後
「うわぁぁあ……っ!?」
チュン、チュンと、鳥のさえずりも賑やかしい朝のこと。
女の子は、あまり女の子らしくない叫び声をあげて駆け出しました。
パタパタ……と、一直線にキッチンへ。
「ママ、見てみて……!」
「あらぁ、すごい」
朝日で明るいシンクに向かい、やかんに水を入れ、お湯を沸かそうとしていたママのエプロンが、ぐいぐい引っ張られます。
おっとりと答えるママと、女の子が一緒になってのぞき込んだのは。
――一冊のお絵かきノート。その見開きでした。
「きれいね……、不思議な絵。あなたが描いたの?」
「ちがうわ」
ぶんぶん、と女の子が首を横に振ります。でも、瞳はじっと絵に夢中。自分が捧げもったノートを、穴が空くほど見つめています。
「パパかしら。困ったパパだこと。怒ってあげる?」
「いい。きれいだから」
おや、とママは目をみはりました。
「お気に入りの色は、ほんのちょっとよ?」
「それがいいって言うか……」
どこか、うっとりとした顔で女の子はほほえみました。
「黒も白も、赤もピンクも。だいだい色だって。こんなにきれいって知らなかったわ。こんな色だったんだね、この子たち」
「そうよー?」
ママはやかんを持ち上げます。カチャン、とガスコンロに置き、つまみをひねると、たちまちボッと火がつきました。
炎は青。中より上はときどきオレンジ。めらめらと踊り、揺れています。
「火も。いろんな色があるのね……」
「そうねぇ。描いてみる? 触っちゃだめよ」
「うん!」
パタン、とノートを床に置いて、女の子はクレヨンを入れた筒を取りに走りました。
ママの足元。
無地の見開きの二ページには広大な宇宙。星空が描かれています。
まわりは柔らかで、つやのある黒。ぬり残したいくつもの小さな丸は白、黄色。ときどき赤。ルビーみたいな恒星でした。
真ん中には太陽。
白、黄色、だいだい色でグラデーションになった球体の周りは惑星です。
そのうちの一つは、大胆に茶色が使われていました。ひときわ大きいので木星でしょうか。
土星の輪はうっすらと水色。氷だからでしょうか。
青は、地球だけに使われていました。
白と焦げ茶、緑も。――紙の手前に描かれているので、少しだけ大きいです。雲と陸地、森の色が細かくぬり分けられていました。なんて上手!
戻ってきた女の子は、大事そうにノートをめくりました。
そうして、新しいページに迷いなく、まずはコンロ台の黒をぬります。やかんは――銀がないので灰色を。炎の色も順番に。
静かに、しゅんしゅんと湯が沸いて、湯気はあたたかく澄んだ白。窓から差す木漏れ日は、葉っぱの色を弾いてきらきらの翠。
すてきな日曜日の朝でした。
* * *
この日から、筒の中のクレヨンたちは少しずつ、まんべんなく減ってゆきました。
夜、にこにこと、同じようにちびっちゃくなる姿を笑いながら背比べ。ときどきは、またイタズラ描きをしたり。
女の子は、どの色もとびきり好きになって、ノート全部を毎日、大切に大切に、いろんな絵でいっぱいにしてゆきました。
絵は、まだまだ好きなのですって。
――ぱたん。
〈おしまい、の音〉
童話、と呼んでいいのかな……?
ゆるっと浮かんだので、書いてしまいました。
お読みくださり、ありがとうございました!