101. 魂の声
シドは転移と魔法を使い、ウロボロスに向かって行く。
先程、剣の1本が使えなくなったこともあり、今は<ボズ>の剣を手にしている。
またオーツに言われてしまうな、とシドは汗の流れる戦闘中に、オーツの事を思い出していたのだった。
そこへウロボロスから爆風圧が放たれ、それもシドは一瞬にして転移で回避し離れて風を浴びる。
このウロボロスが放つ魔法は、属性関係なく飛んでくる。ある時は岩の塊が飛び、ある時は炎が飛ぶ。シドは転移で避けてはいるが、こちらからの攻撃は、中々ダメージを与えられない。
そしてウロボロスからの言葉はあれ以来なく、ただ互いに黙々と戦闘を続けていたのだった。
リュウは先程の場所から動いておらず、じっとそれらを見守っている様だ。
シドとしては避難してもらいたいのだが、シドがリュウへ近付けばそこが攻撃される為、近付く事は出来ないのである。
シドは鞄から魔力ポーションを出して飲むと、その瓶を後ろへ投げ捨てる。
“パリンッ”
瓶の割れる音と共に、シドは危機感を募らせる。
魔力ポーションの残りは、後1本。
この、傷も付けられぬ魔物に、魔力が尽きればどうなるのか、想像しなくても先は見えているのである。
シドの額から汗がつたい落ちる。
ここで集中を入れて勝負を掛けるか、しかし何が致命傷を与えられるのかが分らずに、それをする事も躊躇われる。
シドは再度、転移でウロボロスの横に出ると、その腹に向かって剣を突き出す。
―― ギンッ! ――
再び硬い音がしたとき、横からウロボロスの太い腕が振り払われ、シドはそれを躱す間もなく、シドの突き出した剣に当たった。
―― ブワゥン ガキンッ! ――
シドは剣を握りしめたまま、剣に受けた衝撃で横へ弾け飛ぶと、シドの体は80m先の残っていた木に当たり止まったのだった。
「シド!!」
遠くでリュウの声がする。
(ダメだ…声を出すな)
そう思って立ち上がったシドの目に、リュウへ視線を向けたウロボロスが見えた。
シドは、受けた衝撃で何処かを痛めていたのか、立ち上がりバランスを崩すも、ウロボロスの顔の前に転移して、その視界を塞ぐ。
「風の刃」
シドから魔法が放たれて、ウロボロスの顔に当たる。
そしてその魔法は、鱗の1枚を落として、傷を付けたのだった。
『グルルルルル……』
ウロボロスの喉が鳴り、シドへと視線を戻す。降下するシドと視線を合わせると、それは大きく口を開けた。
(拙い!)
この先にはリュウがいるのだ。
咄嗟にシドは転移してリュウの隣に出ると、集中を入れてリュウを抱きしめ、反射を入れた。
すぐに大きな口から放たれた炎が、シド達の下へ届く。
―― ゴウゥーッ ――
シドの反射に当たった炎が、跳ね返りウロボロスへ還る。
『グワッ』
そして、ウロボロスから短い悲鳴が上がるも、それは単に怯んだ為であったと知る。
シドは空になった魔力を補う為、最後のポーションを出して飲む。だがその間に背を向けていたシドへ、岩が飛んで来たのである。
それに先に気付いたリュウが反応し、最大値に出力を上げた水壁を開く。ただその岩は1つではなく、連続して次々に迫りくるのであった。
水壁を出し続けるリュウは、奥歯を噛み締めてその衝撃に耐える。
「リュウ、すまない。大丈夫か?」
「う…何とか…」
リュウは魔法を展開しているだけで、みるみる魔力が減って行くのがわかる。
薄い膜を張る程度であれば然程魔力は食わないが、大きな衝撃を受け止める為に、今回は分厚い水壁である事で、少しずつ魔力が奪われていく事を感じ取れるのだ。
「リュウ、移動するぞ」
この場に留まる訳には行かないと、シドはリュウと共に転移する。
そして、ウロボロスから十分に距離を取ったはずであったが、ウロボロスの振り向いたと思った瞬間、こちらへ高速で移動してきたのである。
大きな体の為か、一歩の距離が長い。
ウロボロスは、あっという間にシド達の傍まで来ると、大きな腕を振り上げて落とした。
―― ドコーンッ!! ――
シドはその時またリュウを抱えたまま転移で距離を取ると、その眼差しに力を込めた。そのシドの眼には覚悟が宿る。
「リュウ、離れて援護を頼む」
シドはそう、リュウの目を覗き込んで告げる。
「わかってるよ」
そう言ってリュウが微笑みを返すと、シドは一気にウロボロスの前へと転移し、その顔面に出力を上げた魔法を放つ。
「爆風圧!」
その風を真面に受けたウロボロスの顔は、風圧によって毛の様なものが流れ、その角と角の間にある眉間に、大きな石が埋まっているのが見えた。
シドが小刻みに転移をしながら後退している間に、リュウからウロボロスへ、水爆撃が放たれる。
―― ドドーンッ!! ――
それが当たったウロボロスは、一気にリュウへと移動を開始するも、シドはそれを感知して転移でリュウの前に出るが、同時にウロボロスの腕が2人に当たった。
―― バキッ! ――
だが、もろに受けたのはシドであった為、シドは100m先の疎らな木々の間へと、飛ばされてしまったのであった。
そして手前に落ちたリュウの下へウロボロスが近付き、起き上がろうとしていたリュウへ振り下ろした腕の鉤爪が届く……届いてしまった。
「キャー!!」
リュウは悲鳴を上げて、シドから離れた場所へ飛ばされる。
一度地に着いたリュウの体は、何度か弾む様にして転がり、そして停止する。
シドは、リュウの声に痛む体を起こし、転移を使って木々の中から出れば、その先に倒れたリュウを見付けて言葉を失う。
そのリュウの体には爪痕が残され、破れた服の間から赤い色が見える。そして…いくら待ってもピクリとも動かないのだ。
まさか…そんな…まさか…
その姿がシドを絶望に引きずり込もうとする。
シドは、自分が発した言葉を後悔した。
自分が援護を頼んだばかりに、リュウはウロボロスの標的になってしまったのだ。
シドは強く目を瞑ると、下を向き全身の力を抜いた。
リュシアンの怒った顔、拗ねた顔、新緑色の長髪を靡かせ、シドへ向けられた笑顔…。その浮かび上がる顔に、シドは拳を握りしめ全身に力を込めて吠える。
「う”あ”ぁぁぁーーーー!!!」
魔物の咆哮にも聞こえるシドの心からの叫びは、森の中に響く。
シドは無意識にスキルを全開にすると、全身全霊を込めてウロボロスを睨め付けた。
いつの間にかシドは陽炎の様な金色の輝きに包まれ、その眼の色は紅く染まっていった。
“≪迷宮はおぬしと共に或る。おぬしの声は、迷宮に如何なる時も届くだろう≫”
シドの心からの叫びは精神感応を通し、それを聴く全てのものに届いた。大地から立ち昇る金色の光は、まるで地の中にある者達からのギフトの様に、シドの残り少ない魔力迄も満たす事となったのだった。
―この命を引き換えにしても構わない。
最愛のリュシアンを失う位ならば、この身全てを捧げると誓う。―
紅く染まったシドの眼は、ただウロボロスだけに向けられ、そしてシドは一気に転移する。
ウロボロスはその姿のシドに戸惑いつつも、それを受けるべく動き出す。
だが、シドが転移した先はウロボロスの額の上で、ウロボロスは出遅れる事となる。そこでシドは浮遊で一度留まると、剣を下へ向け垂直にその額の中央にある石へと狙いを定めた。
“キーーンッ”
シドの剣が呼応するように鳴いた時、シドの体が発光した。
「う”お”ぉぉぉぉぉーーーー!!!」
シドは咆哮と共に<ボズ>の剣に全てを懸け、その額の石へと突き刺す。
― ガキーーンッ!! ―
―― パリパリパリ…パリンッ!! ――
『グウアァーーァァ!!!』
大気が揺れる程の声を上げたウロボロスは、その声が止むと一瞬にして行動を停止する。
そしてグラリと体を傾けるとゆっくりとその身を倒して行き、その額にいたシドは纏っていた金色の輝きが消えて、ウロボロスと共に地に投げ出された。
―― ドッドドーーンッッ!!! ――
ウロボロスが倒れた場所より50m先に投げ出されたシドは、薄っすらと目を開け、その姿を確認した。
そして視線を転じリュシアンの姿を探し出すと、まだ同じ場所に横たわったままの、その姿を確認する事となる。
シドは体中の痛みに耐え、ゆっくりと体を起こす。
そして足を引きずりながら、リュシアンの下へと向かって歩き出していった。
シドはリュシアンの傍で跪く。
その顔に手を伸ばし顔に掛かる髪を退ければ、瞼は閉じられ眠っている様にさえ見える。だが、体は傷だらけとなり、あちらこちから血を流していた。
シドは走査を入れて、リュシアンを診る。
体中に傷があり、内臓も一部損傷しているが、まだ辛うじて心臓は動いていた。
だが、ホッとする訳にはいかない。
シドは先程の戦闘で、魔力の殆どを放出してしまっていた為、現状は空に近い。
まだ、リュシアンが何本か魔力ポーションを持っていはずだとリュシアンの鞄を見れば、中身が投げ出されており、ポーション類は全て割れてしまっていたのであった。
シドは躊躇うことなく集中を入れる。
シドの魔力は殆ど無くなってしまってはいるが、集中を掛ければ、まだ一度位なら使えるかも知れない。
「全回復」
シドはリュシアンに手を添えて、残り全ての魔力を注ぎ回復魔法を掛ける。
すると、リュシアンの全身が淡い光に包まれ、それは染み込む様にして消えて行った。
クラリとシドの体が傾きそうになり、慌てて残る力を入れ直す。そしてもう一度走査を掛けてリュシアンを診れば、もう大丈夫だろうとシドは微笑みを浮かべた。
再度クラリと揺れる景色に、今度はあがらう事も出来ず、シドはリュシアンの隣にドサリと倒れる。
倒れたまま手を伸ばしリュシアンの頬に触れると、そのまま安心した様に、シドはゆっくりとその瞼を閉じたのであった。
最終話の明日は、朝の8時過ぎに更新を予定しております。
最後までお付合い頂けますと、幸いと存じます。
2025.1.7
一部、加筆と修正をいたしましたが、内容に大きな変更はございません。




