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第13話「BCAの工作班」

 自分と共にいた少女。該当する人物を、カムイは一人しか知らない。どうしてこのタイミングで、叶恵(かなえ)について言及するのか。更に聞き捨てならないのはその次だ。


「同行……? なんで」


 冷静になれと自分に言い聞かせた結果、カムイの声から抑揚が消え失せた。表情も完全に凪ぎ、感情が一切読めない目で真正面を捉える。その異様さを瞬時に見て取り、雄生(ゆうせい)の顔つきもまた険しくなった。


「……【BCA】の目的はお分かりなのでしょう? なら疑問を持つ方がおかしいかと」

「知ってるからこそ、余計なんでだか分からないんだが?」


 ブレードという存在の隠蔽。それが【BCA】の目的なら、叶恵が絡む理由がない。なぜなら彼女は、ブレード所有者ではないのだから。ブレードを視認できるのはブレード所有者のみ。叶恵には、霧の男のブレードが見えていなかった。嘘を言っていたとは思えない。


「あいつは違う。関わるな。口止めする必要もない」

「あなたが倒した男から、我々は情報を得ているんです。すぐバレる嘘はつかない筈では?」

「つかないし、ついてない」

「信憑性がありません。その少女も野放しにできない」


 カムイの中に苛立ちが募る。なぜ【白金(はっきん)徒花(あだばな)】側の証言が信用されているのか。あの時の状況でなにをどう見れば、男は叶恵が所有者だと思い込めたのか。精神面だけでなく、観察眼すら絶句する程お粗末なのか。そしてそれを鵜呑みにしている、【BCA】もその程度という事か。


 無感情だったカムイの瞳から、侮蔑と失望があふれ出す。


「あいつはな……。平穏に生きなくちゃ駄目なんだよ。俺やお前らみたいな異常な連中が、絡んでいい子じゃないんだよ」

「無理な話です。なぜなら彼女は——」

「違うって言ってんだろッ!!」


 その声が、自分の鼓膜すらも激しく揺さぶる。あの日に目を覚まして以来、ここまでの怒声を発したのは初めてだった。苛立ちは既に限界を迎えている。頭に登り切った血が、傷跡をこじ開けて噴き出しそうだった。雄生が思わず気圧される程の剣幕で、カムイは怒りを吐き散らす。


「あの親子の幸せを……! あの子の笑顔を陰らせるようなことをしてみろ! 俺がぶっ殺してやるッ!!」


 カムイの足元の影が、感情に呼応して荒れ狂った。闇を深くし質量を得て、カムイを取り囲むように竜巻の如く舞い上がる。


 記憶を取り戻すこと。叶恵たちの平穏を守ること。そのどちらかしか選べないというのなら……。それなら、記憶など最早どうでもいい。新しく積み重ねていけばいい。そんなものと引き替えに、忌むべき過去を乗り越えて築き上げられた平穏な幸福が。叶恵たちの日常が、壊されていい道理はない。


「…….つまり、あなたは敵ということですね」

「残念だよ」

「俺もです」


 雄生が開いた右手を前に突き出す。そして手のひらを閉じると同時に、ノイズが掛かったかのように空間がブレて。


「【ヘビー・プラネット】」


 そのブレが、大斧を形作って雄生の手に握られた。


 身の丈程ある全長で、先端には棘が生えた鈍色の球体。それを取り囲むように備えられた環状の刃は黄銅色で、一部が欠けて片刃になっている。そして、サラシらしきものが巻かれた柄。


【ヘビー・プラネット】と呼ばれたそのブレードは、鎖のないモーニングスターと戦斧を掛け合わせたような、無骨で厳つい外観をしていた。


「あなたも出してください。丸腰の相手に武器を構えるのは趣味じゃない」

「そう言われてもな。さっき記憶がないって話しただろ」

「……っ。ブレードの名前すら忘れたと。それでいて【白金の徒花】に勝てたと。やはりあなたは、野放しにはできない」


 雄生の鋭い眼光が、本格的に敵を見据えるものへ変わった。大斧の【ブレード】を両手で構え、腰をひねって後ろに回す。


「全力で無力化します」


 そして地を蹴り、一瞬でカムイに肉薄した。その速さに目を見張るも、置き去りにはされない。巻き上がる影を一箇所に集中させ、斧の薙ぎ払いを防御する。影に叩き込まれた衝撃が、感覚としてカムイに伝わった。


 なんて重たい、その上なんて鋭さ。粗暴な発散ではなく、洗練された一閃。一撃に込められた力の質が、霧の男とはまるで違った。


 だが防いでしまえれば、その後にあるのは隙。これだけの斬撃を繰り出した直後で、すぐさま他の動作には移れない筈。ブレードを受けたのとは別の影を複数、雄生に向けて伸ばした。容赦なく顔面を狙い、連続で畳み掛けて一気に倒す。


 そのつもりの初撃が、呆気なく躱された。膝を曲げての軽いバックステップにより、雄生は影の射程の外へと簡単に逃げおおせる。距離にして、おおよそ3メートル程度離された。


「なに……?」


 カムイは眉をひそめる。不自然な動きだった。いくら身体能力が底上げされているにしても、屈伸の程度と移動距離とが明らかに釣り合っていない。まるで雄生の体を、誰かが背後から引っ張って移動させたかのように見えた。


「なるほど……強い」


 雄生もまた、カムイの能力を直に見て冷や汗をかく。影を実体化させて操る、という概要は把握していた。しかしあれは、そんな簡潔な文言では済まされない。攻撃を入れた際の手応えで察した。あの実体化した影は、恐らく物理的に破壊できない。いわば変幻自在にして不壊の、矛にして盾。


 互いが互いを、一筋縄には行かないと改めて認識した。


 しかもカムイの方は、警戒対象が他にもある。背後を見やれば、あの宙に浮くブレードがビルの入口付近に滞空していた。対話が拗れるや否や、しれっと挟み撃ちの陣形を取っている。


「しっかりしてるなあ……」


 あまりに不利。状況に対してため息しか出ない。

 だがやってみせる。


 今度はカムイの方から仕掛けた。影を前面で盾のように展開し、雄生に迫る。射程距離内に入ったところで、盾の表面からスパイク状の棘を伸ばす。


 攻防を両立した一手。それを雄生は、カムイの頭上を飛び越えて躱した。


「能力の届く範囲は、そう広くないようですね」

「チッ」


 飛び越えざまに背後から振るわれたブレードを、カムイは新たに作った影の防御壁で防ぐ。その反動で宙返りしながら着地する雄生を見て、動きの違和感が更に募った。

 

 さっきの不自然な緩急と違い、今度のは非常に身のこなしが軽い。性質としては真逆の動作だ。能力を使っているのは確かなようだが、一体どんな。


 考えかけたところで、空を斬る音に気付き咄嗟に身を屈める。直後にその頭上を、独立して動くブレードが回転しながら高速で通過した。


「あっぶな……!」


 髪の毛の先が僅かに刈られ、ハラハラと散る。死角から飛んできた上に意識が逸れていた。もう少し気付くのが遅れていたら、胴体と首が離れていただろう。全身の毛穴が開き、嫌な汗が滲む。


 そして姿勢を崩されたのを、雄生は見逃してくれなかった。大斧のブレードを、カムイ目掛けてゴルフのスイングのように振るう。それを横に転がって躱し、どうにか空振らせた。


「フンッ!!」


 しかし雄生はその勢いを殺さず、ブレードを全身ごと回転させ、連続でカムイに襲わせる。


「おいおいおい……」


 躱す向きを誤ったと悟るも、既に間に合わなかった。姿勢が全く整っていない。カムイは同じ方向へ必死に転がり、雄生の縦回転の連撃を躱し続けざるを得なくなる。その攻撃速度は衰えるどころか、むしろカムイに迫りつつあった。空を断つような唸る音が徐々に近くなる。


「待て待てふざけんなよ!?」


 こんなのすぐに限界が来る。壁に当たるか、その前に捉えられるか。というか転がってるせいで、方向感覚も機能していない。襲いかかってくるであろう、浮かぶブレードの位置が分からない。


 霧の男の時とは天と地ほどの差がある焦燥が、カムイを襲っていた。

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