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第4話 蜃気楼の城【2】

 翌日。再び家の前で研究道具を広げ、ウォーロックとヒャーリスは実験に取り掛かっていた。昨日のような議論を交わすこともなく、スクワイアも余計なことは言うまいと黙って池のそばで剣の手入れをする。

「ヒャーリス」ウォーロックが言う。「学校はいいのか?」

「今日は午後から出ればいい日だから。サボりじゃないわよ」

「そうか」

 ウォーロックは横にした瓶の中の気体に、スポイトで別の気体を注入し、ヒャーリスがその様子を記録用紙に書き込んでいく。しかし、瓶の中の気体に変化はない。

 ひとつ息をついて、ううん、とウォーロックは低く唸った。

「これもダメか……」

「なかなか上手くいかないものね」

「ウォーロック、ヒャーリス」

 明るい声に振り向くと、肩にかけた麻のかばんを押さえながらアモルが駆け寄って来る。アモルは池のそばに腰を下ろすスクワイアに、こんにちは、と声をかけたあと、ウォーロックとヒャーリスのそばに腰を下ろした。あのね、と話し始める彼女は、遠慮がちに微笑んで言う。

「お母さんの研究ノートの中に、実験の記録を見つけたわ」

 そう言って、アモルは麻のかばんから二冊のノートを取り出し、一冊ずつふたりに差し出した。ノートを開いたウォーロックは、へえ、と感心したように言う。

「よく残ってたな。懐かしい」

「そうね。アーラも熱心に研究してくれてたわね」

「お母さんと研究していた頃は」と、アモル。「結局、成功しなかったってことよね?」

「そうだな」ウォーロックは頷く。「だが、アーラが独自に研究した内容も書いてあるな。試してみたら、もしかしたら成功するものもあるかもしれない」

 ありがたく使わせてもらうよ、と自信を湛えた笑みで言うウォーロックに、アモルは嬉しそうに頬を染めて頷いた。



   *  *  *



 軽めの昼食を取ったあと、ヒャーリスは学校に行くため彼らをあとにする。彼女と入れ替わりに、クルトが楽しげに駆け寄って来た。

「こんにちは、ウォーロック、アモル!」

「クルト。こんにちは」

「よう」

「スクワイア、今日もよろしくね!」

 池のそばで剣の素振りをしていたスクワイアに駆け寄り、クルトは笑みを浮かべる。

「なあに? 新しい遊び?」

 不思議そうにクルトを振り向いて、アモルが問いかけた。違うよ、とクルトは頬を膨らませる。

「僕はスクワイアに剣の稽古を受けに来たんだよ!」

「剣の稽古?」

「そう! 僕、将来は騎士になりたいから、いまからいっぱい練習するんだ!」

「へえ、すごい。あら、でも家の酪農は継がないの?」

「絶対やだ」

 クルトが思い切り顔をしかめて言うので、そう、とアモルは苦笑いを浮かべた。


 スクワイアとクルトが剣の稽古を始めて少し経った頃、やあ、とクルトが明るい声を上げた。

「アミークス! どうしたの?」

 クルトが笑みを浮かべて迎えたのは、アミークスだった。いつもの馬を三頭、連れてどこかとぼとぼと歩いている。

「ああ。あー……ウォーロックに用があって」

 顔をしかめて言うアミークスに、ウォーロックは実験から顔を上げる。

「なんだ?」

「あー……その、あんたに、頼みたいことがあるんだ」

 腕を組んでそっぽを向き、アミークスはもごもごと言いづらそうに口の中で言う。立ち上がったウォーロックは、驚いたような怪訝なような、複雑な表情になった。

「どういう風の吹き回しだ?」

「俺はあんたに頼りたくなかったんだが」アミークスは小さな声で言う。「炎の王がそうしろって」

「ああ、なるほどな。で、なんだ?」

「……アロ砂漠が変なんだ。まだ砂嵐が起こる時期でもないのに起こっているし、意味のない砂の城が現れたり消えたりしている。そのせいで、仲間たちが困ってるんだ」

「ふーん……。マナのバランスが崩れてるのかもしれないな。とにかく、アロ砂漠に行ってみるか」

 ウォーロックがスクワイアを振り向いて言ったとき、あの、とアモルが立ち上がった。

「私も行っていいですか……!」

「僕も行きたい!」

 クルトまで拳を握り締めるので、アミークスは呆れた表情になって溜め息を落とした。

「ふたりとも、他にやることないのか?」

 アミークスの言葉に、アモルとクルトは一様に悲しげに眉尻を下げてしょんぼりと肩を落としてしまう。ウォーロックが、あーあ、と咎めるようにアミークスを横目で見遣るので、アミークスは顔をしかめた。

「悪かったよ! ついて来りゃいいだろ!」

「アモルはいいけど、クルトは駄目だ」

「なんなんだよ」

 冷静な声で言うウォーロックにアミークスが肩を(いか)らせると、パッと表情を明るくするアモルに対し、クルトはがっかりしてウォーロックに飛びついた。

「なんで?」

猫人間(ケットシー)は体が小さすぎて、砂漠の暑さは危険すぎる」

 いつものおどけた様子を消して、ウォーロックは真剣な表情で言う。冗談で言っているのではないことが、クルトにもすぐにわかった。

「……わかったよ……」クルトは小さな声で言う。「僕はうちに帰るね」

「今度、猫人間(ケットシー)でも行けるところに連れてってやるからな」

「うん、約束だよ! じゃあね、アモル頑張ってね」

「ええ。またね」

 ばいばーい、とそれぞれに大きく手を振って、クルトはウォーロックたちをあとにした。

 思い出したように、それより、とアミークスが言う。

「ウォーロックとスクワイアしか来ないと思ったから、馬も三頭しか連れて来てないよ」

「大丈夫だ」ウォーロックは言う。「俺様がアモルと乗るよ。どうせアモルは、馬の乗り方なんてわからないだろ?」

「わからないわ……」

「ほらな。三頭で充分だ」

「そうみたいだな」

 さっさと行こう、とアミークスが急かすと、ウォーロックは実験道具を家の中に片付け、計測器を腰のポーチに入れる。スクワイアも魔法の剣を腰に携えると、私も何か持ったほうがいいかな、とアモルが言うので、何が出て来ても怖がらない度胸かな、とウォーロックは答えた。

「あと、これやるよ」

「なあに?」

「計測器だ。魔法学研究員には必要不可欠なもんだからな」

 ウォーロックが差し出した計測器に、アモルは作業服のポケットを指差した。

「計測器なら、母が使っていたのを持ってるわ」

「それも俺様があげたやつなんだが、古いんだよ。新しく改良したやつだから持っとけ」

「わかったわ」

「おーい、早くしてくれよ」

 庭からアミークスが呼ぶ。はいはい、とウォーロックは腰を上げた。

「ちなみに、アロ砂漠まで二回、野営するからな」

「えっ! ……わ、わかったわ」



   *  *  *



 アロ砂漠に向かうには、南の集落を抜けてその先の平原を越える必要がある。

 南の集落を抜けて行くあいだ、三頭の馬はアミークスが手綱を持って歩いた。集落の中は狭く、馬に乗っていると危ないからだ。

 集落の中を歩いていると、民が次々にウォーロックに声をかけて来た。そのたびに、ウォーロックは適当に相槌を打って応える。

「みんな、こんなやつを信用してるんだな」アミークスが不満げに言う。「炎の王(アドラメレク)も信用してるみたいだし……俺にはまったくわからねえ」

「大人の魅力ってやつかな」と、ウォーロック。「お子ちゃまアミークスにはわからないんだよ」

「ウォーロック、そういうところですよ」

 スクワイアが咎めるように言うと、そういうところでもないけど、とアミークスが呟いた。



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