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第14話「2+1」

 斜面を落ちる瓦礫のように床を転がりながら、カムイは体と同じく頭も回す。影で壁を作って逃れようにも、方向感覚が滅茶苦茶で正しい位置に作れる気がしなかった。下手したら自分の進路を塞ぎかねない。


 だがこのままだと確実に死ぬ。カムイが転がっているのは、実際には斜面でなく平坦な床なのだ。重力の恩恵は受けられず、1回転ごとに普段使わない力を使う。その上ブレードを不完全にしか扱えないため、カムイは身体強化を持たない。こんな馬鹿みたいな回避動作が長続きする筈がないのだ。


 そもそも限界が来る前に、浮遊するブレードが襲ってくる。一刻の猶予もない。


「あああクッソ!!」


 カムイは腹を括り、自分と床の接点から影を思い切り伸ばした。下方より斜めに突き出された黒い拳が、回転方向と垂直の角度にカムイの体を突き飛ばす。


「ゴフッ」


 その威力に胃がひっくり返りそうになるが、どうにか雄生(ゆうせい)の連撃から逃れられた。そして浮かぶブレードが襲いくるのを確認する前に、宙を舞いつつ影を球形にして自身を包む。


 バリア完成から数瞬後、受けた斬撃を影越しに感じた。


「危機一髪……!」


 雄生だけでなく、このドローンのようなブレードの所有者も曲者だと改めて思う。さっきから闇雲な攻撃は全くせず、こちらが無防備になった瞬間を確実に狙って襲ってきていた。


 タイミング次第では影で絡め取ってやろうと考えていたが、攻撃のタイミングにその隙がない。どこかで遠隔操作しているとは思えない精度だ。


 バリアを解いて着地し、敵2つを即座に捉えた。雄生はカムイを鋭く見据え、その傍らに浮かぶブレードが控えている。転がりすぎて視界がぐらつくが、気取られないよう気丈に睨み返す。


「あの状況で掠らせる事も出来ないとは。見事な機転です」

「そりゃどうも」


 ああ言ってはいるが、余裕があるのはどう考えても向こうである。カムイの影は器用に動きなおかつ強固だが、射程の短さが大きな欠点だ。現状ではカムイを中心に、半径1メートルにも及ばない。さっきのでそれが既にバレてしまっている。


 距離を取っても出来る事はなく、かと言って近付くのも容易じゃない。なにせ雄生の能力がまだ分からないし、浮遊ブレードの動きも正確無比。不利は覚悟の上だったが、想定以上だ。


 そしてその状況を、雄生の方もよく理解していた。


「ですが、強いからこそ分かったでしょう。あなたの勝ち目は限りなく薄い。もう大人しくして頂けませんか?」

「……俺だけの問題なら、最初からこんな事してないんだよ」


 それでも、カムイの闘志は微塵も陰らない。温情を一蹴して思考を巡らせる。


 考えろ。相手の能力。今の自分に出来る事。雄生の言う通り、勝ち筋はあってないようなもの。だがまだ完全なゼロではない筈だ。どうにか意表を突く事が出来たなら……。


「フーッ……」


 研ぎ澄まされてゆくカムイの思考。重い息が自然と口から漏れ出し、瞬きを忘れる程に目を見開く。些細な動きさえ見逃すまいと、全神経を相対した敵へと向ける。


「まだやる気という訳ですか」


 カムイはあくまで、降伏勧告には応じない。そう悟らせるには充分過ぎる敵意だった。結論を出した雄生は大斧を構え直し、傍らに浮かぶブレードを横目に見る。


 敵は退かない。

 我々の力を合わせ、今度こそ完全に無力化する。


 そう思考し、一瞬だけ逸らした視線をカムイの方に戻した。本人が近くにおらずとも、今ので完璧に伝わっただろう。頭で思うだけでいい。それが()の……リーダーの能力なのだ。


「行きます」


 強く踏み込み、雄生は再びカムイに迫る。見えない力に背を押されたかのような、一段と速い加速。両者の距離は一瞬で縮まった。そして大振りながらも高速の薙ぎ払いが放たれる。


「ッ」


 カムイの瞳が、雄生の動作を追って機敏に動く。斬撃の軌跡を見切り、影の盾を生やす。衝突音が廃ビル内で轟と唸った。先程と同じ展開。


 つまりここでただカウンターを繰り出しても、あの不自然な動作で逃げられる。そう判断し、カムイは盾の表面をわざと綻ばせた。結果、雄生のブレードが影にめり込む。


「なんっ!?」


 想定外の事態に、雄生の動作が遅れた。カムイの意図を直感してブレードを引き抜こうとするも、既に微動だにしない。


 綻んでいたカムイの影は修復され、めり込んだ雄生のブレードごと固まっていた。


「次は逃がさない」

「しまった……ッ!」


 半歩詰め寄り、後退を封じられた雄生を射程に捉え。影の拳を、全力かつ連続で叩き込む。霧の男を葬った、今のカムイ最大の攻撃だ。


 空気が殴られ押し退けられる音が、雄生へと無数に迫る。心臓の鼓動が警鐘の様にけたたましく鳴り、逃れようのない危機を嫌でも突き付けられる。喰らってしまう。


 仕留めたと半ば確信するカムイ。が、影の盾に違和感が走る。感覚が消えた。見れば、埋め込ませて捕らえた筈の大斧が消失している。雄生はブレードを解除していた。


「ぐおおおおおおお!」


 そしてすぐさま再度発動し、ブレードを防御姿勢で構え直しつつバックステップでカムイから遠のく。完全に逃れ切る事は出来ず、全身に影の連撃が叩き込まれた。表情に苦悶が浮かぶ。


 だが決定打になる筈だったカムイの切り札を、雄生は最小限の被害で流し切って見せた。既に射程外まで退かれ、追い打ちが叶わない。


「今のはやれてただろ」


 歯噛みするカムイの死角から、浮遊するブレードが斬り掛かる。すんでのところで飛び退いて躱した。相変わらず警戒の隙を縫う様に襲ってくるせいで、影で防御する猶予がない。だが正確過ぎるゆえ、逆にタイミングが読みやすかった。回避に専念すれば捌ける。


 立ち回れている。さっきので倒せなかったのは惜しいが、勝機を手繰り寄せられている。更に考えろ。自分の手札を見つめ直せ。今度こそ掴み取るための一手を考えろ。


 思考を巡らせつつ、飛び退いた先で姿勢を整える。今ので部屋を跨ぎ、カムイが今いるのは自分が眠っていたあの場所だった。


「結局またここでか」


 因果めいた何かを感じて、僅かに気が逸れる。すぐハッとして意識を戻せば、案の定浮かぶブレードが突っ込んできていた。もう一度、左側に跳びそれを躱す。確かに躱した。


 が、カムイは痛みに顔を顰めた。


「なに……!?」


 左肩に、鋭く何かが食い込む感覚。紙の端で指を斬った様な、最小限の力で与えられる最大限の苦痛。瞬く間に血が滴り、共に斬られたジャージが赤く滲んだ。


 咄嗟に傷を抑えて、反対側へと足を下げる。

 その下げた右足にも、同様の裂傷が刻まれた。


 表情を歪めると同時に、最初に考慮した可能性が呼び起こされる。わざわざ連れて来られた廃ビル。その中にあるであろうもの。


「罠か!」


 カムイは部屋中を見渡した。裂傷を負わされた位置を特に凝視し、赤く浮かび上がった線を見つける。カムイの血が付着した何かが、ピンと張られている。ワイヤーだと即座に判断し、刃状の影で斬撃を繰り出した。


 種さえ割れれば、ただのワイヤーなど怖くはない。影を薄く研ぎ澄ませれば、ブレードと同等の刃を作れる。刃こぼれせず、常識外の斬れ味を持つ超常の刃。だが、カムイの当ては外れていた。


「……斬れない?」


 たわむばかりで、引きちぎれる気配すらない。コンクリートすら強引に叩き斬る事が出来るブレードと同等の刃が、あんな細いワイヤーに受けとめられている。


 脳が混乱するより先に、カムイは正解を導き出した。ブレードをまともに受けられるのは、同じくブレードだけ。つまりこのワイヤーは、ただのワイヤーではなく。


「これもブレード……あいつらとは別の」


 部屋の入口には、口元の血を拭う雄生。カムイの死角へと回り込み続ける、浮かぶブレード。そして、ワイヤーを部屋中に張り巡らせたブレード。


 敵は2人じゃなく、3人いた。

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