再戦
それから兄は、二週間を全て剣の鍛錬へと費やした。
師範も一日中、付きっ切りで兄へ剣技を叩き込んでいる。あまりにも兄の習得速度が早いので「教えるのが楽しいんだ」と言っているくらいだった。
私は朝の鍛錬以外は、この村独自の料理や、服の作りかた、刺繍のやりかたなどを仲良くなったワランさんの子供や孫と一緒になってやっていた。
これはこれで楽しい。エテナで町を見て回るよりも有意義かもしれない。
お土産はこの村で作った刺繍入りの服にしよう。
自分で作った服を着てワランさんへ見せると「まるでティタ姉さんがそこに居るようだよ」と涙を浮べていた。私はティタお婆さん似らしい。
「それじゃ、お世話になりました」
二週間をヴィファー村で過ごし、いよいよ帰る日となった。
「お世話になりました」
兄も私に釣られたように、別れのあいさつをする。
「またいつでも来てくれ。できれば私が生きているうちにね」
そう言ってワランさんは笑顔で送り出してくれる。
ワランさん一家は皆別れを惜しんでくれた。
クラニ村しか知らない私には、村の外に、それもこれ程離れた場所に親戚が居るという感覚が新鮮だった。
またいつか来よう。
板に乗り、村の入口から飛び上る。
少し上昇し村を振り返ると、見送りに来てくれた人達へと手を振った。
皆一様に、飛んでいる私達二人を見て、驚いた顔をしている。
「あ、私達、飛べること言ってなかったっけ?」
「そういえば二週間、一度も飛んでなかったな」
兄も私も、飛べるようになってからは、毎日、なにかしら用があれば、すぐに飛んでいた。この二週間を飛ばずに過せたのは、村の生活が楽しく充実していたからなのだろう。
来る時は村を探しながら飛んだので時間が掛かっていたが、帰りはすぐに川へと辿り着いてしまった。そこからすぐにエテナの門が見える場所まで飛んで着いてしまう。
エテナには入らず、そのまま北を目指すので、森の中から抜ける必要はないのだが、なぜか兄は東門へと向って飛んでいった。
「ちょっと、どこに行くのよー」
私を無視し、東門へと飛び続ける兄。ほっとく訳にはいかないので追いかけるしかない。
人の姿が見えそうな所まで来ると板から降り歩きはじめるが、やはり東門へと向っている。
「ちょっと、エテナには入らないわよ」
「たのむ、あの道場にだけ寄らせてくれ」
「あの道場? あぁ。あの兄さんが負けたところ……。って、再戦するつもり?」
「ああ、勝っても負けても一戦だけだ」
東門が近いので人通りが多い。こんな所で押し問答は恥ずかしくなるだけだろう。
言う事を聞くしかなかった。
「そんなの見てないで、急いでよ」
エテナの中へ入ると誘惑が多く、歩みが遅くなってしまう。
兄が立ち止まる度に引っ張らなければならなかった。
「あの人、今日居なかったりして」
なんとか辿り着いた道場の前で立ち止まり、そんな事を言ってみるが、兄は私の言葉が終わらない内に道場へと入って行く。
「って、待ってよ」
兄はずかずかと道場の中を進み、前回、道場へ案内してくれた師範の元へと歩いて行くと、唐突に頼み込んだ。
「またやらせてください。おねがいします」
道場内に響き渡るように大声を出し、頭を下げる。
「ああ、君達か……。やるって? 手合わせかい?」
「はい。おねがいします」
私は道場内の皆が兄へと注目しているのを見て、あまりの恥ずかしさに隅に寄って、様子を見ることにした。断られたらすぐに兄を引っ張って外へ出よう。
師範さんは前回、兄と手合わせしてくれた人を呼び、なにかを話している。
許可が降りたらしく、兄は荷物を置き、木刀を受けとると、真剣な眼差しへと変わっていった。
「今日は君もやるかい?」
いつの間にか私の横に立っていた師範さんが訊いてくる。
「いつのまに……。いえ私は付き添いだけです。あ、ごめんなさい。勝手に入るわ、無理なお願いをするわで……」
「それは構わないが、彼、なにかあったの。前回来たときとはまるで別人のようだね」
「前回負けたのが悔しかったみたいで、この二週間、必死に修行したみたいです。多分、前回とは違う展開になると思います」
「ほぉ。それは楽しみだね……」
私ですら兄は強くなったことが判る。
それほど、この二週間での鍛錬は兄を鍛えてくれていた。
手合わせの序盤は、互いに打ち込んだ剣を受けたり、避けたりで様子を見ているように見えたが、あきらかに兄は本気で打ち込んでいない。
それは相手にも判っているらしく、私から見たその顔は怒りで冷静さを失っているようだった。
「君達、ヴィファー村の人?」
「え? ヴィファー村を知っているのですか?」
「うん。まあ、俺の親があの村の出身なんだ。……あれは萎竜賊流剣術だろ?」
ヴィファー村を出て、外の町で暮らしている人がいる事を初めて知った。やはり似てはいてもクラニ村とは違うことを思い知る。
「ヴィファー村の者ではありません。でも、萎竜賊流ではあります。あまりちゃんとした指導を受けた訳ではありませんが」
「え? あれで指導を受けてないの?」
「あ、この二週間は受けていました。兄だけですが」
「なるほどね。元の基礎が出来てたから、二週間であれだけ上達したということか」
「はい。そうらしいです」
兄がいつもの下段の構えに入る。少し顔付きが変わった。その刹那「たんっ」という音が兄の方からする。
兄の剣は相手の左脇腹を捉えていた。
「……まいり……ました」
悔しそうに、絞り出すように言う対戦相手。
ヴィファー村で何度も練習していた、竜を倒すための、常人を超えた瞬発力での突進だった。
人に対しても有効であれば使う事になるだろうが、あの技をロヒとお婆さんが両方同時に使ってしまった所為で、不幸な事故が起きてしまったのだ。あまり自覚はしていなかったが、私はあまり好きになれない。
道場から歓声が起きる。
道場内の数人が兄へと近づき、兄を囲むと話が盛り上りだす。
「いけない。急がないと」
兄の側へと駆け寄り、腕を引っぱるが、驚いたように抵抗された。
「兄さん、気が済んだでしょ。急ぎましょ」
「え、でも、他の人ともやりたい……」
「やくそく、忘れたわけじゃないわよね?」
一戦だけという約束だ。これは絶対に守ってもらう。
「え? もう行っちゃうの? 次は俺がやりたかったんだがなぁ……」
師範さんの言葉に兄の顔が輝いた。
「ごめんなさい。これから村へ急いで帰らなきゃならないんです。ほんとうにごめんなさい」
そう言い残し、急いで兄を引き摺るように道場から逃げ出した。




