第10話「僭越ながら」
突然の会敵から一日が過ぎた。手足を負傷したカムイは、通院終わり早々にして病院へ。傷は深いが大事はなく、既に普通に歩ける状態である。叶恵の父からは、想像通り呆れられた。
そして【白金の徒花】なる組織の男は、ボコボコにしたまま放置してきた。倫理的にどうなんだとも思うが、一応カムイなりに考えはある。
一般人が寄り付かない、あの廃ビル。そこで奴を見つけることになるのは、ブレード所有者……恐らく、【白金の徒花】か【BCA】の人間だ。自分の正体に近付くには、とにかくブレード所有者に接触するのが手っ取り早い。そう考えたカムイは、あの男を撒き餌にして放置してきた。
情けで病院に放り込んでやるのも考えた。だが何らかの情報筋で、【白金の徒花】が寄ってきやすい気がしてやめた。どちらかと言うと【BCA】の方が嬉しい。あんなのでもブレード所有者だ、自分と同じで人より頑丈だから死にはしないだろう。
というわけで現在、カムイは待ちの状態だった。居候の身で暇を持て余すのも悪いので、家事や雑貨屋の手伝いでもして恩を返そう。
そう思って行動し始めたのだが、問題が起こる。
「すんません、掃除したのになぜか余計汚れました」
「なんでそんなホコリ被ってんだお前。そこまで汚いわけねえだろ。錬成したんか」
平日の昼下がり。カムイは家事全般が絶望的に下手だと判明した。掃除をすればこのように無からホコリを生み、皿1枚を洗う間に皿が3枚割れ、洗濯物を畳めば前衛芸術が完成する。自分でも驚きの無能っぷりだ。
「1つ分かりましたよ。俺には誰かしらの同居人か家族がいた筈っす。こんな俺が一人暮らしなんて不可能に違いない」
「そうか、前進してよかったな。もうなにもせずそこで座ってろ」
「はい」
無駄に真剣な面持ちでそう言ってみるも、あっさり流されて店のレジに追いやられる。今のカムイにできることは、手際よく掃除し直す叶恵父を眺めることだけだった。
「……玄関とかに置いといてもらえれば、不審者の撃退くらいできますよ?」
「やっぱり大型犬とかじゃねえか」
「うわマジだ」
まさか叶恵の認識が正しかったとは。だがその方が迷惑にならないというのなら、いっそ人間として扱われるのをやめるべきか……。
「おい、その顔本気で検討してるな!? 簡単に尊厳捨てようとしてんじゃねえよ! 俺がどうしていいか分かんなくなるだろ!」
「でも犬なら皿も割らないし……かかる費用も、ワクチンとかないから犬より安上がりでは?」
「お前配慮の手段バグってるな! いいから人として大人しくしてろもう!」
「はい」
流石にまんま本気ではなかったが、叶恵父の制止は本気だった。若干の申し訳なさを覚えつつ、カムイはぼーっと店内を眺める。
「…………」
殺風景というか、閑散としているというか。あまり繁盛しているような雰囲気ではなかった。ここに居着いてまだ数日だが、その間も客がたくさん来たという記憶はない。親子2人でも、結構ギリギリなのではなかろうか。
「前に似たこと言ったけど、変な気遣いすんなよ」
「……思考読みました?」
「なんとなく分かるわ。お前クソ真面目っぽいからな」
失礼ながら裕福そうに見えない中、居候が1人増えるのは大変負担の筈。確かにたった今、カムイはそう思った。ピンポイントで射抜かれて少しドキリとする。
「これも前言ったけどよ。俺は叶恵の願いは、なんでも叶えてやりたいんだよ。探検に行きたいだろうが、生き物飼いたいだろうがな。たとえその生き物が人間でも、だ。俺にできる範囲なら、なんだってしてやるんだ」
「……俺も前に思ったこと言いますけど。普通そこまでします?」
つい流れで聞き返してしまい、カムイは口を噤む。そこまで豪語するからには、なにか唯ならぬ理由があるのだろう。軽々しく問い質していいことじゃない。
だが叶恵父は、神妙さを見せつつも口を開く。
「……まあ当然そう思うよな。情けねえから、あんまり言いたかないが。お前には話しといてもいいか」
「え? いや話しにくいことなら別に。俺が軽はずみなこと聞いたというか」
「まあ聞けよ。これもなにかの縁だ」
そんなつもりはなかったのだが、空気が変わってしまった。向こうがその気なら、ここで遠慮するのも失礼。そう思って、カムイは聞く姿勢を取る。
「実は叶恵が産まれてすぐ、女房に逃げられちまってな。俺は荒れに荒れた。酒飲んでギャンブルして、思い返しても本当最悪だったな」
開口一番、あまりにハードな過去が飛び出してカムイは面食らう。母親の影が見当たらないとは思っていたが、そんなことがあったとは。
「当然、叶恵のことも放ったらかしだった。時にはあいつに当たったりもした。全くどうしようもねえ。そんな俺が嫌いで仕方なかったんだろうなあ。ある日叶恵は家出して、何日も帰ってこなくなった。行方不明ってやつだ」
カムイは相槌も打てない。ただ黙って話を聞く。
「最初のうちはどうとも思わなかった。精々『面倒かけやがって』ってな感じだったな。けど少し経って、叶恵が泣いてる夢を見るようになった。毎晩毎晩、夢の中で泣き続けるんだ。もしかしたら、現実でもどこかで泣いてるのか……ある日そう思った。その瞬間、あいつが俺の娘ってことを思い出した」
叶恵の父は、表情に一層の影を落とす。そこには自己嫌悪があふれていた。
「同時に今までの自分の所業、娘にそっくりな女房の顔、そいつと一緒にいた頃の感情……色んなものがフラッシュバックして、俺は泣いた。後悔した。叶恵が見つかった時、心の底から安心した。そこで誓ったんだ。これから先は、叶恵のために俺の全てを注ぎ込もうって」
「…………」
「思えばあいつが人見知りなのも、家に居着くよりも探険が好きなのも、全部俺の影響かもな。今でこそ普通の親子みたいになれたけど、心の底では嫌なもんが染み付いてさ」
「……あんまり自分のこと、嫌わないでください」
自分なんかが意見できるような話じゃなかった。介入する資格などない。だが、カムイは黙っていられなかった。僭越ながら、伝えたいことがあった。
「叶恵はいつも、楽しそうに笑ってるじゃないですか。探検に行っても、あなたの所に帰ってきてる。確かに昔は、褒められたものじゃなかったかもしれないけど。あなたは失敗して学んで、ちゃんと叶恵の父親になれてる。じゃなきゃ叶恵が、あんなに朗らかで屈託ない奴に育つ筈ない」
カムイの脳裏に、叶恵の笑顔が浮かぶ。あの明るい表情が、どす黒い気持ちを押し殺す仮面。そんな風には、とても見えなかった。
「…………」
「すんません、生意気なこと言いました」
「いや……ありがとよ」
なにかを隠すように、叶恵の父はそっぽを向く。ぶっきらぼうなお礼の言葉が、若干鼻声だった気がした。それ以上を追求することなく、カムイもまた黙る。
【白金の徒花】の男に対しての説教といい、今回といい。自分は何様なのかと苦笑いした。
*
太陽が真上より少し西に傾いた頃。廃ビルの中。ボロ雑巾の如き有様で地べたに這いつくばる、チンピラのような風体の男。
それを見下ろす、無感情な目の男がもう1人いた。




