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6 こんなに恵まれていいのでしょうか

「昨日少し会っただけだ。なぜここに」


「行くあてがないところを、助けてもらったんです」


「家から追い出されたそうでさ」


 いささか言葉の足りない伊鞠の説明に、さりげなく遥陽は情報を付け加える。


「では俺のもとに来ればいい」


 いとも簡単そうに言い放った言葉に、心底驚いた。

 簡単に少女一人を働かせてくれるわけなんてない。そのはずなのに、あっさりと働き口が見つかってしまったのだから。


「本当に、本当ですよね」


「嘘を言う必要なんてないだろう」


「信じられなくって、それで。すみません」


「謝る必要なんてないだろう、礼だけ言っておけばいい」


 なにか失礼なことをしたと思ったら,謝ることがいつのまにか身体に染みついてしまっていて。それでも、謝って許されることなんてないに等しくて。相手の気が済むまで頭を下げ続け、痛みに耐えるしかなかったから。

 そんなこと、初めて言われた。


「……ありがとう、ございます……?」


 こういう時、どういう表情をすればいいのかわからなくて、ぎこちない笑みを浮かべる。

 伊鞠の様子がおかしかったのか、紅はふ、と薄い笑みを浮かべた。なんだか、自分が変なことを言ってしまったようで、気恥ずかしくなってしまう。


「そうだ、名前。(こう)さんじゃなくて、光明さんって、言うんですね」


「ああ、あの時は紅と名乗っていたか。改めて、天陽(てんよう)家の光明(こうめい)という」


「俺はね俺はね、春霞(はるがすみ)家の遥飛で光明の幼馴染」


「ただの腐れ縁だろ」

 

 春霞家に天陽家。五家に名を連ねる家の名だ。どうりで二人の所作は洗練されて、どこか気品が漂っているわけで。


(でも、なんで私なんかにここまでしてくれるんだろう)


 伊鞠とて一応五家の血が流れてはいるが、たかだか出来損ないの華宿りだ。しかも、家からは追い出されてしまった。

 光明と顔を合わせたのだって二度目だし、遥飛に至っては初対面だ。特別親しいわけではどう間違ってもありえないし。


(……会ったその日に一緒に外に出ないかなんて言ってきた人だから、当然といえば当然か)


 きっと、困っている人がいたら手を伸ばさなければ気がすまない性分なのだろう。そのおかげで伊鞠が路頭に迷わなくて済みそうだが、困っている人に手を伸ばせるだけの余裕を持っている二人が眩しく見えて、少し羨ましく思ってしまう。


「そういえば、私はこの後どうしていればいいでしょうか」


「伊鞠ちゃんは俺たちと明日都に発つわけなんだけど。とりあえず今のところは休んでてもらって構わないよ」


 わかりましたと頷く。伊鞠のために部屋が用意されているらしく、そこに一晩泊まらせてくれるらしい。


「伊鞠ちゃん、疲れたでしょ。ゆっくり休んで」


 本当に気が利く人だな、と伊鞠を案内する遥飛を見て思う。場の空気が気まずくならないようにとの配慮だろうか、沈黙を作らず、それに加えて伊鞠にも楽しめるような話題を的確に選んでいるのだろうというのが伝わってくる。


「ここだよ。ベッドは慣れてないだろうけど我慢してね」


 淡い色合いで統一された室内。大きな窓が一つと、そのそばに小さな机に椅子が一つ。ベッドは伊鞠の使っていた布団よりはるかに上等なものだというのが見るからにわかる。


(逆に、こんな場所でちゃんと眠れるかな)


 要らない心配をしてしまうくらいに、環境が良すぎる。


「あとはなんだろうなあ。まあ、何か聞きたいことがあったら聞いて」


「わかりました」


 手をひらひらと振って、遥飛は光明のもとへ戻っていく。

 その後ろ姿を見送り、小さくため息をつく。疲れやら安心やらでどっと気が抜けて、ベッドに倒れ込んだ。ふと目線を横にやると、小窓から射す光は夕焼けの橙色。もうそんな時間かとぼんやりと思う。


(本当にこんなに良くしてもらって良いのかな)


 これは夢なのではないかと勘繰ってしまうくらいに、恵まれすぎている。こんなことが伊鞠に起こっていいはずがない。漠然とした不安が、体を包み込む。

 おあつらえむきに新しい着物まで用意されていた。明日着ろ、ということらしい。

 まるで伊鞠が来ることを予想していたのようだ。


 そこまで伊鞠だって馬鹿じゃない。見返りのない優しさがこの世にそうそうあるなんて思っていない。

 だからこそ、怖くて仕方ないのだ。


「とりあえず、寝よう」


 そんな時は寝るのが一番だ。

 ベッドの中にもぐり込むと、柔らかな布団が伊鞠を包み込む。先程お風呂に入らせてもらったので、ほのかに石けんの香りがする髪の毛が頬をくすぐった。

 目を瞑り、強引に自らの意識を夢の中へと引きずり込もうとする。

 何度か寝返りをうつうちに、心地よいまどろみに呑み込まれていく。それに身を委ね、伊鞠は意識を手放した。


 

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