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第7話「影遊び」

 名前とは、存在の証。この世の万物は、名前を得て初めて完全な顕現が許される。それは、ブレードであっても例外ではなかった。人の心に宿る超常に、いつからか【ブレード】という名がついて。結果、ブレードは例外なく刃となって顕現している。


 しかし、まだ名としては不完全。何故なら()として成り立っていないから。例えるなら、「お前は誰か」と聞かれて「人間です」と答えているような状態だ。


 ブレードを自らの超常として使いこなすには、名前を与える必要があった。なんでもいい訳じゃない。確固たる意志を以て、その存在を証明せしめる名を刻まなければならない。


 そう。忘れたからといって新しく付け直すことなど、できようはずがないことなのだ。だからカムイは、全力を出せない。自分と共に、ブレードの名をも忘れてしまっているから。


 その一点でカムイは、自身のブレードを【モルダー・

リーフ】と呼んだこの男に劣っていた。


「さて、精々気ィつけろよ? まだまだ危ねぇモンが、足元に散らばってるかも知れねぇからなァー。この霧だ、よく見ねェとまた踏んづけちまうからなァ?」


 さっきまで血管がはち切れそうだったというのに、男は途端に意気揚々と煽り始めた。そういうところだぞと内心思うが、カムイは口を噤む。


 実際、煽られるのもやむなしな状況だった。視界不良の中で片足を負傷し、更に足元に気を配る手間まで増え。なにより、能力発動の条件が満たされてしまった。男の言葉をそのまま受け取るなら、霧の発生とその中で対象を負傷させること。


 カムイは右足だけつま先立ちになって唇を噛む。全部相手の狙い通り……ではないだろう。舐めてかかった自分の落ち度だ。


「へっへっへっ。もう出し惜しみするなんて舐めプ許されねェよなァー? オラオラかかってこいよ。ブレード使えよ。どうせチンケなゴミ能力のなまくらで、下手なチャンバラしかできねェだろうけどなァ〜ッ!?」


 男の嘲りが勢いを増す。それと同時に、カムイの中でなんとも言えない気持ちが沸き上がった。あえて言葉にするなら、みっともない。自分もさっきまでこんな感じだったのかと思うと、途端に自己肯定感が弱まった。


「すまんなかつての俺。今の俺はこんなもんだ」


 ため息を吐きつつも、右足に気を使いながら構え直そうとしたとき。その右足から、全ての力が抜けた。体の支えを放棄した右膝が、カクンと曲がる。


「……!」


 大きくバランスを崩すカムイ。咄嗟に右手を地面に着いて身を支えた。マズいと思うも既に遅く、右手のひらをも刺す激痛が襲う。


()っ! ……やっちまった」


 わざわざよく見て確認するまでもない。運の悪いことに、右手を着いた場所にも撒き菱が散っていたようだ。貫通まではしなかったらしいが、どの道もう右手は使えないだろう。痛みで、ではない。この男の超常的な能力で。


「あ〜あ〜あ〜あァ! だから気をつけろっ()ったのになァ」


 歪なブレードを肩に担ぎながら、男がゆっくりと歩み寄ってくる。有利を確信した、舐め切った足取りだった。


「【モルダー・リーフ】の発した霧の中で、右手右足に怪我。もうブレードありでも厳しいなァ?」


 カムイは身をもって理解していた。傷口を起点に体の自由を奪う、毒霧の発生。それが男のブレード——【モルダー・リーフ】の超常の能力。既に右手も、足と同様に力が抜け始めていた。


 屈んだまま動かないカムイを足元に見下ろし、男は足をとめる。愉悦に目を細め、歪に歯を覗かせ、醜悪にニヤける。


「なァどんな気分だ? 俺ァ最高だ……。こういう瞬間ってよォー。内蔵が空気になって体が浮かんでいくような、幸せな気分になるよなァ」


 肩に担いでいたブレードを持ち上げ、カムイの頭にブレードを構える男。もう少しだけ下ろせば、カムイの脳天を簡単に割れる状況だ。それでも項垂れたまま、抵抗の素振りすらないカムイ。男の口元が一層歪む。


「自分の立場ってモンを弁えてねェ雑魚が、泣き喚きながらテメェの弱さをさらけ出す! その瞬間ってのはなァーッ!!」


 男は背を反らすほどにブレードを振り上げた。


「ヒラキにしてやらァ!!」


 柄を両手で思い切り握り。全体重を乗せ。カムイを頭から真っ二つにする勢いで、ブレードを振り下ろさんとする男。


「……まあまあやらかした筈だけど」

「命乞いなんざ手遅れだなァ!!」


 カムイは呟くが、愉悦と興奮で男の耳に届かない。都合のいいように解釈して、勝手に愉悦を深くする。


 そこに、冷水の如き言葉が続けてぶつけられた。


「お前が小物で助かったよ」


 カムイが男を睨みあげる。

 それだけで、男の心が一瞬で冷え切った。


「なん……!?」


 その目に恐れや敗北感は微塵もなく。感じられたのはたった一つの、あまりに強烈で迷いない意志。


『今からお前を潰す』


 荒い言葉で逆上することすら忘れ、男は全身から冷や汗を吹き出した。しかし動き出していた体は止まらない。


「うわあああああああああああああああッ!!!!」


 恐怖の沼に頭まで沈められた状態で、男は衝動のままにブレードを振り下ろした。


 大振り過ぎる。隙だらけ。太刀筋も滅茶苦茶。

 絶好のタイミングだった。


「パンチ」


 カムイの足元で、影が揺らぐ。その闇が一気に濃度を増して、輪郭を得る。そして最後に質量を得て浮き上がり、拳のように突き出された。


「ガッ……」


 影の拳が、男の顔面ど真ん中を打ち抜いた。ブレードは大きく軌道をずらされて空振り、男の手元を離れて床に落ちる。


「ワン、ツー」


 影の拳が続けざまに2発、カムイの足元から繰り出された。それらも男の顔面を容赦なく襲う。呻き声と血と、へし折れた歯が宙を舞った。


 よろけて後ずさろうとする男。距離が離れるのは都合が悪いと、カムイは影にさらなる指令を下す。


「蛇」


 動く左手で蛇の影絵を形作る。カムイの影がしなやかに伸び、男の体を絡め取った。


「あがあああああ!?」


 簀巻きにした男を、カムイは床に叩き付ける。そのまま地面を引きずって足元に運び、さっきと変わらぬ眼光で見下ろした。


「別に影絵作らなくてもいいんだけどな。雰囲気だ雰囲気」

「は……」


 手で作った蛇を男に突き出し、口をパクパクさせてみせるカムイ。男は言葉を返さない。いや、返せない。なにが起きたか、なにをされたか、理解が追いついていなかった。


「霧が晴れてきたな。ブレードをうっかり手放して、能力が解除されたのか。駄目だろ、気を付けて持ってなきゃ」


 カムイはさっきまで動かなかった右手を開閉させ、傷を庇いつつ両足で立ち上がる。


「さて……色々と聞かせてもらおうか」


 そして、目と同等の圧を含んだ言葉を男に落とした。

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