第9話 モスド
翌日、リサを含めた4人でモスドを目指すことになった。車を確保しても良かったのだが、そこから足が付きそうだったので、10kmを歩くことにした。
『リサさん。本当に侍女なのですか?』
ヒギエラが元気に歩いていくリサを見ながら言った。
『はい。先王様のご命令で、いつでも殿下の共が出来るように鍛えておりましたので』
そういうリサは侍女の姿ではなく、冒険者の姿になっていた。いつの間にか冒険者登録までしていたのである。
ヒギエラとエウフロンネも、並みの冒険者よりタフな体力を持っているのだが、リサはそれを上回っていた。
『そういえば、どうしてボイは平気なのだ?』
ヒギエラが平然とリサと歩いているボイに疑問を持った。
『それは、身体強化を自分に掛けているから・・・』
『私にも掛けろ!』
『私にも掛けてください』
ボイが言い終わらないうちにヒギエラとエウフロンネから要求が入った。
・・・
『ここを降りたところです』
リサが示した先には、モスドの村があった。
谷になっているので、空から見ない限り確認出来ないこの村は、村の中央に1000mの滑走路があった。どう考えても不自然である。
『あれって・・・』
滑走路のことをリサに聞こうとした所、
『先王様のご指示で、廃村後、滑走路を造ることになっていたのです』
どうやら、廃村になることも含め、計画的だったらしい。
・・・
4人で村に入ると、一人の老人がやってきた。
リサが老人に何かを見せると、老人は一瞬驚いたあと、ボイに向かって最敬礼をした。
『先王様からのご命令に従い、今日までお待ちしておりました。いつでも飛べるようにしてあります』
そう言って、老人は4人を滑走路脇にある倉庫のようなところに連れて行った。
老人が倉庫の入り口を開けると、そこには1機の小型飛行機があった。
『先王様のご指示で用意した特別機です』
そう言って老人はボイを操縦席に連れて行った。
ボイとしては、この日、初めて小型飛行機を見たのだが、
(覚えている・・・大葉 廣司として覚えている記憶)
そう、ボイの前世である大葉 廣司は、小型機のパイロットだったのである。操作はBE36にそっくりに出来ていた。但し、この世界の飛行機は魔力でプロペラを回すので、エンジンの代わりに、魔力変換装置なるものがついている。当然、燃料タンクもないし、エンジンのオイルも存在しない。但し、スロット、ミクスチャ、プロペラピッチなどは、どう見てもBE36である。HSIやRMIもついている・・・おそらく、VORの代わりに、魔道具で目的地をサーチしてそれを、HSIやRMIそっくりに表示しているものと思われた。なのでVORのセット部分は、グラスコックピットのような画面が出てきて、目的地の地図をポインタで指定するようになっている。指定が終われば、ウインドウは閉じるので邪魔にはならない。そして、どういう訳か、DATAが無いはずの、ビードロフ島南部の地図が表示されている。
(誰か、裏で動いている?)
どう考えてもボイに都合が良すぎる状況であった。
・・・
飛行機の状態を確認するため、テストフライトをすることにした。幸い、このあたりには定期便が飛んでこないので、気が付かれることはないと思われる。
谷の中だけを飛行すれば、昼間でも問題ないと思われた。
ボイは左側の操縦席に座り、大葉の記憶を辿りながら準備をしていく。
老人と、村まで一緒にきた3人が見守る中、ボイは魔力変換装置を起動させる。エンジンと違って静かである。プロペラが作る風の音だけが聞こえてきた。
窓越しに右手を上げて合図をしたのち、飛行機を滑走路の端に移動させる。無線交信もない・・・というよりするわけにはいかないので、ATCは一切ない。
スロットを押し込むと、プロペラの回転が一気に上がる。2700回転程度まで上がったプロペラは、飛行機を滑走させていく。BE36の感覚で、73㏏で操縦桿を引くと、機体は浮き上がった。主脚を収納し、左旋回して、トラフィックパターンに入っていく。
(この谷って結構広いな・・・左右のトラフィックパターンが確保できている)
安定性は大葉がかつて操縦したBE36より良い感じである。エンジン音がしないので、注意しないと飛行しているのを忘れそうである。
結局、TGL(タッチ アンド ゴー)を5回行った後、倉庫の前に戻ってきたボイは魔力変換装置のスイッチを切った。
・・・
『大丈夫そうですな』
降りてきたボイに老人が言った。
『はい。何故か体が覚えていたようで・・・』
ボイは言いながら、何かおかしいと思うのだった。