10. エポの街
3時間程歩いたところで、キリルの1つ手前の街“エポ”へ到着した。
エポの街と、そこから北側のキリルを含めた場所は、コンサルヴァの領地“スワース領”とは異なり、“ノックス領”となっている。
強盗が出た場所は領地の境にあたり、どちらの領地に突き出しても問題はないだろう、と話し合っていた。
一行がエポの街の門前に到着すると、縄で引き連れた男達が目立ったのか、門番たちが出てきた。
「何か問題でもありましたか?」
そう声を掛けられた為、マッコリーが代表で話す。
「私はコンサルヴァからキリルへ向かう為に馬車で移動しております、ツエリイ商会のツエリイと申します。実はノックス領との境で、この強盗達に襲われまして…護衛の冒険者達に対処してもらい、捕まえて参りました。騎士団にお引渡ししたく、こちらでお引受け頂けますでしょうか」
そう話すと、後ろの門番たちが俄かに騒がしくなった。
「詰所から人を呼んでこい!」
「おいっ!誰か団長に報告しろ!」
奥でざわついているが、対応してくれている門番は続ける。
「ではツエリイさん、先に身分証のご提示をお願いできますか?」
「畏まりました」
こちらでは平常運転の確認作業を始めた。
その後方で竜の翼とシドは、強盗達を監視している。捕らえられた者達は一様に大人しい。多少出血があったので、そのせいかも知れないがルナレフのせいかも知れない。
エポの門中から20人程の団員が出てきた。強盗達を引きずる様に連れて行ってから、やっとシド達は気を緩める。そこへ先程マッコリーと話をしていた門番が、冒険者たちの方へ近づいて来た。
「君達が捕まえてくれたんだって?助かったよ、礼を言う。それで少し話を聞きたいんだが、構わないか? あぁツエリイさんには話があると言って、先に行ってもらってるから」
シド達は互いに顔を見合わせて頷き、代表でペリンが返答する。
「はい、承知しました。雇い主と一緒であれば、私達は問題ありません」
「では、こちらへ来てくれ」
ここまで門に入る前でやり取りをしていた為、これから街の中へ向かい案内される様である。
ああ、と、そこで思い出して、シドは門番へ話しかける。
「この馬は強盗の所有だったものだ、引き取って欲しいのだが」
案内していた門番は「わかった」と言って、手綱を受け取ってくれた。
門から少し歩いた所に、騎士団の詰所があった。
「こっちだ」
そう言って中へ招かれる。
応接室へ導かれると、そこには既にマッコリーとデュラン、ロニがソファーに座っていた。
「みんな座ってくれ。着いた早々悪いな。一応状況の把握をさせてくれ」
そう言って名乗った男は、ノックス領主が管理している、エポ配属騎士団の団長“マルムス”と言った。
野営地からの事を一通り話し終わると、マルムス団長は「そうか…」と言って黙り込む。
「最近、この周辺で商人や旅行者が襲われていてな。野営したその場所も、先日被害が報告されていた。騎士団でも境界付近まで見回りはしていたんだが、埒があかなくてな。
少し前に冒険者ギルドへ討伐依頼をだしていたんだ。だからギルドへ報告しておくから、君達は報酬を受け取ってくれ」
マルムス団長はそうペリン達に伝える。
ペリンは一応の確認の為にマッコリーを見たが、頷いてくれたので了承した。
話も終わり騎士団の詰所から出てきた一行は、道の端に止めてあった馬車の下へ集まる。
「予定が変わってしまいましたが、時間は問題ありません。ここから3時間程度行った所にキリルがあります。元々エポで昼食を摂る予定にしていましたから、食事をしてから皆さんは冒険者ギルドへ行ってもらって構いません。その後に出発しても、暗くなる頃には到着すると思いますので」
朝一番に出発して、今は昼過ぎ頃。強盗が出て、1~2時間程ほど予定は狂うが、概ねは大丈夫らしかった。
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こうしてエポの街の食堂へ入った。
皆で一つのテーブルへ着くと、デュランが委縮している事に気付く。
「デュラン、この街の事は勉強できたか?」
隣に座ったシドが小さく声を掛けると、目を瞬かせたデュランがシドを見た。
「キリルのまちは少ししらべたけど、エポはしらべてないよ。なにかあるの?」
「エポは、兎料理が名物なんだぞ?」
シドはデュランを見ながらニヤリと笑う。
「うさぎはおいしいの?」
コンサルヴァは海に面した街の為、家庭では魚介料理が中心で兎は余り出てこない。デュランはまだ兎を食べた事が無いようだった。
「ああ旨いな。焼いたもの、煮たもの、揚げたもの。丸焼きもあるぞ?」
デュランの表情が柔らかくなってきた。上手く気がそれた様だ。
そこへ、ルナレフが
「デュラン君、お肉好きだよね?」
「うん、だいすき!」
「じゃあ、いっぱい注文しよう!」
「うん!!」
そう言って注意を逸らし、食事が出てくる頃にはデュランの怯えた気配は消えていた。
兎の素揚げに甘酸っぱいソースをたっぷりと掛けたもの。肉をトロトロになるまで煮込んだホワイトソースのスープには、ミルクも入っているらしく円やかで深い味わいだ。ソテーしたモモ肉はハーブが効かせてあり、身もプリプリしていて旨い。他にも皆が思い思いの料理をたらふく食べた。
「「「「 ごちそうさまでした!! 」」」」
お腹も満たされ皆に笑顔が戻る。食欲を満たすと気持ちも落ち着くものである。
店を出て、マッコリー達は商業ギルドへ顔を出すから、と言って別れる。護衛として、ルナレフとテレンスが同行する様だ。冒険者ギルドの手続きには、リーダーのペリンが居れば大丈夫らしい。
別れたペリン達は冒険者ギルドへ、シドの先導で進む。シドは以前、立寄った事のある街なので、ギルドの場所は知っていたからだ。
「シドは、この街にも居た事があるのか?」
シドの道案内に、ペリンが問いかける。
「いや、たまたま1日だけ寄った事があるだけだ。移動の途中でな」
「街々を移動しながら依頼を受けているんだったか?もう国中、全て廻ったのか?」
「まだだな。王都を含めて北東側へは殆ど行っていない」
そう言って、空に留まる視線を向けているシドの横顔を、ペリンは不思議そうに見ていた。
食堂から10分ほど歩いたところに、エポの冒険者ギルドはある。こちらも使い込まれた扉になっていて、それを抜けて中へ入り、ペリンを先頭にして受付へ向かう。
昼過ぎの受付は、混雑していなかった。
「御用向きは何でしょうか?」
そう受付に居た男性に声を掛けられ、ペリンが答える。
「先程、騎士団のマルムス団長に、強盗討伐の件でこちらへ来るように言われました。私は“竜の翼”のリーダーでペリンと言います」
「ああ、あなた方ですか。お話は伺っておりますので、奥の部屋へご案内します」
そういった受付の男性と一緒に、ギルドの奥にある扉から、更に奥へと入っていく。1つの部屋の前で止まると扉を開けた。
「中に入ってお待ちください。ギルドマスターを呼んで参ります」
そう告げると、皆を残して去っていった。
取り敢えず、部屋へ入ったシド達は、入口近くに立って待つ事にした。
部屋に入ってからの指示を、されていなかったからである。
直ぐにガタイの良い長身の男性が入室して来た。シドよりも10cm程デカイ。
「あーわりいな。座らせもしなかったか…気が利かない奴でな、申し訳ない。こっちに座ってくれ」
そう言ってカツカツと靴音を響かせ、ソファーへ座った。皆もそれに倣い、やっと腰を下ろした。
「俺はエポのギルドマスターをしている“ダリル”だ。先程こっちに、マルムス団長から連絡があった。奴らを捕まえたそうだな」
それにペリンが頷く。
「俺は、コンサルヴァでC級冒険者パーティを組んでいる“竜の翼”のリーダーでペリンです。今日はエポの街に来る途中で強盗に遭遇し、運良く、捕まえる事が出来たので、こちらの騎士団へ引き渡しました」
そうペリンが話すと
「はっはっはっ」
ダリルは豪快に哄笑する。
「“運良く”とか謙遜するな。コンサルヴァの“竜の翼”は、こっちでも噂を聞いてるぞ?『堅実で腕の立つ冒険者達だ』ってなぁ」
ニヤリと口角を上げ、ペリンを見た。ペリンとミードが顔を見合わせ、はにかんだ。
シドも横で頷くと、ダリルがシドへ話しかける。
「で、お前は“竜の翼”では無いのだろう?」
「俺はソロでC級のシドだ。今回は臨時で“竜の翼”メンバーに加わっている」
「なるほどな…。お前の話も聞いているぞ?街々のギルドで、昇級試験を断り続けている“シド”という奴がいる、と」
それを聞いたシドは、途端に渋い顔をする。
「やめてくれ……」
「くっくっくっ」
今度は豪快に、肩で笑った。
「まぁ、前置きはこれ位にして…今日捕まえた奴らには、騎士団から討伐依頼が出ていた訳で、その報酬が出る。ただ、それ以外にも奴らには余罪がありそうでな。もしかすると調査次第では、上乗せが出る可能性がある。だが、調査が終わるまでは報酬は出せないからな、少し時間が掛かりそうなんだ。いいか?」
経緯を話すダリル。
「はい。時間は問題ありませんが、受取りの際はどうしたら良いのでしょうか」
「ああ。それについては今日、ギルドカードを見せてもらえれば、その後の手続きはこちらでするし、入金もそこからギルド経由でさせてもらう。こっちにまた来る必要もないぞ」
そう伝えられ、ペリン、ミード、シドの3人は頷いた。
「ありがとうございます。助かります」
「ではその手筈でな。カードを出してくれ。あぁ竜の翼はペリンが代表でいいぞ。4人分をペリンの口座へ入金するから、そこから後でメンバーと分配してくれ。だからペリンとシドだな」
そうダリルに言われた2人はカードを提出する。
そこで、カードを渡しつつシドは言う。
「ギルマス、今回の件は俺の名前は伏せてくれ」
シドを見て目を見開く。
「ああ?……ったく…解ったよ。書類上は載せるが、表には出さない様にする」
「よろしく頼む」
苦笑しつつもそこからダリルは手際よく、手続きを済ませてくれた。
「んじゃーそう言う事だから。おつかれさん」
ダリルの終了の合図に、皆で席を立つ。
だが退室しようとした扉の前で、背後から声を掛けられる。
「あ~そうだ。今回の件で“竜の翼”、既にB級のペリン以外のメンバーには、昇級試験の案内が出ると思うぞ?」
その言に皆が振り返ると、ダリルはニヤリと笑い
「じゃあな。ごくろうさん」
とそう言った。
2023.9.30-誤字の修正をしました。




