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第12話「尖兵」

 飛行するブレードは、周辺の建物より高い位置をキープしたままどこかへ向かう。見失いもせず、追いつけないほどでもない速度で、まるでカムイを誘い込んでいるようだった。


 追いながらカムイは思案する。あのブレードの能力はなんだ。本来ブレードは所有者の手から離れれば、あらゆる効力が失われてしまう。【白金はっきん徒花(あだばな)】の男の霧が、ブレードを取り落とした直後に消え去ったように。


 能力として遠隔操作ができるブレードがない訳ではないだろう。しかしそれだけではない気がした。さっきの動きの変化からして、あれはカムイの存在を察知している。


 近くに所有者がいて、カムイがブレードに気付いたのを見て誘い出しているのか。走りながら周囲を見渡すが、どうもそれらしい人物は見つからない。建物の上から双眼鏡などで監視するにしては、細々した高過ぎない建物だらけで適していない。


 ならばやはり、とカムイは仮説を立てた。遠隔操作はできることの一部でしかなく、能力の本質はもっと別にある。こちらの存在に気付いたのも、その能力の応用。所有者はこのまま誘い込まれた場所か、もっと別の場所にいる……。


「まあこっちに斬りかかってこない分、こないだの奴より話は通じそうか」


 ごちゃごちゃ考えたが、今はそれだけで希望が持てた。推測ばかり並べても疲れる。早くこの目で確かめたい。自分の手掛かりを掴みたい。


「どこに連れてく気だ?」


 逸る気持ちに口角を上げつつ、走ってブレードを追い続ける。呼吸の速度は上がるが、疲れは不思議とあまりない。先の戦闘時も、体力には余裕を残して勝利できた。自分は中々タフだなと思った。


「ん? ここは……」


 走るうちに、見覚えのある道に出ていることに気付く。どこへ誘い出されているのか直感した。ブレードを見上げるのをやめ、真正面を見据えて一層足に力を込める。


 そこは不可思議な場所。人目につかない好都合な場所。目覚めた自分が最初にいた場所。カムイの中で、因縁めいたなにかを感じる場所……。


 ブレードが停止した数秒後、軽く肩で息をするカムイもまた立ち止まる。


 廃ビルのある空き地。浮かぶブレードに見下ろされるかのように、カムイともう1人。何者かがそこに立っている。


「どうも」


 待ち構えていた男が、カムイを見やって軽く会釈した。


 霧の男と同程度の高身長。後頭部付近が逆立った、赤い短髪。左耳にシルバーのピアス。厳格な雰囲気の鋭い吊り目。髪と同じく真っ赤な長袖のインナーと、その上に羽織った黒いベスト。ダメージの目立つグレーのジーンズ。


 歳はカムイと近そうだが、見た目の威圧感は霧の男と同等以上である。


「まずはお礼を。怪しいと思ったでしょうに、来てくれてありがとうございます」

「別に。俺も探してたからな」

「ほう……? それであんな有様の男を放置して、俺たちに見つけさせたと」


 が、その語り口や態度はむしろ正反対だった。ひたすらに粗暴だった霧の男に対し、随分と理性的な受け答えをする。警戒心は多少あるようだが、敵意は特に感じない。


「俺たち(・・)?」

「ええ。アレの所有者は別の場所にいます」


 男は空中のブレードを見上げて答える。周到だなとカムイは思った。仮に話がこじれて戦闘になっても、あのブレードの所有者が叩けない。ただの2対1よりも、圧倒的に分が悪い。あくまでアドバンテージは向こうにあった。


「ところで。いくらここが関心を向けられないとはいえ、外じゃ通りすがりの誰かに聴かれるかもしれない。中で話しませんか?」

「……分かった」


 男は自分の背後にある廃ビルを、親指で指差した。気は乗らないが、カムイはひとまず従う。罠の1つでもありそう……というか、確実になにか仕掛けてはいるだろう。ますます相手の優位が磐石になる。


 しかし逆に言えば、相手も可能なら対話で済ませたがっているとも取れた。カムイが不利であると明確に示し、攻撃の意志を削ごうという算段か。


 男に先導される形で、カムイは再び廃ビルに足を踏み入れた。以前と同様に、殺風景がそのまま視覚化したような光景。だが緊張感は比べ物にならなかった。


「あんたは【BCA】か? それと【白金の徒花】なのか?」


 このままペースを握られ続けるのは、精神的にも状況的にもよくない。カムイは初めて自分から話を切り出す。


 男はカムイに向き直った。その表情は、一切ブレない。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません。俺は諏訪間(すわま)雄生(ゆうせい)。【BCA】の工作員です」


【BCA】。カムイの心臓が高鳴った。


「それであなたは……」

「カムイだ」

「カムイさんは、我々をどう認識されてますか?」


 雄生は変わらず、生真面目さの垣間見える丁寧な口調でカムイに問い掛ける。鋭いが威圧的ではない眼光とその態度は、ミスマッチのようで調和しているようで。対面していると、奇妙な気分にさせられた。


「ええと、あいつはなんて言ってたか……。確か『世界の平常運転』? とか、『ブレード隠蔽機関』? とか」

「まあその通りですね。ブレードの存在を世界から隠蔽し、平常に回す。それが【BCA】の理念です」


 カムイが顎に手を当て出した答えを、雄生は頷き肯定する。霧の男の言葉は一応本当だったらしい。語り口は私怨タラタラだったが。


「質問を重ねて申し訳ありませんが、カムイさん。あなたはどうして、我々を誘い出すような真似をしたんですか? そこまで把握していたのなら、リスクがあるのは承知の上かと思いますが」


 次いで雄生の問い掛けが続く。当然の疑問にして、カムイにとっての本題だった。勢いあまって、やや食い気味に答える。


「俺には、1週間ほど前にここで目覚めた以前の記憶がないんだ。ブレード関係者なら、なにか知ってると思った」

「……本当ですか?」

「そんなすぐバレる嘘はつかない」


 予想していなかった返答に、雄生の表情が初めて変化した。それを察知しつつカムイは続ける。


「【白金の徒花】のこともよく知らないが、現状いい印象はない。来たのが話の通じるあんたらでよかったよ」

「なるほど。争う気はないと捉えていいですね?」

「ああ」

「助かります。しかしそれで話を終える訳にはいきません」


 雄生の目付きが、より一層の鋭さを帯びた。


「【白金の徒花】は危険な組織だ。その構成員をあそこまで蹂躙でき、かつ出自の分からないブレード所有者……。そんなあなたに対する我々の対応を、どうかご理解いただきたい」


 カムイは神妙な面持ちを浮かべる。俯き加減で、ここ1週間の記憶を数秒の間に夢想した。


 ほんの僅かな期間。だが記憶がないカムイにとっては、最早それが全てとも言える。手放し難いに決まっていた。


 それでも。カムイは自分が何者かを知りたい。その過程であの親子を、叶恵(かなえ)を不幸に巻き込むことだけはあってはならない。さっき、そう決意したばかりだった。顔を上げ、雄生を見据える。


「どこにでも連れてけよ。その方が俺は、俺のことを知れる気がする」

「分かりました。穏便な対応に感謝します」


 落とし所がつき、互いに弛緩した様子で息をつく。カムイは改めて過去を辿り、小さく苦笑いした。別れを言う暇もなさそうなのは残念ではあるが、この方がいいに違いない。むしろ名残惜しさが増してしまいそうだから、いっそありがたいとでも思おう。


 カムイがそうして、気持ちに踏ん切りをつけかけた時。


「それで、あなたと共にいたという少女はどこです? 彼女にも同行してもらいたい」


 再びその全身が強ばった。

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