第11話「UFO」
過ごしやすい気候の元。雑貨屋の入口に佇むカムイは、雲の漂う空をぼーっと見上げていた。別に外で番犬をやっている訳ではない。ただの考え事である。内容は自分について。廃ビルで目覚めてから約1週間、既にルーティンになりつつあった。
「…………」
【白金の徒花】との交戦から今日で5日。カムイは、もうそろそろじゃないかと踏んでいた。【BCA】が奇妙な廃ビルを調査し、その中で瀕死の男を発見。そして男づてにカムイのことを知り、接触を図ってくる……筈。
できれば穏便に事を運びたい。間違っても、叶恵たちを面倒に巻き込むことはあってはならない。ただでさえ厄介になっている上に、あんな話を聴いてしまったら。
カムイは胸元に右手を添え、強く握って服に皺を刻む。あの親子の幸せは、この先もずっと続かなければならないと強く思った。叶恵のあの笑顔は、何者にも壊させない。もし自分が障害になるなら、迷うことなく——
危うい決意を固めかけるカムイに、叶恵父が呼びかけた。
「なあ、ちょっといいか」
「はい?」
思考を中断され、やや面食らった表情で振り返るカムイ。
「悪いが豚肉と玉ねぎ買ってきてくれ。晩飯の材料なかったわ」
「了解っす」
「ほれ金。お釣りでなんか適当に買っていいからな」
「そんなに卑しくないですよ俺」
「じゃあ多めに食材買ってきてくれ。スーパーの場所覚えたか?」
「まあ大体は」
手渡された財布の中には、5000円札が1枚入っていた。今日の夕飯の材料費にしては多い気がする。足りないことを懸念するなら、多めに渡されるのは理にかなってはいるが。とにかくこれで自分の欲を満たすのは気が引けるので、カムイは翌日以降の食材も見繕うことにした。
「んじゃ、行ってきます」
「おう、行ってこい」
思考し過ぎるのも疲れるので、こういうお使いは気晴らしに丁度いい。叶恵父がどこまで察してくれているのかは分からないが、やはりいい人なんだなとカムイは思う。得体の知れない自分を邪険にせず、かといって丁重に扱い過ぎず。完全な自然体で対応してくれる。
あんな人は、超常と無縁であり続けなければならない。
「……いざとなったら、やっぱり俺は消えるべきだな」
先の決意が、改めて口をついて出た。
*
スーパーまでの道のりは完全に記憶していた。故に道中にはなんの問題もなく、目的地にて指示された食材をカゴに入れることだって造作もない。だが、試練は最後に訪れる。
ズバリ、余ったお金でなにを買えばいいのか。
「……4000円以上余るな」
分かってはいた、こうなることは。「行ってきます」と言う前から分かっていた。自分のために使う気は微塵もないので、適当な食材を追加で買うことも決めていた。適当……軽くそう考えたのがよくない。
「なにを買ったら、なにが作れるんだ?」
カゴを持ってない方の手を腰に当てて渋い顔をし、カムイは首を大きく傾げる。先日判明した通り、カムイには家事ができない。料理は未トライなのだが、叶恵父からストップがかかっていた。妥当な判断だと思う。なにせ豚肉と玉ねぎで、なにが作れるのかすら分かっていないのだから。
「別に無理に買わなくても……いやでも『買ってきてくれ』って言われたし、これだけ持って帰るのも失礼では……」
小声でまたも妙な気遣いをするカムイ。しばらく唸った末、意を決したように傾げた首を起こす。
「とりあえず肉だよな……。こんなのはどうやっても不味くならないだろ。豚はあるから別のにしとこう」
鶏胸肉のトレイを取り、カゴに追加する。
「鶏肉…….唐揚げは確か鶏だったよな。衣ってなにでできてるんだ? 色的に……食パンの耳とか?」
パンコーナーに行って、六枚切りの食パンを入手する。
「どうやって唐揚げになるんだか、検討もつかないな。まあ混ぜて焼けばできるんだろ」
カムイに揚げるという選択肢はなかった。
「野菜も欲しいよな。サラダとかにすれば調理しなくてよさそうだし、なんでもいいか」
無造作にほうれん草を掴むカムイ。因みにほうれん草の生食は推奨されていない。
「まだ余るな……。もう本当に適当でいいか」
初めは悩み過ぎなくらい悩んでいたのに。いざ買い始めればタガが外れ、次々とカゴが埋まってゆく。結局カムイはカゴを意図不明な食材で一杯にして、5000円を綺麗に使い切った。
*
「重い」
会計後。両手に張り裂けそうな買い物袋を持ち、想定外の重さに苦い顔をするカムイ。絶対に買い過ぎた。素直に要求された分だけにすればよかった。
「あ、カムイ」
ため息をつきかけたその時、既に聞き慣れた少女の声が背後から届く。
「お使い? 荷物凄いね」
「まあ、そんなとこだ」
振り返れば、コロッケを買い食いしている叶恵がニコニコとこちらを見上げていた。こうして見ると、背の低さがより際立つ。
「学校帰りか?」
「うん! カムイもコロッケいる?」
「手が塞がってるから後で貰うな」
右手にコロッケ、左手にコロッケ数個が入った袋を持つ叶恵。ここでカムイに会わなかったら、あの中も全部自分で食べる気だったらしい。
「前から思ってたけど、叶恵ってよく食うよな」
「え? コロッケ5個くらい、おやつと同じじゃないの?」
「学校の友達もそう言ってるのか?」
「知らない。友達あんまりいないし」
「……なんかすまん」
並んで帰路に着く2人。寂しい返答にカムイは気まずくなるが、叶恵は気にしてなさそうだった。
叶恵父曰く、叶恵は人見知りな方らしい。懐かれてるカムイにはどうもイメージしずらいものの、今の発言からこれが事実だと分かる。
なんで自分にはすぐ心を開いたのだろうか。謎の廃ビルで眠っていた、明らかに普通じゃないこの自分を。
「…………」
別に答えのなさそうな疑問を浮かべ、うつむき加減に歩くカムイ。数歩先の地面が、歩調に合わせて視界を滑る。
そこに、不自然な影が映った。
「あ?」
鳥かと思って流しかけたが、違う。なにか奇妙だ。吸い込まれるように空を見上げる。
なにかが、宙に浮いていた。
中心に直径を描く軸の入った、金色の輪。それを基点として点対称に、赤で縁取られた3連の白い板が一対——
否。あれは、刃だ。
奇異な形状をした刃物が、UFOのように漂っている。
「!!」
カムイは目を見開く。呼応するように、浮遊する刃物が動きをとめる。
「どうしたの?」
様子を不思議がった叶恵が、倣って空を見上げた。しかしなにも見つけられないようで、頭の疑問符を大きくする。同様に、カムイ以外の通行人も一切気付いていない。
ブレードだ。【白金の徒花】か【BCA】か、はたまたそれ以外なのか。分からないが、遂に現れた。
あれの所有者はどこにいる。探そうと視線を走らせた時、浮かぶブレードが再び動いた。
「なん……」
プロペラかフリスビーのように回転しながら、ゆったりした速度でその場を離れてゆく。
「スマン、先帰っててくれ!」
「カムイ!?」
見失いたくない。気付けばカムイは袋を手放し、駆け出していた。




