102. シドという名の冒険者
最終話、少々長めのお話となります。
最後まで、お付き合いください。
窓から入る暖かな陽射しに、もう春の訪れを感じる。
ウロボロスは、その巨体をエウロパの街に現す事なく、終止符が打たれたという話だ。
そのウロボロスが倒れた後、先行した冒険者達が荒れ果てた地に到着すれば、その巨体は既に姿を消しており、また大地へ還ったのではないかという結論となる。
その為、ウロボロスの姿を見た者は、数名の冒険者のみとなり、聴取の後には箝口令が敷かれ、当事者達はそれを秘して行く事となる。
だが幸いにも4人のC級冒険者達は、あの後意識を失っていた事もあり、当時の事を余り覚えてはいない様で、巨大な何かという事しか判らなかった、という事であった。
その後、アルトラス国王から、一連の魔物の大発生と大地震について、王家が大森林との契約を侵した事による警告であるとの、発表がなされた。
そして国民に、多大な犠牲と負担を掛けた事を謝罪したうえで、またこの様な事が起こらぬ様、今後一切、大森林との関りを疎かにしない事を、国民に誓ったのである。
結局ウロボロスの名は、公表すれば混乱を煽る事になると判断され、その存在は又、一部の者の胸の内に秘められる事となる。
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リュシアンがあの後目覚めれば、何故か自室のベッドの上におり、それは、後から現地に到着したディーコンに、ボロボロの状態で発見された為、そのまま家まで運ばれたという事だった。
リュシアンは家に運ばれてから、4日間も目覚める事なく眠り続けた為、家族には大変心配され、目が覚めた時には父親に泣き付かれてしまった程だ。
そして、あれから3か月が経っても安静にする様、家から出してはもらえなくなり、その最中、リュシアンにはシドの安否を確認する術がなく、ずっと不安のまま過ごしていた。
家の者に、一緒にいたはずの“シドという名の冒険者”を尋ねても、“そんな者は居なかった”としか返答がもらえず、リュシアンは居ても立ってもいられなかった。
その上又、自分に結婚の話があると聞いたリュシアンは、1か月前、黙って家を抜け出してシドを探しながら、今はネッサの街の宿に身を置いていたのであった。
ここは“郭公の巣”という宿で、シドと泊った場所だ。
あの時は、この先どうなるのか何も分からないまま、シドに付いて行くと決め、渋るシドに無理やりついて行ったリュシアンであったが、今もそれを一つも後悔はしていない。
シドと一緒に過ごした数カ月は、今ではリュシアンの心の支えとなっている。
リュシアンは、色が戻され伸びた髪を弄びながら、テーブルに置いてあるカップに手を伸ばした。
この部屋は以前、シドを寝かせる為に借りた部屋だ。
あの時もこの席に座って、意識なく眠るシドをただ見つめていた。
それを思い出したリュシアンは、目に涙を浮かべると独り言ちる。
「何処に行ってしまったのよ…シド…」
コンコン
その時、部屋の扉がノックされた。
リュシアンを心配したハケットが様子を見に来たのだろうと、涙を拭いリュシアンはそこから声を上げた。
「開いているわよ」
リュシアンの声に、やや間があって扉が開く。
扉に背を向けて座っているリュシアンの顔は、ハケットには見られないはずだ。
「私は大丈夫よ」
と先に、そう声を掛けた。
リュシアンがネッサに来た時に、ハケットには随分と心配されてしまった。
それからこうして度々、ハケットはリュシアンの様子を見に来てくれているのだ。
だが、リュシアンからそう話したのに、何の返事もない。
それを不審に思ったリュシアンは座ったまま、扉へ振り返ると大きな目を更に大きく見開く。
「…シ…ド…」
リュシアンの口から洩れた声に、その者は足を進めて椅子の横へ来る。
「本当に、大丈夫か?」
久しぶりに聞くシドの声に、リュシアンは身を震わせた。
その姿を見ればシドの髪は短く切られ、染めてあった髪色は、元の色なのか鬱金色になっている。
冒険者らしい服を纏ってはいたが、それは上質の仕立てだと判る物であった。
シドはリュシアンの隣で片膝をつき、目線の高さを合わせる。
「探したぞ?」
シドの変わらぬ口調に、思わずリュシアンは言い返した。
「私が貴方を探していたのよ!何処に行っていたの!」
頬を紅潮させたリュシアンが、シドの腕を掴む。
「そうか…すまなかったな」
返す口調はいつものそれで、リュシアンは奥歯を噛み締めた。
「俺は…あの後ケディッシュに見付かって、王都の家に運び込まれていたんだ」
「?…見付かって?」
「ああ。俺とケディッシュは、幼馴染なんだ。後からあの場所に来た彼に見付かって、顔で気付かれたらしい。俺も意識が無かったからな…気付けば、家のベッドの中だった」
と、シドは苦笑する。
「本当に無事で良かったわ…。あれからシドという冒険者の事を尋ねても、そんな者は居なかったとしか言われなくて。だから貴方は、もしかしてもう居ないのではないかと思って…」
そう言って、リュシアンは涙を零す。
シドはその流れた涙を、手で拭ってやると話す。
「俺の本当の名は、“シルフィード”と言うんだ。多分ケディッシュがその名を使った事で、“シド”の存在があの場所から消えたのだと思う」
「シルフィード…?」
「ああ。“シルフィード・ファイゼル”だ」
その言葉に、リュシアンの目が大きく開いた。
「貴方、追われているってもしかして、“ファイゼル侯”からだったの?」
「ああ。…つまらない話だが、聴いてくれるか?」
シドはそのままリュシアンの目を、真っすぐに見つめる。
そしてリュシアンが頷くのを待って、話を始めた。
「俺は子どもの頃、“〈英雄〉ネレイド”に助けられた、という話をしただろう?」
リュシアンはそこでコクリと頷く。
「その後、俺も冒険者になりたくて剣を習い始めたんだ。例え貴族の生まれでも長男でなければ、冒険者をしている者もいるからな」
リュシアンはその言葉に頷く。
ディーコンやジョージクも貴族であるが、冒険者として家を出て、生活をしている事は知っている。
「だから俺も長男ではないから、そのつもりでいたんだ。12歳になるまでは…」
そう話してシドは言葉を切った。
「もしかして、アルフォルト公の事で?」
「ああ。〈英雄〉ネレイドが王族と結婚させられたと噂を聞いた時、俺は自分もその貴族である事を恥じた。私利私欲に塗れた王侯貴族に名を置く事が、どうにも我慢ならなかった、と言うやつだな」
そう言ってシドは苦笑した。
「それで俺は、15になると手紙を置いて家を出た。“籍を抜いてくれ、俺は平民になるから探すな”とな」
シドはバツが悪そうに、それを話す。
「でも貴方は、“追われている”と言っていたわ?もし家出なのだとしたら、“連れ戻される”とは言わないの?」
キョトンとしたリュシアンが、シドを見る。
「ああ。本来ならば、そう言うだろうな。だが俺は、もう平民になっていると思っていたし、もし“探されている”と言えば、貴族に関連する者だと、直ぐに露呈してしまうだろう。それに連れ戻されれば、何をされるのかが分からなかったから、それで“追われている”と言ったんだ」
リュシアンは苦笑しつつ、その話を聴いていた。
「ものは言い様…だろう?」
「もう…シドはコレだから…」
と、リュシアンは呆れた声を出した。
「それで…そのご実家とは、どうなったの?」
リュシアンは、その先を心配する。
「それは、俺がベッドから出られなかった時に、アルフォルト公が見舞いに来てくれた事で、何とか…な」
シドは眉を、八の字にした。
「え?わざわざ来て下さったの?アルフォルト公が?」
「ああ。俺達が倒れていたのを見付けてくれたのは、アルフォルト公だったらしい。その時ケディッシュが俺だと気付き、永年行方知れずだった“シルフィード”が発見された、という事だった様だ」
シドは、その時の事を説明する。
「それを気に掛けてくれたアルフォルト公が、1か月後、俺を訪ねて来てくれて、色々と話をした」
そう言ってシドは、恥ずかしそうに笑う。
「あれは、俺の間違った解釈だと、そう聴いた」
リュシアンは、シドの言葉を繰り返す。
「あれ?」
「ああ。俺は〈英雄〉ネレイドが、王族に囲われる様にして公爵になったと思っていたが、それは違っていた…」
「違ったの?」
シドは、そのリュウの言葉に頷く。
「あの結婚は、〈英雄〉ネレイドからの申し出だったらしい…。冒険者として活動していたネレイドと、お忍びで慰問に街に来ていた王妹殿下が知り合って、互いに好意を抱くようになり、それで国王へ自分から王妹殿下を娶らせてくれと、売り込みに行ったのだと…そう教えてくれた」
「それも又…凄い話ね…」
「ああ。その話をしてくれた時のアルフォルト公は、とても“英雄”には見えない、ただの男としての話をしている様で、とても照れくさそうだった」
「はぁ…男同士の話って事ね?」
「まぁそんな処だ」
そう言ってシドは、嬉しそうに笑う。
「その話で、俺は家の者と、ちゃんと話をする事が出来た。随分と怒られたがな…。それで、ウロボロスの事は公にしない事を条件に、俺はまた冒険者として、活きて行ける事になった」
「じゃあ、実家には戻らないのね?」
「ああ。俺が冒険者を続ける事は、了承を得た。その代わり、時々連絡はよこせと言われたがな」
シドはそう言って笑う。
その笑みは心からの笑みの様で、リュシアンもホッと胸を撫で下ろした。
「そう言えば、ウロボロスは結局、誰が倒したの?」
リュシアンは意識を失っていた為、シドの最後の戦闘を見ていないのだ。その事は誰に聞いても“分からない”という話であった。
当然シドも、ウロボロスの事を尋ねられはしたが、スキルの事も誰に伝える事無く、“自分も気を失っていたから”と、言葉を濁して伝えたのであった。
シドは、別に皆に感謝されたくて、ウロボロスと対峙した訳ではない。
ましてや最後の一刀に至っては、リュシアンの事だけを想って、出した一振りである。
そんな事は恥ずかしくて、リュシアンにすら勿論、伝えられないのであった。
リュシアンの問いに、“さぁな”としらばくれる。
これで良いのだ。リュシアンが無事だったのだから…。
「それで…リュシアンは、これからどうするんだ?」
シドの問いかけに、リュシアンは渋面を作った。
「何だか又、私の結婚話が出ているみたいなのよ。だからもう一度、一緒に逃げてくれる?」
リュシアンの返事に、シドは片眉を上げた。
「…逃げるのか?」
「ええ。勿論よ」
リュシアンは決意を込めた目で、シドを見返した。
「という事は、俺は振られた…という事か?」
シドが、そうポツリと言った。
「ええ?!何でそうなるの?」
リュシアンがそれに、焦った様に返す。
「結婚相手の事は、聞いていないのか?」
「ええ。そんなの聞く前に、逃げてきたの」
困ったような笑みを、リュシアンはシドに向ける。
「そうか…今回の申し込みでブルフォード伯から、“リュシアンが承諾すれば”という条件を出されたんだが…」
そう言って、シドは俯いて黙り込んだ。
シドの話が見えていなかったリュシアンも、そこでやっと何かが繋がった様である。
「もしかして…その結婚の相手って…ファイゼル子息?」
と、そっとシドに尋ねた。
その声にシドは顔を上げて、真摯な眼差しでリュシアンを見る。
「…愛している。シルフィード・ファイゼルと、結婚して欲しい」
そこでやっと、シドはリュシアンへ想いを伝えた。
「ただし、俺はこれからもC級冒険者として、各地のダンジョンを巡る事になるだろう。それでも良ければ…だがな」
そのシドの言葉に、リュシアンの目から涙が溢れる。
「そんなの…良いに決まっているじゃないの…」
そう言ってリュシアンは、うるんだ瞳をシドへ向ける。
「貴方も知っているはずよ?私が冒険者であり続ける事は、私の願いでもあるのよ?貴方が貴方であるのなら、私は喜んでついて行くわ」
そう言ってリュシアンは、シドの首に抱き付いた。
長かった髪は短くなってはいるが、胸いっぱいに吸い込んだそれは、いつものシドの匂いだった。
「リュシアン、俺と一緒にいてくれ。そしてずっと、パーティを組んでいて欲しい」
シドの言葉に抱き付いていたリュシアンは、距離を取ってシドの顔を見る。
「ええ…勿論よ、シド」
シドは、そう言ったリュシアンの左手を取って、ポケットから金色に輝く物を出すと、そっとその薬指へとはめた。
「これは、約束の印だ」
シドは、手元に落としていた視線を、ゆっくりリュシアンへと戻す。
次いで亜空間保存を開き、そこから1本の羽根を取り出し、その掌に乗せた。
「コレは…」
「ああ。俺達のパーティの証だ」
そう言うと2人は、愛おしそうにその輝く白い羽根を見る。
「グリフォンね…私達の…」
「ああ、グリフォンだ」
そう言い合って、シドとリュウは笑い合う。
そしてシドは徐に、横の空間へと手を入れると紙袋を一つ取り出して、その空間を閉じた。
その出した物に気付いたリュシアンの顔が緩む。
「この匂いは…“スフーレ”ね?」
「ああ。ここに来る途中で、買ってきた物だ」
シドは、まだ温かいままのソレを、リュシアンのもう片方の手に乗せた。
麗らかな陽射しの降り注ぐ窓辺で、リュシアンはその両手に乗る物に目を細めて顔を上げる。
そしてシドに向かって、花が綻ぶように笑った。
【-完結-】
いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
そして誤字報告も、併せてお礼申し上げます。
本日のこの102話のお話をもちまして、完結とさせていただきます。
長い間お付合いいただき、本当にありがとうございました!
この物語へのご感想・★★★★★等いただけますと今後の活動の糧になります。
筆者の感想などは活動報告へ記載いたしますので、お時間のございます時にご覧いただけますと幸いです。
末筆に重ねて、皆々様にお礼を申し上げます。ありがとうございました!!!
2023.12.17 盛嵜 柊
(続けて番外編もありますので、よろしくお願いします)
2023.12.25 新作短編も是非、お付き合い下さい。^^
『ワンセット』
https://ncode.syosetu.com/n3108io/




