オフサイド
某SF賞の一次通過したものです。特に改稿していません。その回はもうひとつ応募していてそちらがメインだったのですが、しめきりまで数日あったので、もうひとつ応募を、と書いたのがこの作品でした。でも一次を通ったのはこっちだけ。
そんなものかもしれないですね。
例によってペンネームは異なっています。
こうしていると、子供のころ、サッカーの地区大会準決勝試合に出るために乗った路線バスでのことを思い出してしまう。
うちのチームは現地集合で、わたしはひとりで、家から試合会場の市民グラウンドへの路線バスに乗った。ところが相手チームは団体行動でグラウンドへ向かうことになっていたらしく、わたしが乗っていたバスに総勢で乗り込んできたのだ。青いユニホームの上に揃いのパーカーを着てぞろぞろと乗り込んでくる選手たちを見て、すぐに対戦相手だとわかった。
別に見つかったからといって、何かされたり言われたりするわけではなかっただろうが、わたしは見つかりたくなかった。自分の練習用のボールを足元の窓際に追いやり、となりの通路側の席に座っていたおばさんの陰に身を隠すように縮こまり、パーカーの前をきつく閉じ、白地に赤のユニホームが見えないようにして、窓のほうを向いていた。窓の外の景色など目に入らなかった。とにかく、気付かれたくなかった。
相手チームのメンバーは、バスの中のあちこちで数人ずつのグループになって、今日の試合での作戦めいたことを話したり、まったく関係のない遊びの話や女の子の話をはじめたりしていた。
わたしはとにかく、早くバスが目的地に着いてくれることを願い続けた。
ひとつ前の停留所で降りてしまおうか、と考えたりもしたが、それには相手チームの中をかき分けて前のドアまで行く必要があった。結局は、グラウンド前で彼らといっしょに降りることすらできずに、逆に、ひとつ先のバス停まで乗り過ごして、走って会場へ戻ったのだった。
あのときの、まさに「アウェー」な感じが、今のこの状況とそっくりだ。
今、わたしが乗っているのは路線バスではない。わたしも、もう、サッカー少年ではなく、学者としての立場でここにいる。
わたしが今乗っているのは国連の輸送機で、20人ほどの人員を運ぶことができる垂直離着陸機だ。南大西洋の南端に浮かぶアメリカ空母を発進して、さらに南、南極大陸のある地点を目指している。
大きなふたつのプロペラの音はすさまじいが、ヘリに乗るときのようにヘッドホンはわたされていない。客室とは呼べない簡素な長椅子だけの機内には、わたしのほかに六人の学者が乗り込んでいるが、会話をするのには大声を張り上げなければならないだろう。もう、飛び発って30分ほどになるが、会話をする者はいない。
五人掛けの長椅子はフレームむき出しの壁に沿って二つずつ、中央を向いてならんでいる。左舷側の椅子に座っているのはわたしだけで、あとの六人は右舷側に座っていて、中央の積荷を固定するラックを隔てて、わたしと向かい合っている。ただし、六人は互いに騒音の中で感情のやりとりをするように目を合わせることはあっても、わたしと目を合わそうとはしない。
わたしだけが、異質な存在だからだ。
彼ら六人は国連から選ばれた生物進化に関する権威と呼ばれる学者たちだ。わたしは、選ばれていない。
わたしは『同族』側から指名されて加えられた。
なぜ彼らが、わたしのことなんか知っているのかはわからないし、どういう理由で指名したのかもわからない。選んで欲しいと思ったこともないのに。
『同族』、それは二年前に地球に訪れた異星人が自分たちの呼称として名乗った呼び名。その呼び名が何を意味するのかは明かされていない。
おそらくは、宇宙には彼らの同族ではない異種がいて、それと区別するための呼称なのだろうが、地球人類は彼ら以外の異星人を、まだ知らない。
『同族』たちは地球人に数々の科学技術を提供してくれた。見返りを要求しない彼らを訝しんで悪く言う者もあったが、十分に成熟した文明が未開な民族と接触したら、まずは一方的に与えることしかしないものではないだろうか。資源搾取などの行為が行われるのではないかという疑いを受けたくないためか、彼らは地球に降りてこようとしない。唯一の接点として南極の上――それはもう、地球人類の常識では衛星軌道とは呼べるものではないが――に彼らの宇宙船がいて、南極大陸の指定位置に行けば、彼らが船へ拾い上げて会ってくれる。我々が向かっているのがそこだ。
一方的な技術供与と宇宙からの観測だけを行っていた彼らが、はじめて地球人類に要求してきたのが生物進化に関する研究の情報だった。地球の生命が彼らにとって、まったく異質な進化を遂げているからなのか、あるいは、その分野だけは地球文明が長じている部分があるからなのか、詳細は知らされていない。
そうして選ばれたメンバーが、わたしの正面に座っている六人だ。わたしと公開の場で議論を戦わせたことがある相手が、そのうちの三人。あとの三人もメディアや著作物でわたしを攻撃したことがある学者だ。
わたしの学派では、わたしは先鋒と言える位置にいたが、国連は今回、わたしやわたしの仲間を候補にすら挙げていなかっただろう。
彼ら六人や、その他多くの進化論研究者からは、我々は科学者ではない、と言われている。進化が神の選択によらないと考えることが科学的なのだと。彼らに言わせると、我々がやっているのは疑似科学、宗教なんだということだ。
個々の進化に対する研究姿勢に大差はないのに、進化が誰の手も意志も介在せずに勝手に起きている、と信じて疑わない彼らが科学的で、主の介在方法を模索する我々が非科学的だというのは、いかがなものかと思うのだが。
彼らは『同族』がわたしを指名したことを快く思っていないらしい。輸送機に乗り込むときも、こちらに聞こえるように、「宗教が科学を名乗るべきではないことを、忠告してくれるつもりなのだろう」などと言っていた者がいた。
これまでの地球人類とのコンタクトで『同族』の宗教観は伝わってきていない。彼らが宗教心を持っているかどうかも不明だし、地球の宗教に対し、どう考えているかも述べられたことはない。
わたしは宗教者として呼ばれたのだろうか。彼らは無神論者で、宗教心を否定しようとしているのだろうか。あるいは、彼らが、独自の唯一神に対し強い信仰心を持ち、異教徒を改宗させようと考えているのだろうか。
プロペラ音が変わった。輸送機はホバリングに入り、徐々に高度を下げ始めていた。
空母を発艦したときとは、また違った緊張感が走る。いよいよだ。
雪の粉をまきあげて、ヘリポートに輸送機が着陸する。エンジンが止まりきらぬ前に、コクピットから降りた副操縦士が、外からハッチを開いた。冷気が流れ込む。座席の位置的に、わたしが一番ハッチに近かったが、安全ベルトをすでにはずしていた向かいの席の学者たちが、我先に外へ向かい、結果的にわたしは最後になった。
ハッチから一歩外に踏み出すと、キン! とした乾いた冷気が防寒具をすり抜けて肌を刺した。天候はよく、今は夏で太陽も地平近くで輝いているが、その暖かさはここまで届いていないかのようだ。風は強くない。岩肌と雪が半々のまだら模様になってヘリポートの周囲に広がっている。ただ一箇所、ヘリポートの横の直径20メートルほどの円形の台だけが、雪も被らずそこに存在していた。
台は大地から30センチほどの高さで、地球人類が『同族』から教えられた技術で造ったものだと聞いている。
防寒具のため動きが制限されていて、足が思うように上がらない。まるで80センチほどの台に上るようなつもりで、精一杯足をあげると、なんとか台に右足が載った。台の材質は金属とコンクリートの間のような灰色のもので、すべる様子もなかったので、そのまま一気に上に登った。輸送機を最後に降りたわたしだったが、台に登ったのは最初だった。
大きなエンジン音に振り返ると、わたしたちを運んできた輸送機が離陸するところだった。七人全員が台に登り終えるころには、輸送機は地平線近くの点になっていた。
約束の時間までは、そう無いはずだ。わたしは腕時計を見ようと、防寒用手袋と袖をかき分ける。そのとき、台の外側の景色が白く輝く感覚があった。
腕時計を見ようと視線を下げていたわたし以外は、まわりの景色を見ていたらしく、眩しさを防ぐために、強く目を閉じ、手の平で輝きをさえぎるようなポーズになっていた。
わたしだけがまわりを見ていた。弱まっていく輝きの中で、岩と雪のまだらもようにオーロラのような光が被さり、やがてまわりは人工物になった。
どこかに転送されたようだ。50メートル四方の、天井が10メートル以上あるようなホールに、あの円形の台ごと移動したらしい。
壁も天井も床も、半透明の材質で、向こうが透けている。周りを、上も下も、人が歩いたり、立ち話したりしているのが透けて見える。壁や天井や床は、何層にもなっているらしく、重なりが多い方向はだんだん透過性が悪くなって、先が見えなくなっている。まるで合わせ鏡の奥のように。
壁に囲まれた部屋がいくつも見えたが、いずれの出入り口にも扉らしきものはなかった。このホールも例外ではない。出入り口が四方にあるが、扉は見当たらない。
船の中なのだろうか。まるで都市のような。宇宙ステーションなのだろうか。
それにしても、なんとオープンな。隠すつもりはまったくないのだろうか。
「ようこそ、いらっしゃいました」
声がするほうを見ると、三人の『同族』が出入り口のひとつから歩いてくるところだった。
話に聞いていたとおり、目鼻口の配置や顔の形は無毛のカンガルーを思わせる。ただし頭の上の大きな耳はなく、顔の両側面に耳らしい穴がある。体格はサイズも含めて人間とよく似ている。頭も身体も毛はないようだ。灰色を基調にしたスーツに大きな赤や青の三角形の模様が施されているようなのだが、首にしろ手足にしろ、どこからどこまでが肌で、どこからが服なのか判断がつかない。あの模様も服ではなく肌の模様か刺青かもしれない。
三人は顔がそっくりなようでいて、すこしずつ特長があった。また、色の模様は三人三様だった。
「こちらへ。ご案内いたします」
手招きしたところを見ると、しゃべっているのは先頭の一人らしいが、唇が動く様子はない。翻訳器かなにかが発声しているのか、それともそもそも音ではないのか。
立っていた位置が近かったので、今度はわたしが一番先に彼らに続いた。あとの六人は固まって後ろをついてくる。
みな、まわりを見回しながら口をあけて無言で歩いていた。それはわたしもだが。半透明の壁や天井を透かして、およそ300人ほどの『同族』が見えた。また、半透明な中にも、モニタのような光のラインが宿る棚のような部位や、スクリーンのように画像を映している平面を見かけた。
「さあ、こちらです」
案内の『同族』が立ち止まってこちらを向いている。先頭のわたしがそこまで歩いていくと、三人のうちの手招きをしていた一人の『同族』が、わたしの横をすり抜けて、後から来る六人の前に立ち、
「ここにお入りください」
と、半透明な壁に囲まれた10メートル四方ほどの部屋を指す。そこには長径が6メートルほどの細長い楕円形の半透明テーブルがあり、やはり半透明の円柱の椅子らしきものが長い弧に沿って六脚ずつ並んでいた。その一方には六人の『同族』が椅子から立ち上がって、地球の学者を出迎えていた。
わたしの席は無いようだ。
扉の無い入り口を入っていく六人の学者の中には、わたしを一瞥して冷たい微笑みを投げかける者もいた。『同族』の六人は口々に歓迎の言葉を発し、両手を差し出してテーブル越しに握手を交わして学者たちに席を勧めた。わたしを振り返るものはいない。
やがて、挨拶が終わり、十二人がいったん席につくと、部屋の入り口に立っていた案内の『同族』がきびすを返してこちらへ歩いてきた。
彼――性別は不明だが声は地球の男声だった――は、わたしの斜め前で立ち止まり、身体をかがめてわたしの耳元でわたしにだけ聞こえる声で言った。
「あなたはこちらへ。わたくしとお話ししましょう」
彼は通路を隔てた一室へわたしを通した。部屋の広さは向かいの部屋と変わらないようだが、テーブルは円形の小さなものがひとつで、席は向かい合わせでふたつしかなかった。案内に同行していたふたりの『同族』は通路に並んで立ったままだった。警備員かなにかなのだろうか。
勧められて席のひとつに座る。硬いが痛くは無いほどの弾力がある椅子だった。横を向くと半透明の壁二枚を隔てて、学者たちの様子が見える。
地球の学者の一人が立ち上がって、なにやら説明を始めたようだ。『同族』の六人は彼に注目し、熱心に聞き入っている。地球のほかの五人の学者は、『同族』たちの様子を興奮気味に笑顔で見ていた。
なにしろ、われわれ地球人が『同族』になにかを教えるなんてことははじめてなのだから、彼らは誇らしく感じているのだろう。わたしは、そこからは疎外されたようだが。わたしは指名されて呼ばれたのではなかったか?
やはり、なにか説教かクレームのために呼ばれたのだろうか。
「気になりますか?」
正面に腰掛けた『同族』が言った。
「わたしだけ別なのは・・・・・・なぜですか?」
ストレートに訊こうとしたら、やや不満げな声が出てしまった。
「あちらで待っていた六人は、我々の中で自然選択説を推す者たちです」
そこで答えを切って、彼は表情を変えた。微笑み? たしかに笑った。
「そしてわたしは、創造主による進化を研究する者の代表、名前はダフレです」
なるほど、わたしを呼んだのは彼なのか。より、近い考えを持つ者同士で話そうということか。向こうは六人、こちらは一人。ということか。
「ダフレ、あなたが代表ということだが、あなたのほかにもいるということですか?」
今度は感情的な抑揚なく質問できた。
「ええ、何万人も。わたしは、その代表。あちらは、あの六人だけですがね」
え? 何万人と、六人?
「こ、こちらがメジャーなのですか?」
わたしは思わず立ち上がってしまい、ダフレは、また笑った。
「お座りください。そうですね、あなたはここへ来てわたしたち『同族』を何人も見たでしょう? 見分けはつきますか」
「え、ええ。お召し物か身体の一部かわかりませんが、模様が違っているし、顔つきや体つきにも個体差は見受けられます」
席について学者らしくふるまうよう努めながら答えた。
「では、わたしたちは同一種に見えますか? それとも異種の集まりに?」
「それは・・・・・・」ひとつにしか見えない。だが、こんなことを訊いてくるのはなぜだ? なにか異種に見えることがあったか? ここは素直に思ったとおり答えよう。「同一でしょう?」
質問になってしまった。学者らしい言葉ではない。失敗だ。
「実は、わたしにも見分けはつかないし、そもそも遺伝子的に同一種なのですが、我々は五十二の星系の出身者の集まりです。遠いところでは三千光年離れたところに散らばる星系です。移住先というわけではありませんよ。それぞれがそれぞれの星系で文明を築き、宇宙に出て出会ってみたら同じ種だった」
「・・・・・・なるほど、それで『同族』と・・・・・・!」
普通に相槌を打ったあとで、彼の言った意味を理解した。遠く離れた星系同士で、同時期に遺伝子的にまったく同じ種が五十二も発生する、そんなことが偶然で起こる可能性は、いったいどれほど『天文学的』なんだ。
「それだけではないのですよ。どの星系も、生態系がまったく同じなのです。生物を分類する、あなた方の分類でいう『綱』にあたるものがわれわれの分類学にも存在しますが、各『綱』はかならず24種から成り立っています。どの星系も同じです」
「そ、それはたとえば哺乳類が24種しかいないと? それがすべての星で同じ?」
わたしはまた立ち上がっていた。
ダフレはゆっくり頷いた。
「ええ。あなたがたの星を見て、驚きましたよ。すごい数の種ですね。で、わかっていただけましたか? わたしたちの世界は、だれかに造られたものだという考えのほうが、論理的で科学的だと」
納得するしかなかった。彼らの世界には創造主がいらっしゃるのだ。しかし、そうすると、地球は?
「あなたがたにも言えることなのですよ」
ダフレはわたしの表情が曇ったのを見て取ったのか、やさしい口調でそう言った。
「・・・・・・どういう・・・・・・ことですか?」
「遺伝子的に見て、わたしたちの星に存在する生物はすべて、あなたがたの地球に生きる生物と同一の系統樹の先に位置しています。これもまた、偶然で起こることではありません」
「と、いうことは、あなたたちの種を造った創造主は同じようにわれわれもお造りになったと?」
わたしはもう、座ろうとはしなかった。主はやはり居られるのだ。わたしたちをお造りになったのだ。
「ええ、そうです。我々研究者は、この宇宙のどこかに、我々を造った創造主のラボになった星があるはずだと考えてきました。わたしたちの星系には、あなたの地球のような化石がありません。また、各24種以外の種が居た痕跡も無い。研究ではおよそ三万年前、すべての種が、各星系に配置されています。我々は、創造主が我々を造ることを目的に、どこかの星で何億年もかけて生物を進化させてきたのだと考えています。創造主は、我々にもできそうな遺伝子操作ではなく、環境調整による進化のコントロールという手法を取っています。我々の星系の生物の遺伝子に残っている多彩な生命の痕跡が証拠です」
何億年もかけて。まさに神の御技だ。いや、聖書にそぐわないと、また教会から意見されそうな話でもあるが。
わたしが黙って聞いていると、ダフレは話を続けた。
「創造主がなぜ、どうやって進化のコントロールを行ったかについては、仮説ではありますが、有力なひとつの説があります。
五十二の星系が同じ状況で存在するのは我々が創造主にとっての完成形なのだろうという説です。未完成のものをばら撒いたと考えるのは合理性を欠いていますからね。その目的は、おそらく、自分たちの複製を銀河に繁栄させることだったのではないかと考えています。我々が種として完璧なのなら、完璧主義の創造主を想定したのですが、我々は完璧な種とは言えません。なのに完成形とされたのは、おそらく自分の姿を模したものだったからだろう、という理論です。
わたしたちと同じ姿なら、何億年もの寿命はありません。せいぜい数百年。機械かなにかに任せるにしても、数億年というのは長すぎます。どうやって何億年もかけることができたのか、その答えと思われているのがタイムトラベルです。未来への一方通行のタイムトラベルは可能で、我々も実現できそうなところまできています。何千万年かずつ飛ばして、その都度、進化の状況に合わせて環境をいじるわけです。
あなた方に伝わるお話の、創造主が六日で生命を造ったというのは、あながち誇張ではないかもしれないのです。タイムトラベルしている創造主にとっては数日だったのかもしれません。
三万年前、わたしたちを星系に配置した創造主は、おそらく我々がある程度の文明に達するころめざしてタイムトラベルしたのだろうと考えると、創造主との対面が楽しみです。来年かもしれないし、何万年も先かもしれないですがね」
ダフレは、今度は目じりに皺が寄るほどはっきりした笑顔になった。やはり『同族』も人間のようにうれしいときに笑うのだ。
だが、我々はどうなるのだ。『同族』が創造主を模した完成形なら、我々人類はいったい何なのだ?
一度に新しい情報を与えられて、整理がつかないでいた。視線が定まらずあちこち見ていると、ふと、向かいの部屋の様子が目に入った。六人の学者たちは、誰もしゃべっていない。どうやら『同族』のひとりがしゃべっているのを聞いているようだ。その表情は皆、悲痛なものだった。おそらくあちらでも情報交換する中で、『同族』の星系における種の同一性の話になったのだろう。そして地球の系統樹との連続性についても聞いているかもしれない。彼らも創造主の存在を認めざるを得ないだろう。
「どうやらあちらの話は、もう、終わりそうですね」
ダフレは彼らを見ていたわたしに言った。
「そちらの六人というのは、いったいどういう・・・・・・?」
ダフレたちと相容れない学説の信奉者。自分たちの生態系の事実を目の当たりにしながら、なお、偶然だと信じるというのは。
「自分たちが、だれか別の存在によって意図して造られたとは考えたくない、というプライドですかね。すべては偶然だと信じることから学説を構築した・・・・・・擬似科学者たちです。さすがに、地球の話を聞けば、ほんとうの偶然による進化がどういうもので、自分たちの生態系がどれだけかけ離れたものか、思い知ったでしょう」
「地球の進化が、偶然?」
さっきまでの話とちがうじゃないか。
「ええ。一部はそう。そして、大筋は創造主によるものですね」
ダフネがわたしを見る目が、悲しげなものに見えた。何を悲しむ?
「地球は、我々にとって、はじめて異種が存在する星でした。ここを発見したとき、こここそが創造主のラボだと期待したのです」
「ちがうのですか?!」
ダフネの表情はさらに悲しそうになった。わたしのためだ。哀れんでくれている? いったい何に対して?
「地球の系統樹と我々のものを加えたとき、大きな欠落があるのです。これは、地球も創造主のラボから移されたものだということか、さもなければ逆に上澄みだけを抜かれたということになります。ただ、地球の環境は、進化に対して要因が多すぎ大きすぎます。地球がラボなら、創造主はタイムトラベルのような計画された進化への関与ではなく、常駐が必要になるでしょう。予測不能な突然変異と急激な繁殖。そしてあまりにも多い種の出現。おそらく地球はラボから、何度も移された種たちの・・・・・・置き場にされたのではないかと考えられます。何億年、何千万年かごとの創造主のラボへの関与のたびに、そこから・・・・・・移した」
ダフネが言葉を詰まらせているのは、ある単語を言いたくないからだ。
「・・・・・・捨てられた」
わたしがそれを口にすると、ダフネは黙ってしまった。その沈黙は肯定の沈黙だ。
つまり、ここではないどこかに、創造主のラボがあり、そこでタイムトラベルして次の段階に進もうとするたび、創造主の計画にとって邪魔な種が発生していたら、それをそっくり地球に移したのだ。その後地球では、移された種たちが、創造主の計画とは無関係な場所で勝手に進化を続けたのだ。
我々は、主に見放された土地で、勝手に栄えたものたちなのだ。そうしてそこで文明を得た人間は、主の望んだ姿ではなかったと。
「ラボを見つけるか、創造主本人に話を聞くまでは、これはあくまで仮説なんです。たしかに現状に符合する説ですが。――でも、考えてください。種を選別して他の星に移せる力があるほどの創造主なら、その種を単純にラボで滅ぼすこともできたはずです。なのにわざわざ地球に移した。地球生物もまた、創造主の慈愛の賜物だと言えませんか? あなた方には、我々の文明にはない伝承がありますね? ノアの箱舟や世界の創造。それは三万年前にあなたたちが文明を築く兆しをみつけて、創造主がなんらかのメッセージとして伝えたものと考えられませんか? 地球は見捨てられたわけではないと・・・・・・」
ダフレはなんとかわたしを慰めようとしてくれているらしかった。それは伝わってくる。だが、どうしろというのだ。
わたしは、また、言葉を捜す。意志に関係なく、眼球が踊るように目まぐるしく動く。首を横に向けると、向かいの部屋の様子が再び目に入った。同時に、視線が定まった。
六人の学者はうなだれてしまっていた。『同族』の疑似科学者六人も、一様に俯いたままゆっくり立ち上がり、部屋を出ていく。
残された地球の六人は、力なく立ち上がった。
会合は終わった。わたしも帰るべきときか。
「ひとつ、お願いがあります。創造主に会われるか、本当のラボをみつけるかしたら、そのときのことを地球人にも教えてもらえますか?」
ダフレは立ち上がり、わたしの手を取った。
「ええ、約束します。未来永劫、この約束を子孫たちに伝えます」
ダフレの手は暖かかった。それはうれしかったのだが、わたしはひとつのことに気がついてしまった。
「ダフレ。この会合は、現実ではありませんね。あなたたちにとっては、自分たちの24種ずつの種はすべて、創造主の完成品で、大切なもののはずだ。わたしたちと触れ合ったり、地球の大気に触れたりして、生物学的汚染の危険を冒すはずがない」
ダフレはばつが悪そうに俯いた。
「・・・・・・そのとおりです。これは仮想です。あなたたちは、南極に立ったままです。ごめんなさい。『同族』は太陽系を立ち入り禁止としました。また、人類が太陽系を出てくるようなことにならないよう、その方面の技術の伝授も禁じられています」
帰りの輸送機の中、六人はわたしと目を合わさぬようにそっぽを向いていた。そして、互いに言葉も交わさず、わたしの方を見ないくせに、わたしに注意を向けている様子があった。
わたしがなにか声をかけると思っているのだろうか。勝ち誇って意趣返しするとでも。
彼らが感じているのと同じ……いや、それ以上の絶望を、わたしも感じているというのに。
彼らにとっては、単に、信奉していた学説に誤りがあったというだけではないか。学者なのだから、新説に乗り換えればよいだけだ。新事実が旧説を覆すなど、科学には常あること。
だが、宗教心にとっては……。この星の生命すべてが、創造主に捨てられた存在だと、いったい誰にどうやって告げればよいのだろう。わたしが伝えなくとも、いずれ彼ら六人が知ったことを公表すれば伝わってしまう。
おかしな尾ひれがつく前に、わたしの口から伝えなければ。
輸送機の窓の外を見ながら、わたしは、あのサッカー試合の帰りのバスを思い出していた。
準決勝試合のあと、帰りもわたしはひとりでバスに乗り、同じバスに対戦相手の青いユニホームの選手たちが団体で乗り込んできたのだった。わたしはもう、自分のユニホームを隠さなかった。
試合をして顔を知られたからということもあったが、試合に大差で敗れた彼らは、わたしと目を合わさないようにしていたからだ。彼らはうなだれて、中には泣いている者もいた。
わたしも勝ち誇る気にはならなかった。
あの試合で、わたしが先取点として得点したボレーシュート。あれは、オフサイドだった。審判は見逃し、蹴ったわたしも気がついていたのに、自分からオフサイドだったと言ったりはしなかった。
オフサイド――わたしは、本来プレイを続けるべきでない場所でプレイを継続した反則者だったのに。
そして、抗議した相手ディフェンダーが退場になり、そこから試合はワンサイドゲームになってしまった。
オフサイドの自覚があったわたしにとっては、苦い勝利だった。あの日は、行きのバスよりも、帰りのバスのほうが居心地が悪かった。
ああ、そうか。こんなかんじだったな。
了