか…ありがとうな」
と2人の頭に手を乗せた。
「僕は、シルフィード・ファイゼルです!」
急に自己紹介を始めたシルフィードに、慌ててケディッシュも声を出す。
「僕は、ケディッシュ・マクリーズです」
2人の自己紹介にネレイドは苦笑する。
「2人共、ファイゼル家の者か…お伴はいないのか?」
その問いかけに、シルフィードが下を向いた事でケディッシュが答えを返す。
「はい。2人で黙って出てきました。戻れば怒られるでしょう…」
泣きそうな顔をネレイドに向けたケディッシュに、ネレイドは1つ頷くと提案する。
「俺が家まで送って行く。多少は怒られるかも知れないが、俺からも余り怒らない様に家の人に話をしておくよ」
ネレイドはそう言って笑う。
ネレイドも子どもの頃は、よく森の中に入って怒られたものだ。
男の子は冒険が大好きなのである。
挙句の果てにネレイドは冒険者にまでなって、今では王領周辺の魔物討伐によく駆り出されているのだ。
そのネレイドの提案に2人は笑顔を浮かべると、ネレイドに付き添われて家へと送り届けられたのであった。
しかし結局ネレイドが口添えしてくれても、シルフィードが家族に大目玉をくらった事は言うまでもない。
こうしてシルフィードと〈英雄〉ネレイドは、ある春の日に出会ったのであった。




