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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ふわふわパンケーキ☆サマーデー

作者: ひねり

 夏休みを利用して従姉妹の山奈ちゃんに会いに行く。私が高校二年で山奈ちゃんが中学二年。少し年が離れているけれど、本当の姉妹のように仲がいい。兄弟姉妹のいない私にとって、実の妹も同然なのだ。


 会う度に成長している山奈ちゃんに負けぬよう、私もお姉ちゃんらしく振る舞わねば。無様な様態をさらしてがっかりされたくない。移動の電車で何度もシミュレートし、何度もトイレの鏡で身だしなみをチェックした。寝癖なし。サマーセーターやスカートに乱れなし。

 山奈ちゃんの家に到着し、チャイムを鳴らす。


 ピンポーン。

「はーい」

 玄関から出てきたのは私の母の妹で山奈ちゃんのお母さん。つまり私の叔母さん。

「こんにちは。薫子です」

「あら薫子ちゃん。いらっしゃい。ちょっと待ってて、山奈呼んでくるから」

 叔母さんは引っ込むと、バタバタと階段を上がっていく。


 いよいよだ。お正月以来、半年ぶりの再会。気合いを入れなきゃ。みっともないところなんか見せられない。

 再びドアが開き、女の子が顔を出す。


 長い髪、華奢な体つきは人形のようにかわいらしい。淡い青色のワンピースがふわりと風に揺れる。くりっとした目、もっちりとした頬は相変わらず心をかき立てる。


 いまだ。「久しぶりだね、山奈ちゃん」とクールに挨拶をして、半年分成長したかっこいいお姉さん像を見せつけてやるんだ。


「久しぶりだね山奈ちゃあああーん! 会いたかったよ寂しかったよぎゅってさせてええええ!!」

「やかましいです」

 それはそれは見事な正拳突きが鳩尾に入った。



「山奈ちゃーん、待ってよー」

「身の危険を感じるのでもう少し離れてください」

 山奈ちゃんはスタスタと歩いていってしまう。


 せっかくだからということで、電車で二駅隣の町にできたばかりのショッピングモールにやってきた。地方都市にしては広くてハイカラなお店が多く、夏休みということもあって若い人がいっぱい訪れていた。

 山奈ちゃんも来るのが初めてのようで、しきりに歩き回ってはあちこちをきょろきょろ眺めている。かわいい。


「どこか見たいところはある?」

「そうですね。……本屋さんはどこでしょう?」

「えっとねえ……あ、案内板があるよ」

 さすが大きいところではあちこちに案内板が備え付けられている。これで迷う心配はない。

「ええと、あれがこうでそうなってるから……ん、どこだ?」

「ありました。ここですね」

「さすが山奈ちゃん! じゃあどうやって行けば」

「まず現在地を探します……はい、ルート構築できました。行きましょう」

「おお。すごいね山奈ちゃん!」

 さっさか歩いていってしまう山奈ちゃんの後ろ姿は頼もしかった。


 って違うちがう。妹を導けずしてなにが姉か。せっかく有能なところを見せてお姉ちゃんらしさをアピールできるチャンスだったのに。


 人混みの中をすいすいと迷いなく進む山奈ちゃんに置いて行かれないよう、必死に食らいつく。視界から消えそうになると立ち止まってこっちを見てくれる。気配りのできるいい子だ。


 ほどなくして目的の本屋さんに到着した。


「おおー。すごい広いね」

 まるで本棚の森だ。声には出してないけど、山奈ちゃんも目を輝かせて感激している。私はこのくらいの規模の書店は東京でたまに行くので感動は薄いけど、この辺りではお目にかかれない。


「ここなら探してる本もありそうです」

「どんなの探してるの?」

「えっと、ミステリの文庫で」


 話を聞きつつ森を探索する。本がありそうなところの見当はついても棚が多いと探すのも一苦労。今度は私が先に見つけだして優秀さを売り込むんだ。

「ありました」

「早いね!」

 目的は果たされてしまった。常に私の先を行く、恐るべき妹。


 レジに持っていき、嬉しそうに抱えて戻ってきた。

「やっと買えました。近くの本屋さんじゃ売ってなかったんです」

「よかったね。あれ、これ私読んだことあるよ」

「そうなんですか? 薫子お姉ちゃんは東京に住んでるんでしたよね。やっぱり都会はいいな」

「向こうだとタワーになってたよ。こう、うまいこと縦に積み重ねて天井まで届きそうな。話題になるとタワーが作られるんだって」

「へえ。それは読むのが楽しみです」

「犯人がまさか家政婦さんの前の夫で鏡と紐を使った見事なトリックは感服したなー。涙なしには語れない時空を越えた家政婦さんのご先祖の執念が招いた悲劇だったんだよ。まさか序盤で殺された探偵が地獄で修行を積んで蘇るとはいたっ!?」

 凄い目で睨まれて山奈ちゃんに蹴られた。


「しゃべりすぎです」

「ご、ごめーん! 謝るから待ってー!」

 やっちゃった。山奈ちゃんに喜んでもらおうとついつい余計なことまで口走っちゃった。

 隣を歩く山奈ちゃんは目も合わせようとしてくれない。


「つ、次はどこに行こうか?」

「薫子お姉ちゃんの行きたいところでいいです」

 にべもない返事。

「そうだねえ。あ、ゲームセンターがあるよちょっと覗いてみない?」

「はい」


 クレーンゲームやプリクラといったライト層向けのゲームから、ガンシューティング、レース、格ゲー音ゲーなども取りそろえてゲーム好きも満足するラインナップだ。スーパーにあるようなちゃちなゲームコーナーじゃない、立派にゲームセンターだった。


 中学生の山奈ちゃんにはあまり縁のないところだろう。私は高校の友達と放課後にゲーセンを渡り歩くこともあるので、ここは私の領域と言っても過言ではない。

「なにがいいかなーっと。あ、あったあった。ガンシューで協力プレイしよ!」

「いいですけど、私やったことありません。足を引っ張っちゃいますよ」

「大丈夫大丈夫。私が全部やっつけるから!」

「それ、私がやる意味ありますか?」


 人類が滅んだ世界、迫り来るゾンビの集団を退け、危険な街を脱出するサバイバルシューティング。百円硬貨を二枚入れ、ふたりでプレイする。

「お姉ちゃん、これどうしたら」

「ゾンビに向かって撃つべし! 弾がなくなったらリロード!」

「見て覚えます」

 早速ゾンビが襲いかかってきた。見敵必殺、画面に現れたらすぐに撃ち抜く。

「早いですね。早撃ちです」

「ふふん。やりこんでるからね」


 得意げに銃を掲げる。それくらいには自信がある。ひとりプレイでノーコンティニューでクリアしたこともある。今度こそは山奈ちゃんにかっこいいところを見せられるはず。

「さあ、どんどんいくよ!」


 最初のうちは危なっかしい手つきだった山奈ちゃんは私の動きを真似することでコツを掴んでいく。ステージが進んでいくごとに上達し、後半になるとダメージをあまり受けなくなっていた。

「お姉ちゃん、右から来てます」

「は、はいい!」

「お姉ちゃん、リロードは全弾撃ち尽くす前にこまめにやっておくといいですよ」

「は、はいい……」

 経験者顔負けのプレイ。この子天才か。


 このゲームは協力して敵を倒していくものだけど、撃ったターゲットによってプレイヤーにポイントが与えられる。最終的なポイントで勝敗が決まるのだ。


 スコアはすでに追い抜かれている。山奈ちゃんの上達を喜ばしく思うと同時に違和感を覚えた。前にクリアしたときよりも私のスコアが低い? 敵の行動ルーチンも記憶しているものより難しく感じる。


 あ、そうか。ふたりプレイだと難易度が変わるんだっけ。

 その仕様に気づいたのは最終面、ラスボスの執拗な連続攻撃の前に儚くも私のライフが散った後だった。

「後は任せたよ……せめてキミだけでも生き残って……」

「やりこんでるんじゃなかったんですか」


 嵐のようなボスの攻撃をギリギリのところで防ぎ、晒された弱点を的確に撃ち抜く。私が抜けた穴をものともせず、そのままボスを倒してしまった。

「もはやワシに教えることはない。その力を人類の役に立てるのじゃ」

「人類滅んでるんですよね、この世界」

「でもすごいね。ホントに初めてだったの?」

「はい。薫子お姉ちゃんのおかげです」

「さすが我が弟子もとい妹よ」

「弟子でも妹でもないですが」


 なんでもできる山奈ちゃんはすっかり頼もしくなった。昔は何をするにも私の後をくっついて回ってきてくれたのに、今や立派に一人立ちした。もう山奈ちゃんに姉は必要ないみたいで、ちょっと寂しい気もする。


「そろそろお昼だからフードコート行ってみよっか。山奈ちゃん、食べたいものはある?」

「そうですね。見てから決めましょうか」


 ゲームセンターを後に……しようとしたら、山奈ちゃんはクレーンゲームの前で足を止めた。小さいクマのぬいぐるみが並んでいる。


「あれが欲しいの? 取ってあげよっか?」

「クレーンゲームはアームが弱くて取れないものだと聞きますが……本当に取れるんですか?」

「うん。難しいものもあるけど、取れそうなものがちらほらあるね。いい配置だ。良心的なところかもね」

「どうやればいいか教えてください。私が自分で取りたいんです」

 確かに、自力で取れれば思い入れが生まれる。ここは出しゃばらず、やりたいようにさせるべきだ。

「えっとね……あの青いクマならいけそうかな。タグが見えるでしょ? そこにアームの先っぽを入れるんだよ」

「はい。……こうでしょうか」


 一回目はアームの先端がクマの頭を押しつぶしてしまった。二回目となるといい感じにタグを捕らえた。

「やった!」

 喜んだのもつかの間、持ち上がったと思ったらすぐに落下してしまった。


 落胆する山奈ちゃんはすぐに切り替える。

「これで決めます」

 真剣な表情でクレーンを操作し、行く末を見つめる。理想的なアームの動きで、今度こそ完璧に捕らえた。

「やりました!」

 見事クマは取り出し口に舞い降りた。満面の笑みでそれを取り出す。

「初めて自分で取れました」

「よかったねえ」

 クマを手ににっこりと笑顔になる山奈ちゃん。できれば私の力で笑顔にさせたかったけど、その顔が見られるならこれでいいか。



 フードコートは人が多く、とても座れるスペースはなかった。

「外に移動販売とかあるそうですよ」


 掲示板を眺める山奈ちゃんが言った。

 モールの屋外にはキッチンカーが複数台並び、通りすがりのお客が買い求めている。ドーナツ、鯛焼き、チュロス……さながらお祭りの屋台のように並んで、目移りする。

「どれがいいかな。迷うね」

「でもどれも甘いばかりですね。お昼ご飯には向かないですよ」

「あ、見て。ケバブとか焼きそばとかもあるよ。こっちのにしよっか」


 私ひとりだったらドーナツをご飯代わりにしてもよかったけど、山奈ちゃんにはちゃんと食べてもらいたい。

 回転しながらスライスされていくケバブの香ばしい香りを嗅いでいるうちに心が決まった。


「私はケバブにしようかなー。山奈ちゃんは?」

「……」

 山奈ちゃんはちらちらとある方向に気を取られているようだった。それはパンケーキのキッチンカーだった。


 ふっくらふわふわに膨らんだ、甘い香りのパンケーキ。このお店は東京でも見たことがあって、雑誌にも取り上げられたことがある有名店だ。


「へえ、こっちにも来てたんだ。あれがいいの?」

「い、いえ、別にそういうわけでは。ただ初めて見たから珍しかっただけで……」

 目を背けようとしているけど興味津々な様子は隠し切れていない。

「あの……参考までにお聞きしますが、薫子お姉ちゃんはあれ食べたことありますか?」

「うん、あるよ。三十分くらい並んだかな。すっごく甘くって、とろけるようにおいしかったなー」

 ぱあ、と目が輝くのがよくわかる。かわいい。


 微笑ましく思いながら尋ねた。

「パンケーキ食べたい? あれにしよっか」

 一食くらい甘いもので代用してもバチは当たらないだろう。それに、私も久しぶりにあのパンケーキの味を思い出して舌が甘味に染まっていた。

「で、でも私はもう子供じゃないから甘いものを欲しがったりしませんよ」

「別にいいと思うけどなー。パンケーキを朝ご飯にする人だっているし」

「それは欧米の文化の人です。私は純日本人なのでお米を食べます」

「米粉のケーキもあるよ」

「うぐっ……」

 頭を抱えてぐるぐる目。葛藤が見て取れる。


「ふふっ。じゃあお姉ちゃんが買ってきてあげるね」

「い、妹じゃないです。子供扱いしないでください。私はもう中二です、大人です」

「中二なんてまだまだ子供だよ。かわいい妹であることに変わりないさ」

「……」

 急にうつむく山奈ちゃん。どこか具合でも悪くなった?

「どうしたの?」


「私はいつまでも子供でしょうか」

「え?」

「お姉ちゃんが中二の頃、私には年上の女の人って見えてました。私が同じ年になっても、自分では全然追いついた気がしません。このままずっと、お姉ちゃんに追いつけず子供っぽいままでしょうか。お姉ちゃんと対等にはなれないんでしょうか」


 山奈ちゃんが私に頼らず子供っぽいところを見せようとしなかったのはそういうことだったのか。

 大きくなったと背伸びしたかったんだ。


「同じだね。私も山奈ちゃんにお姉ちゃんらしく見てもらいたくて背伸びしてた」

「……でも、同じだっていうなら」

「違うのは、私には山奈ちゃんがいてくれたこと。私が大人っぽく見えたのなら、それは山奈ちゃんがいてくれたからなんだよ。普段の私なんて目も当てられないようなダメっぷり。山奈ちゃんの方がしっかりしてるよ」


 好きな子の前でだけ頑張れる私と、いつでも頑張っている山奈ちゃん。

「だからね、気にする必要なんてないんだよ。私だってまだまだいろんなことに甘えたい子供だし、山奈ちゃんにも甘えたい山奈ちゃんも私に甘えてくれていいんだよ」

「でも、甘えるってどうしたら」

「うーん、とりあえずパンケーキでも食べよっか」


 子供っぽさ、大人っぽさ。体面を気にしないで一緒に甘いものを食べる。

 パンケーキのようにふわふわした私たちだからこそ味わえる、素敵な時間だった。


「ひと口あげるね」

「同じもの注文したんだから自分で食べますよ」

「あーんってしたいんだよ! はいあーん」

「そんなムキにならなくても……あ、あーん」

「おいしい? 今度は私があーん」

「自由な人ですね、薫子お姉ちゃんは」



 午後も遊び倒し、気がつけば帰る時間になった。

 山奈ちゃんを家まで送り届ける。


「今日は楽しかったね」

「はい。薫子お姉ちゃんのおかげです。普段行けないところもいっぱい行けました。それで、その……お礼と言ってはなんですが」

 おずおずと差し出してきたのは、クレーンゲームで山奈ちゃんがゲットしたクマのぬいぐるみだった。

「いいの?」

「はい。プレゼント用に自分で取りたかったんです」

 わざわざ私のために……。感激に胸がいっぱいだ。

「ありがとー! これを山奈ちゃんだと思って毎日一緒にお出かけしたりご飯食べたりお風呂に入ったり眠ったりするね! 神棚も作らなきゃ!」

「いえ、そんなことされても……」


 話し込んでいると玄関が開き、叔母さんが顔を出す。

「薫子ちゃん、今日はありがとうね。それからよろしくね」

「はーい、任せてください」

「何の話ですか?」

「ないしょ!」

 山奈ちゃんは私と叔母さんの顔を見比べ、怪訝な顔になる。


 そろそろ行かなきゃ電車に乗り遅れてしまう。ものすごく名残惜しいけどさよならしなきゃならない。

「また来るからね。夏休みは長いし」

「絶対ですよ。また遊びましょうね」



 こうして夏の一日は過ぎた。 次はいつ会えるだろう。早くてもお盆かな?

 なんて山奈ちゃんは考えているに違いない。


 翌日、私は再び山奈ちゃんの家を訪れていた。

 実は急遽叔母さんと叔父さんが家を空けることになって、その間山奈ちゃんのことを任されていたのだ。山奈ちゃんには私のことは伏せられて伝わっているはず。

 お泊まり用のバッグに中身は完璧。クマのぬいぐるみも入っている。身だしなみもオーケー。シミュレーションもばっちり。


 チャイムを鳴らす。

 玄関が開き、女の子が出てきて、

「はい、どちらさまで」

「久しぶりだね山奈ちゃあああーん! 会いたかったよ寂しかったよぎゅってさせてええええ!!」

 楽しい夏の日は始まるのだ。

(了)

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