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【書籍化決定】シドはC級冒険者『ランクアップは遠慮する』~稀少なスキルを持つ男は、目立たず静かに暮らしたい~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
【第五章-終章】シドという名の冒険者

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102. シドという名の冒険者

最終話、少々長めのお話となります。

最後まで、お付き合いください。

窓から入る暖かな陽射しに、もう春の訪れを感じる。

ウロボロスは、その巨体をエウロパの街に現す事なく、終止符が打たれたという話だ。



そのウロボロスが倒れた後、先行した冒険者達が荒れ果てた地に到着すれば、その巨体は既に姿を消しており、また大地へ還ったのではないかという結論となる。


その為、ウロボロスの姿を見た者は、数名の冒険者のみとなり、聴取の後には箝口令が敷かれ、当事者達はそれを秘して行く事となる。

だが幸いにも4人のC級冒険者達は、あの後意識を失っていた事もあり、当時の事を余り覚えてはいない様で、巨大な何かという事しか判らなかった、という事であった。


その後、アルトラス国王から、一連の魔物の大発生と大地震について、王家が大森林との契約を侵した事による警告であるとの、発表がなされた。

そして国民に、多大な犠牲と負担を掛けた事を謝罪したうえで、またこの様な事が起こらぬ様、今後一切、大森林との関りを疎かにしない事を、国民に誓ったのである。


結局ウロボロスの名は、公表すれば混乱を煽る事になると判断され、その存在は又、一部の者の胸の内に秘められる事となる。



-----



リュシアンがあの後目覚めれば、何故か自室のベッドの上におり、それは、後から現地に到着したディーコンに、ボロボロの状態で発見された為、そのまま家まで運ばれたという事だった。


リュシアンは家に運ばれてから、4日間も目覚める事なく眠り続けた為、家族には大変心配され、目が覚めた時には父親に泣き付かれてしまった程だ。


そして、あれから3か月が経っても安静にする様、家から出してはもらえなくなり、その最中、リュシアンにはシドの安否を確認する術がなく、ずっと不安のまま過ごしていた。


家の者に、一緒にいたはずの“シドという名の冒険者”を尋ねても、“そんな者は居なかった”としか返答がもらえず、リュシアンは居ても立ってもいられなかった。

その上又、自分に結婚の話があると聞いたリュシアンは、1か月前、黙って家を抜け出してシドを探しながら、今はネッサの街の宿に身を置いていたのであった。


ここは“郭公の巣(かっこうのす)”という宿で、シドと泊った場所だ。

あの時は、この先どうなるのか何も分からないまま、シドに付いて行くと決め、渋るシドに無理やりついて行ったリュシアンであったが、今もそれを一つも後悔はしていない。

シドと一緒に過ごした数カ月(とき)は、今ではリュシアンの心の支えとなっている。


リュシアンは、色が戻され伸びた髪を弄びながら、テーブルに置いてあるカップに手を伸ばした。


この部屋は以前、シドを寝かせる為に借りた部屋だ。

あの時もこの席に座って、意識なく眠るシドをただ見つめていた。

それを思い出したリュシアンは、目に涙を浮かべると独り言ちる。


「何処に行ってしまったのよ…シド…」

コンコン


その時、部屋の扉がノックされた。

リュシアンを心配したハケットが様子を見に来たのだろうと、涙を拭いリュシアンはそこから声を上げた。


「開いているわよ」



リュシアンの声に、やや間があって扉が開く。

扉に背を向けて座っているリュシアンの顔は、ハケットには見られないはずだ。

「私は大丈夫よ」

と先に、そう声を掛けた。


リュシアンがネッサに来た時に、ハケットには随分と心配されてしまった。

それからこうして度々、ハケットはリュシアンの様子を見に来てくれているのだ。


だが、リュシアンからそう話したのに、何の返事もない。

それを不審に思ったリュシアンは座ったまま、扉へ振り返ると大きな目を更に大きく見開く。



「…シ…ド…」



リュシアンの口から洩れた声に、その者は足を進めて椅子の横へ来る。


「本当に、大丈夫か?」


久しぶりに聞くシドの声に、リュシアンは身を震わせた。

その姿を見ればシドの髪は短く切られ、染めてあった髪色は、元の色なのか鬱金色になっている。

冒険者らしい服を纏ってはいたが、それは上質の仕立てだと判る物であった。


シドはリュシアンの隣で片膝をつき、目線の高さを合わせる。

「探したぞ?」


シドの変わらぬ口調に、思わずリュシアンは言い返した。

「私が貴方を探していたのよ!何処に行っていたの!」


頬を紅潮させたリュシアンが、シドの腕を掴む。


「そうか…すまなかったな」

返す口調はいつものそれで、リュシアンは奥歯を噛み締めた。


「俺は…あの後ケディッシュに見付かって、王都の家に運び込まれていたんだ」

「?…見付かって?」


「ああ。俺とケディッシュは、幼馴染なんだ。後からあの場所に来た彼に見付かって、顔で気付かれたらしい。俺も意識が無かったからな…気付けば、家のベッドの中だった」

と、シドは苦笑する。


「本当に無事で良かったわ…。あれからシドという冒険者の事を尋ねても、そんな者は居なかったとしか言われなくて。だから貴方は、もしかしてもう居ないのではないかと思って…」

そう言って、リュシアンは涙を零す。


シドはその流れた涙を、手で拭ってやると話す。

「俺の本当の名は、“シルフィード”と言うんだ。多分ケディッシュがその名を使った事で、“シド”の存在があの場所から消えたのだと思う」


「シルフィード…?」

「ああ。“シルフィード・ファイゼル”だ」


その言葉に、リュシアンの目が大きく開いた。

「貴方、追われているってもしかして、“ファイゼル侯”からだったの?」

「ああ。…つまらない話だが、聴いてくれるか?」


シドはそのままリュシアンの目を、真っすぐに見つめる。

そしてリュシアンが頷くのを待って、話を始めた。



「俺は子どもの頃、“〈英雄〉ネレイド”に助けられた、という話をしただろう?」

リュシアンはそこでコクリと頷く。


「その後、俺も冒険者になりたくて剣を習い始めたんだ。例え貴族の生まれでも長男でなければ、冒険者をしている者もいるからな」


リュシアンはその言葉に頷く。

ディーコンやジョージクも貴族であるが、冒険者として家を出て、生活をしている事は知っている。


「だから俺も長男ではないから、そのつもりでいたんだ。12歳になるまでは…」

そう話してシドは言葉を切った。

「もしかして、アルフォルト公の事で?」


「ああ。〈英雄〉ネレイドが王族と結婚させられたと噂を聞いた時、俺は自分もその貴族である事を恥じた。私利私欲に塗れた王侯貴族に名を置く事が、どうにも我慢ならなかった、と言うやつだな」

そう言ってシドは苦笑した。


「それで俺は、15になると手紙を置いて家を出た。“籍を抜いてくれ、俺は平民になるから探すな”とな」

シドはバツが悪そうに、それを話す。


「でも貴方は、“追われている”と言っていたわ?もし家出なのだとしたら、“連れ戻される”とは言わないの?」

キョトンとしたリュシアンが、シドを見る。


「ああ。本来ならば、そう言うだろうな。だが俺は、もう平民になっていると思っていたし、もし“探されている”と言えば、貴族に関連する者だと、直ぐに露呈してしまうだろう。それに連れ戻されれば、何をされるのかが分からなかったから、それで“追われている”と言ったんだ」


リュシアンは苦笑しつつ、その話を聴いていた。


「ものは言い様…だろう?」

「もう…シドはコレだから…」

と、リュシアンは呆れた声を出した。


「それで…そのご実家とは、どうなったの?」

リュシアンは、その先を心配する。


「それは、俺がベッドから出られなかった時に、アルフォルト公が見舞いに来てくれた事で、何とか…な」

シドは眉を、八の字にした。


「え?わざわざ来て下さったの?アルフォルト公が?」


「ああ。俺達が倒れていたのを見付けてくれたのは、アルフォルト公だったらしい。その時ケディッシュが俺だと気付き、永年行方知れずだった“シルフィード”が発見された、という事だった様だ」

シドは、その時の事を説明する。


「それを気に掛けてくれたアルフォルト公が、1か月後、俺を訪ねて来てくれて、色々と話をした」

そう言ってシドは、恥ずかしそうに笑う。


「あれは、俺の間違った解釈だと、そう聴いた」

リュシアンは、シドの言葉を繰り返す。

「あれ?」


「ああ。俺は〈英雄〉ネレイドが、王族に囲われる様にして公爵になったと思っていたが、それは違っていた…」

「違ったの?」


シドは、そのリュウの言葉に頷く。

「あの結婚は、〈英雄〉ネレイドからの申し出だったらしい…。冒険者として活動していたネレイドと、お忍びで慰問に街に来ていた王妹(おうまい)殿下が知り合って、互いに好意を抱くようになり、それで国王へ自分から王妹殿下を娶らせてくれと、売り込みに行ったのだと…そう教えてくれた」


「それも又…凄い話ね…」

「ああ。その話をしてくれた時のアルフォルト公は、とても“英雄”には見えない、ただの男としての話をしている様で、とても照れくさそうだった」

「はぁ…男同士の話って事ね?」

「まぁそんな処だ」

そう言ってシドは、嬉しそうに笑う。


「その話で、俺は家の者と、ちゃんと話をする事が出来た。随分と怒られたがな…。それで、ウロボロスの事は公にしない事を条件に、俺はまた冒険者として、活きて行ける事になった」


「じゃあ、実家には戻らないのね?」

「ああ。俺が冒険者を続ける事は、了承を得た。その代わり、時々連絡はよこせと言われたがな」

シドはそう言って笑う。

その笑みは心からの笑みの様で、リュシアンもホッと胸を撫で下ろした。


「そう言えば、ウロボロスは結局、誰が倒したの?」


リュシアンは意識を失っていた為、シドの最後の戦闘を見ていないのだ。その事は誰に聞いても“分からない”という話であった。

当然シドも、ウロボロスの事を尋ねられはしたが、スキルの事も誰に伝える事無く、“自分も気を失っていたから”と、言葉を濁して伝えたのであった。


シドは、別に皆に感謝されたくて、ウロボロスと対峙した訳ではない。

ましてや最後の一刀に至っては、リュシアンの事だけを想って、出した一振りである。

そんな事は恥ずかしくて、リュシアンにすら勿論、伝えられないのであった。


リュシアンの問いに、“さぁな”としらばくれる。

これで良いのだ。リュシアンが無事だったのだから…。


「それで…リュシアンは、これからどうするんだ?」

シドの問いかけに、リュシアンは渋面を作った。


「何だか又、私の結婚話が出ているみたいなのよ。だからもう一度、一緒に逃げてくれる?」


リュシアンの返事に、シドは片眉を上げた。

「…逃げるのか?」

「ええ。勿論よ」

リュシアンは決意を込めた目で、シドを見返した。


「という事は、俺は振られた…という事か?」

シドが、そうポツリと言った。

「ええ?!何でそうなるの?」

リュシアンがそれに、焦った様に返す。


「結婚相手の事は、聞いていないのか?」

「ええ。そんなの聞く前に、逃げてきたの」


困ったような笑みを、リュシアンはシドに向ける。


「そうか…今回の申し込みでブルフォード伯から、“リュシアンが承諾すれば”という条件を出されたんだが…」

そう言って、シドは俯いて黙り込んだ。


シドの話が見えていなかったリュシアンも、そこでやっと何かが繋がった様である。


「もしかして…その結婚の相手って…ファイゼル子息?」

と、そっとシドに尋ねた。

その声にシドは顔を上げて、真摯な眼差しでリュシアンを見る。



「…愛している。シルフィード・ファイゼルと、結婚して欲しい」

そこでやっと、シドはリュシアンへ想いを伝えた。



「ただし、俺はこれからもC級冒険者として、各地のダンジョンを巡る事になるだろう。それでも良ければ…だがな」


そのシドの言葉に、リュシアンの目から涙が溢れる。


「そんなの…良いに決まっているじゃないの…」

そう言ってリュシアンは、うるんだ瞳をシドへ向ける。

「貴方も知っているはずよ?私が冒険者であり続ける事は、私の願いでもあるのよ?貴方が貴方であるのなら、私は喜んでついて行くわ」


そう言ってリュシアンは、シドの首に抱き付いた。

長かった髪は短くなってはいるが、胸いっぱいに吸い込んだそれは、いつものシドの匂いだった。


「リュシアン、俺と一緒にいてくれ。そしてずっと、パーティを組んでいて欲しい」


シドの言葉に抱き付いていたリュシアンは、距離を取ってシドの顔を見る。

「ええ…勿論よ、シド(・・)


シドは、そう言ったリュシアンの左手を取って、ポケットから金色に輝く物を出すと、そっとその薬指へとはめた。

「これは、約束の印だ」


シドは、手元に落としていた視線を、ゆっくりリュシアンへと戻す。


次いで亜空間保存(アイテムボックス)を開き、そこから1本の羽根を取り出し、その掌に乗せた。


「コレは…」

「ああ。俺達のパーティの証だ」


そう言うと2人は、愛おしそうにその輝く白い羽根を見る。


「グリフォンね…私達の…」

「ああ、グリフォンだ」

そう言い合って、シドとリュウは笑い合う。


そしてシドは徐に、横の空間へと手を入れると紙袋を一つ取り出して、その空間を閉じた。

その出した物に気付いたリュシアンの顔が緩む。


「この匂いは…“スフーレ”ね?」

「ああ。ここに来る途中で、買ってきた物だ」


シドは、まだ温かいままのソレを、リュシアンのもう片方の手に乗せた。


麗らかな陽射しの降り注ぐ窓辺で、リュシアンはその両手に乗る物に目を細めて顔を上げる。



そしてシドに向かって、花が綻ぶように笑った。





【-完結-】


いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

そして誤字報告も、併せてお礼申し上げます。


本日のこの102話のお話をもちまして、完結とさせていただきます。

長い間お付合いいただき、本当にありがとうございました!


この物語へのご感想・★★★★★等いただけますと今後の活動の糧になります。

筆者の感想などは活動報告へ記載いたしますので、お時間のございます時にご覧いただけますと幸いです。


末筆に重ねて、皆々様にお礼を申し上げます。ありがとうございました!!!

2023.12.17 盛嵜 柊

(続けて番外編もありますので、よろしくお願いします)


2023.12.25 新作短編も是非、お付き合い下さい。^^

『ワンセット』

https://ncode.syosetu.com/n3108io/

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― 新着の感想 ―
面白かったです、良い物語をありがとうございました。
[一言]  ウロボロス、全く悪くないのに人間の一方的な都合で殺されてしまった。  悪いのは、契約を破った王家とそれを支持した貴族達なのに。  シドとリュシアンが幸せになるのは良かったけど、それ以外はス…
[良い点] 孤高の人かと思いきや、やや天然な主人公との旅が楽しかったです。 ストーリーに緩急があって、初めて執筆されたとは思えないしっかりした作品でした。 完結後に拝読しましたが、文章もキレイで誤字脱…
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