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4 行くあてが見つかりそうです

 ふらふらと、部屋から出る。老爺が導く方へと歩みを進める。誰かと一緒に歩くのは随分と久しぶりだ。 


「貴方は、なぜ私に敬語を使うのですか。華宿りの私なんかに」


 口から自然と言葉が溢れる。


「もちろん、寒凪家のご息女でございますから」


 なんのためらいもなく、老爺はさも当然、といったように答える。


「でも私は、華宿りです。敬うに値しません」


「そうでしょうか? それでも、私は寒凪家に仕える身ですから」


 伊鞠様だって立派な寒凪家の一員ではないですか、と老爺は続ける。


「初めて、です。そう言われるのは」


「そうですか」


 あの老爺は特段伊鞠に思い入れがあるわけではないだろう。ただただひたすらに、寒凪家に忠誠を誓っているだけ。それでも、すごいと思った。うまく表せないけれど、でも、貫き通せる信念を持つ人が、こんなにも眩しく見えるのだと思った。


 そうこうする間に寒凪家の敷地からはとっくに出ていたようで。老爺は伊鞠を気遣うかのような言葉をかけ、再び来た道を戻っていく。ここから先は自分で行け、ということか。

 おぼつかない足取りで進んでいく。心細くて仕方ないが、もう後戻りする場所は、ないのだから。

 ここは案外街中に近い立地だったようで、少し先には人々が行き交う姿が見える。


「これから、どうしよう」


 持っているのは巾着袋に入っている金貨3枚と、使い古した小さな鏡だけ。金貨がどのくらいの価値があるかもわからないのに、どうすればいいのだろうと頭を抱える。


(でも、一人で生きていくしかないのだわ)


 人々の喧騒。足早に横を通り過ぎていく男性。楽しげに友人と話す少女。まるで別世界に来たみたいだ。伊鞠だけが取り残されたかのようにただただ立ちすくむ姿が、どこか異質に思えてくる。


 すぐそばに、立ち止まって空を見上げている穏やかそうな青年がいることに気づく。

 ただ立っているだけなのに、まとう雰囲気がどこか他の人とは違っていて。風に吹かれればすぐにいなくなってしまいそうな身軽さがあった。


「あの。ここは何処ですか?」


 思いきって、その黒髪の青年に話しかける。青い瞳を丸くした様子を見るに、伊鞠が話しかけてくるのは全くもって想定外、といったところか。


「ここは朱雀国の寒凪領の中心部、蛍雪(けいせつ)。寒凪領だと一番栄えてるところだね」


 ちょっと寒すぎるのが難点だけど、と青年は屈託のない笑みを浮かべる。癖っ毛なのか、あちこちにはねた柔らかそうな髪はどこか大型犬を思わせた。


「親切にありがとうございます。お礼にと言ってはなんですが……」


 こんなことも知らなかった自分の世間知らずさに驚き、こんな時こそ金貨の使いどきではないかと、手に提げていた巾着袋から金貨を一枚取り出す。


「いやいやいや!? 早くしまって。ほら、人に見られる前に」


 言われたとおりに巾着袋に金貨を戻す。いきなり大きな声を出されたものだから、慌ててしまった。


「あのさ、田舎から働き口でも探しに来た子かと思ったんだけど。もしかしてお忍びで来てるお嬢様とか?」


 あの人が持たせたものだから、大した価値はないと思っていたが。金貨はもしかしたら高価なものなのかもしれない。そんな価値のあるものを伊鞠に持たせるなんて、少し意外だ。


「いえ、その、家から追い出されてしまいました」


「……へえ、そうなんだ」


「それで、これからどうしようかと思って」


「うーんと、もしかしたら働かせてくれるかもしれない伝手があるんだけどさ。よかったら一緒にくる?」


 流石にこんな子置いて帰れないしなあ、とつぶやく青年はきっとお人好しと呼ばれる部類の人間だ。

 思いがけず行くあてが見つかりそうで、今まで信じてすらいなかった神様とやらにそっと感謝する。


「よければぜひ」


「よし、決まり。じゃあ行こっか、多分あいつ今頃休んでるはずだし」

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