アスモ
一週間程歩くと魔族達と出会す事が増えてくる。
見掛けは人のようでもあるが、背中には翼があり、肌は黒い。日焼けの黒さとは違い、生物の持つ黒さとは思えない色合いだった。
なんの知識も無い人間が初めて見れば、恐怖を感じるだろう。
魔族というのは、その姿から勝手に人間が付けただけの名前であり、ゼノ様達は自分達をアスモと呼んでいた。
魔獣とは違い、アスモ達には分別がある。
人間を見掛けても、珍しそうに見られるだけで襲ってくることはあまりない。
偶にちょっかいを掛けてくる奴も居るらしいが、「ゼノ様の所へ行くんだ。邪魔をするな」といえばそれ以上は手出しをしないらしい。
「魔族達、アスモ族達とは絶対に戦うな」
子供の頃からそう聞かされていた。
竜程ではないということだが、それでも人間では太刀打ちできないくらいに強いらしい。
旅に出て、今日で十二日目だ。今日中には城へ着くだろう。
あと少しで城へと続く雪原へ出るはずだ。
この辺りは夏でも雪が溶けることはない。雪ではなく氷になっている場所が多いが、そのおかげで人間が入ってくることもないのだろう。
そんな寒々とした森を歩いていると、一体のアスモが突然目の前に現れた。
「おまえ、人間か? どこへいくんだ? 一緒に遊ぼうぜ」
アスモ達は声を出さない。身体の作りが違い、出せないのか知らないが、頭の中へ直接話し掛けてくる。念話というらしい。
これはゼノ様も同じだったので、それ自体に驚きはなかったが、見知らぬアスモが突然現れ話し掛けられた事に少し驚いてしまった。
「お、俺は、これからゼノ様に会いにいかなきゃならないんだ。邪魔をするな」
教えられた通りの返事をするが、ゼノ様以外では城に居る数名と二言、三言、話をしたくらいでしかない。少し緊張する。
「おー。すげー。ゼノ様と会えるのか? おまえ、すごいな」
「すごくはないよ。あんただって話したことくらいはあるんだろ?」
アスモ達はゼノ様が魔法によって創りだし、知能や魔力が高い者を城に残すが、そうでなければ城の外で暮らすように言われるらしい。
目の前に居るアスモは、その基準を満せなかった者なのだろう。
「生まれた時にちょっとだけだよ。いいなー。俺もまたあの城に入ってみたいなー」
城の前にある広大な雪原は、城の外へと追い遣られたアスモ達が入る事ができない領域だと聞いたことがある。
ほどなくして、雪原が見えてきた。
「おまえ、名前は?」
「俺はアルク」
「そうか、アルクか。俺はカウだ。また会ったら今度は遊ぼうぜ」
雪原が見えてくると、カウと名乗ったアスモは飛び去ってしまった。
人から忌み嫌われている魔族といっても、実際に言葉を交わすと人との違いを感じることはない。
その外見から偏見を持って見ている事を実感してしまう。
子供の頃からアスモ達と関わって来た自分ですら、その偏見を多少は持っていた。
雪原に入り、一時間ほど歩くと断崖が見えてくる。
その断崖にある、遠くからは罅割れのように見えていた谷の入口には、一体のアスモが槍を持ち、立っていた。
多分、いつも同じアスモだと思うのだが、同じであるということに確信は持てない。
アスモ達は、よく見るとそれぞれに個性があるのだが、いつも通る時に軽く言葉を交わすだけで名前さえ知らなかった。
「クラニ村のアルクです。ゼノ様へ面会に来ました」
「うむ。ごくろう。入って良いぞ」
軽く会釈し、谷を進む。
いつも思ってしまうが、こんなに簡単に入れて良いのだろうか?
谷を突き当たりまで進むと、さらに高い断崖へとぶつかる。谷の入口や、今歩いている谷の数倍の高さがあるだろう。
その切り立った断崖の中央部分に黒い卵形の城が在った。
皇都やエテラへ行った事が無いので人間の城というものを見た事が無いが、人が作る城もこんな危険そうな建物なのだろうか?
見る度にあんな所へ昇るのかと不安になってしまう。
城の真下には扉があり『昇降機』と呼ばれる部屋が在った。
魔法で動いているらしく、入ってじっとしていると、あの城まで運んでくれる便利な部屋だ。
「クラニ村のアルクです。ゼノ様へ面会に来ました」
谷の入口と同じように、部屋の前に居るアスモへと伝える。
「うむ。場所は判るか?」
「はい。知っています」
「では案内はいらんな。入ってよいぞ」
「はい」
扉が勝手に開き、入ると勝手に閉まる。
部屋が動きだすと身体が下へと押し付けられる感覚が少しだけあるが、すぐに、今度は身体が軽くなったような感覚になり、到着すると、また勝手に扉が開く。
小さな頃からこの昇降機の感覚が楽しくて、この城へ来る唯一の楽しみだった。
昇降機から降りると、大きな広間へと出る。
広すぎて寂しい感じすらする。城の中は閑散としていた。ほとんどアスモ達と会うこともない。
ゼノ様の部屋へは、階段を最上階まで上らなければならない。
城の中にも昇降機を付けてくれれば良いのにと思うが、アスモ達は飛べるので意味がないのだろう。
ゼノ様の部屋は通路から直接行く事はできず、最上階の右奥にあるティルトの部屋を通らねばならなかった。
ティルトはゼノ様の側近だ。いつも部屋に居て、なにか書き物をしている。
部屋のドアをノックすると中から「入れ」と返事があった。
中に入り三度目の同じ挨拶をする。
「クラニ村のアルクです。ゼノ様へ面会に来ました」
こちらを振り向き、訝しそうに俺を見る。
俺は何度も来ているのだが、村の人間を全て覚えてはいられないだろう。側近としては怪しんで当然なのだろうが、こちらとしてはあまり良い気分ではない。
「おまえ一人か?」
「はい」
「そうか、三年前に両親とも死んだのだったな」
「はい……」
意外だった。人間の顔など覚えていないものだと勝手に思い込んでいたが、覚えていて貰えた事に驚き、少し嬉しかった。
「なにを驚いている?」
驚いていた事が顔に出ていたらしい。
「え? あ、覚えてもらっていたことに驚いたのです」
こちらはアスモ達の顔など覚えられない。このティルトでも別の場所で出会えばティルトとは気付かないかもしれない。
「ふん。へんな奴だな」
ティルトの、そんな事はあたり前だという、その態度からすると、村の人間、全員の顔と名前を覚えているのかもしれない。