騎士団
「なあ……リノ……」
「なに?」
「……その……、ロヒから……」
「ロヒ? ロヒがなによ?」
予感はしていた。それが何時くるかは予想できてはいなかったが。
「……ロヒから貰わないか?」
「なにを貰うのよ? もう、判るように話してよ」
「ロヒから、呪いを解く、目と羽と爪……」
「……なにを言っているのか、判ってる?」
「リノは自由になりたくないの?」
「人を殺してまで、自由なんていらないわ」
「人じゃないよ。竜だよ」
旅の帰り、あと数十分もすれば村が見えてくる場所でのこと、兄からの問い掛けは突然だった。
「とにかく駄目よ。少なくとも私は、そんな事に手を貸すことはないわ」
「……」
「おねがいだから、そんな事を考えるのはやめて。ロヒは私達の恩人なのよ。お爺さんの育ての親なのよ。それにロヒが居なければお爺さんはお婆さんと出会わなかったのよ」
「でも、仇でもある」
「本気で仇だなんて思ってもいないくせに……」
「……」
やはり兄はそんな考えを頭の中で育てていたのだ。
この旅は、有益でもあり有害でもあったらしい。
その晩、深夜まで父さんへの土産話をする。
兄が居る所ではあまりしたくは無かったのだが、しない訳にはいかない。
ロヒと竜心の話は、思った程、父さんを驚かすことはなかった。
「やはり……そうだったか」
「知っていたの?」
「いや、知らなかったが、俺なりに考えた事があって、もしかすると渦を持った者というのは竜なのではないかという考えに至ったことはあったんだ」
「そうだったのね……」
「自分でも信じられない結論だからね。確信まではできなかったよ」
「父さん……」
それまでほとんど話しに入って来なかった兄が口を開く。
「兄さん、やめて。そんな考えは捨てるべきよ」
「レモ、なんだい? リノ、レモが話したいと思うのであれば話させなきゃだめだ」
「……」
それから兄はロヒから呪いを解くために身体を貰うという考えを打ち明けた。
「レモ。気持ちは判る。だが私もリノの考えと同じだ。レモの考えに賛同はできないよ」
「でも……」
「ゼノ様は今でも別の方法を考えてくれている。自由がいつかは手に入るという希望は捨てる必要はないが、それでも人の命や自由を奪ってまで欲がるのは、やはり間違っていると思うよ」
兄は諦めてくれただろうか?
兄の思い詰めたような顔からは判断できなかった。
それから三年の月日が経ち、兄はロヒの事を口にすることは無くなった。
私達兄妹が十八になった、ある夏の日の事、隣村から魔獣退治の依頼を受けた。
「今日の退治には皇都から一人、剣士さんが来るらしい。レモ、お前が案内してやってくれ」
「うん。……その剣士さんは役に立つのかな?」
稀にあることだが、皇都などから魔獣退治の視察を兼ねて兵隊さんや剣士さんが来ることがあった。冒険者なども腕試しで来ることがある。
大抵はあまり役に立たないが、それなりに活躍して帰っていく者もいるのでそういう時は楽が出来る。あまり期待はできないのだが。
「さあな。まあ、適当に相手をしてやってくれ」
兄はエテナからの、というよりはヴィファー村からの旅以降も飽きる事もなく剣の腕を磨いている。
今では父さんですら、まったく歯が立たない。
「私は皇国騎士団副団長を務めるヴァラカと言います。今日はよろしくおねがいします」
「はい。こちらこそよろしくおねがいします」
「魔獣というのはあまり馴染がなくて、足を引っぱるかもしれませんが、剣なら任せておいてください」
「はぁ……」
なんだか兄は困っているようだ。皇国の騎士団で、しかも副団長というのだから腕前は確かなのだろう。困ることは無いだろうに。
余所者に魔法やゼノ様の魔導具を見せたくはないので、今日は兄の腕輪を借りることにして、ゼノ様の魔導具は家へ置いてきた。兄は魔導具が無くても魔獣相手であれば十分に戦える程の魔力を持っているが、今日は剣を主体でやるらしい。
ヴァラカさんに対して変な対抗心を持ってしまったようだ。
「それじゃ始めましょう。レモ、ヴァラカさんと右側へ付いてくれ。俺とリノは左へ付く」
森へと入り、すぐに魔獣の気配を感じる。
「そちらへ追い立てます」
そう言って雷光を魔獣の少し奥へと落す。追い立てられた三匹の魔獣が兄とヴァラカさんの前へと飛び出した。
兄は飛び出してきた魔獣達へと一気に間合を詰め、あっさりと殲滅する。
ヴァラカさんは剣を構えたまま、少し驚いた顔をして呟いた。
「へえ……。面白いね……」
父さんが手振りで前進することを伝え、森の奥へと進む。
すぐに次の魔獣を見付け、同じように雷光を魔獣達の奥へと落す。今度は四匹だ。
また同じように森の奥から飛び出してきた四匹の魔獣達へ兄が突っ込むが、今度はヴァラカさんも、ほぼ同時に突っ込んだ。
早さは兄が圧倒的に見えるが、兄が自分に一番近い魔獣を斬る間に、次に近い魔獣をヴァラカさんが斬った。あとの二匹はヴァラカさんの方が近く、兄はヴァラカさんや木が邪魔だったようで前へ出ることが出来ずに、残りもヴァラカさんが仕留めることになった。
一瞬のことで私からは木が邪魔になり良くは見えなかったが、ヴァラカさんもかなり強い剣士なのだろう。
ヴァラカさんは兄へ、挑戦的な笑顔を向けた。
その後も、二人は争うように魔獣達を斬っていったが、数としては互角だろう。
兄は直線的に魔獣へ突っ込み、ヴァラカさんは臨機応変な動きだが無駄がない。対照的な動きをする二人に見えた。
魔獣退治が終わり、森から出るとヴァラカさんが兄へ握手を求める。
「なかなか面白いものが見られたよ。感謝する」
「はぁ……。どうも」
恐る恐る手を出し、握手をする兄。
その手は力一杯握られているのだろう。兄の顔から困惑していることが判った。
「レモ君。皇都へ来ないか? 我々の騎士団へ入ってもらいたい」
兄の顔は困惑から驚きへと変わり、次第に苦悩と悲観が入り交じったような顔になる。
「俺が皇都で……。騎士団の……」
私は慌てて、兄の腕を掴み、握手から引き離した。
「兄さんは事情があって、クラニ村から離れることができないんです。それじゃ、これで……」
そう言って、ヴァラカさんから引き離すように、兄の腕を引っ張りながら村の外へと早足で歩く。
「私は、普段は皇都に居る。気が変わったら来てくれ。遊びに来てくれるだけでも良いから」
ヴァラカさんの声を背中で聞きながら、兄の顔を見ると思い詰めた顔になっていた。
父さんの顔は悲しそうだ。
私の顔は、きっと怒っていただろう。
家へと帰り、夕飯を食べながら、なるべくヴァラカさんの話題にならないように今日の退治の話をする。
「なによ、今日のは。父さんと私ばっかり魔法を撃たせて、一番魔力が強いのは兄さんなんだからね」
私だけが口を開き、必死に話をヴァラカさんから逸らしたが、父さんも兄も食事をするだけでなにも話しはしない。
自分が滑稽に感じてしまって、それ以降は私も口を閉じてしまった。
「ごちそうさま。もう寝るよ」
兄はそう言って部屋を出て行こうとする。
「兄さん……」
兄は足を止めるが、こちらへ顔は見せない。
「おねがいだから……、馬鹿な考えはしないで……」
兄はなにも言わずに、そのまま部屋を出て行った。
次の日の朝、皇都へ行くと書き置きを残し、兄は姿を消した。




