前
ある、子ども部屋でのこと。
夜も更けて、家中のみんなが寝静まったころ、カタコトと音が鳴りました。
まぁるい、筒状の容れ物につめられたクレヨンたちがふるふる、ふるえています。
ノートが勝手に、パララ……とページをめくりました。
「やぁ、はじめる?」
「はじめようか」
一本、二本とお喋りをはじめます。
そう。だれも起きていない夜は、かれらの時間。ちびた水色も黄緑色も、ふわりと浮いて大きなノートの上を転がり回りました。
この家の子どもは女の子。お絵かきが大好きです。
けれど、青い色がことのほかお気に入り。
赤やピンク、オレンジ色はきれいなまま。一度も使われていませんでした。
包み紙が破れて、折れて2本になった双子の青は、声をそろえて言いました。
意外なことに、かなしそうな様子はありません。淡々としています。
『ねぇ。どうやったらあの子、まんべんなく私たちを使ってくれるのかしら』
「……それ、当てつけなの? 青さんたち。今でも新品ピカピカな、わたしたちへの」
じろ、と睨まれたような気がしました。
さすがは女王の貫禄。赤色です。あざやかな夕陽色。熟れた果物のようなチェリーレッド。
青は、こっそり彼女に憧れていました。
なので、やっぱり声を合わせて言いつのります。
『とと、とんでもない!』
「じゃあ――」
「まぁまぁ。待ちなさいな。おふた……じゃない、三本がた」
訳知り顔の緑が、噛んで含めるように言いました。
かれは、まだ三分の二ほど残っています。(包み紙はありません。すっぽんぽんです)
「こんなのはどうだね? 明日の朝、あの子が起きたらびっくりするほど綺麗な絵を残しておくんだ」
「キレイな絵?」
オレンジ色と黄色が尋ねます。
彼女たちもまた、仲良しでした。
「そう」と、重々しく緑色が頷きます。
「あの子はいつも、ぬり絵は青。空も青。お気に入りのアニメキャラの髪も青。はては、ゾウやウサギまで水色に塗っちゃうんだ。このままじゃ先々心配だよ」
『心配? 何が?』
たまに、左右の手で一本ずつ持たれてしまうこともある気の毒な青色が、体を傾げました。
くるん、くるん、と緑が左右に動きます。
「あの子には――世界中が、“青系”一色に見えるんじゃないかってこと。ここに、立派な灰色だっているのにさ。場合によっちゃ、コンクリートの道路だって青く塗りかねない」
「いや、その……。僕のことは……気にしないで。つまみ出されて、行方不明になったりしないぶん、ずいぶんとありがたいんだ」
他のみんなのように落書きをするでもなく、お喋りに興じるでもなく。
紙の端に腰かけた灰色は、ボソボソとつぶやきました。
すると、たまりかねたように跳ね上がり、すっくと立った可愛い色が、かたわらの灰色を見おろしました。
「やめなよ灰色、縁起でもない!」
「桃色さん……、でも」
きっぱりとした物言い。
赤と同じくらい新品で、つやつやのピンク。
包み紙には“桃色”と印字されていますが、今のところ本名で呼んでくれるのは灰色だけ。あとは、みんな“ピンク”と呼んでいます。
元気なピンク=桃色はぴょん、ぴょんと跳ねて緑のそばへ行きました。
「どうする? 何を描く? わたしも混ざれるかしら。あんまり減ると、お化けのしわざかなって怪しまれちゃう」
「そうだねぇ。ピンクがぴったりなのは……リボン?」
「だめよ。あの子、ひらひらしたものやフワフワしたもの、ちっとも好きじゃないわ」
けんけん、ごうごう。
ほとんどの色がノートの中央に大集合。顔を寄せあい話し合いです。
けれど、なかなか決まりません。必ず何かの色がお休みになってしまうのです。
「う~ん……」
やがてしん、と静まり返った机の上。
コツリ、と固い音がしました。みんな、はっと振り返ります。
すんなりとした白と黒でした。
かれらも体は未使用のまま。しかも、どこか超然としています。
それもそのはず。この二本だけは子どもの親が他の店で買った、ちょっとだけ長い油性パステルでした。
――こんなのはどう?
――これなら全部、私たち。
最後にとても静かな二本の声が、窓辺から差す月光のように響いて、あたりに降り注ぎました。