萎竜賊
ティタお婆さんの弟という人が今のヴィファー村の村長でもあるらしい。
この村の村長というのは、すなわち萎竜賊流の総代であり、代々萎竜賊流を継承してきた家の当主でもあるそうだ。
自分達との続き柄はなんというのか判らないが、お爺さんと呼ぶのも変な気がしたのでワランさんと呼んだ。
私が賊という名前から想像した村の人々とは違い、皆、優しい方々ばかりで、村へ入る前に持っていた不安は杞憂に終わった。
深い森に住み、その厳しい自然の中で暮らす人々は、私達クラニ村の人々と通じるものを持っている気がする。
私達はワランさん一家から大歓迎され、その夜は村長一家で宴会を開いてもらった。
楽しい宴ではあるけれど、やはり報告すべきことはきちんとしなければならないだろう。
「本当はもっと早く来て報告しなければならなかった事なのですが、……三十四年ほど前に、ティタお婆さんは、ロヒという人に殺されたそうです。報告が遅くなってしまってごめんなさい……」
こんな話題は兄にやってもらいたかったが、目の前に出された珍しい料理を食べることに必死で、話などしそうにない。
「ああ、知っているよ。ロヒはその事故の後、ここへ来て父に、つまり君達の曾祖父さんにあたる人へ報告していったからね」
父さんは「お婆さんのことはロヒ自身が伝えていると思う」と言っていたが、その通りだったようだ。それでも私達自身で報告する義務があるだろう。
「曾祖父さんは怒らなかったんですか?」
「もちろんまったくの平常心とはいかなかっただろうけど、怒るということはなかったよ。怒りよりも、深く悲しんでいたと思う。それは私も同じだったがね」
その時の事を思いだしているのだろうか。ワランさんはとても悲しそうな顔をしている。
「それにロヒも私達と同じように悲しみ、苦しんでいたし、自分自身を許せないでいたようだからね。『私を殺してくれ』と言っていたよ」
「そうですか……」
「君達が今日来た理由は、ロヒの居場所を知るためかい?」
「え? いいえ、そんな事、今更知っても……、って、ロヒってまだ生きているんですか?」
「ん? ……あぁ、そうか……。君達はロヒが……」
ワランさんはなにかを考えている。ロヒが生きているとすれば、今は何歳なのだろう?
「一つ訊くが、君達はロヒを殺すためにこの村を訪れたのかい?」
「いえ、まったくそんな気はありません」
「そうか。それじゃ居場所も知る必要はないね?」
「はい。生きているとも思っていませんでしたから」
「……やっぱりそうか。うん。それならロヒの話はここまでで良いな」
なんだか腑に落ちないが、ロヒは生きていて、なにか秘密があるらしい。お婆さんの仇討ちをすると言えば教えてくれそうだが、そんな事をしてまでロヒの秘密を知る必要はないだろう。
「そうだ。萎竜賊という名前、どうして萎竜賊なんですか? あまり、その、まっとうな人が名乗るような名前じゃありませんよね?」
この村の人々や目の前のワランさんが優しい人に感じ、ずばりと訊いてみた。
話を聞いていた周りの人達からどっと笑いが起る。
「あははは。そうだね。まるで山賊か盗賊だな。ははは」
「へへへ……」
やっぱり当の萎竜賊の人々ですら、そう思っていたらしい。ここで私が大笑いするのはさすがに気が引けるので控え目の笑いで誤魔化した。
「その昔、この辺りには、といっても今もそうなのだが、――――」
ワランさんの昔話が始まった。
昔、この辺りには、数頭の竜が住んでいた。
その竜達は、人間なんて動物の一種くらいにしか思っていないので、簡単に人々は殺されていた。
人間の抵抗など竜にはなんの問題にもならない。毎日のように面白半分でやっているかのように村人が竜に殺されていた。
ある日、村の若者が、そんな日々に耐え切れず、竜に対抗するため、もっと北に住んでいる竜へ助けを求めることになった。
北へと旅立ったその若者は、ある竜と出会い、対抗する方法を訊き出そうとするがその竜は知らんと言って相手にしなかった。
半年程その竜の側を離れなかった若者に、根負けした竜が言う。
「私が直接手を出すことはできない。
しかし、お前が望むのであれば、対抗するための力をやろう。
ただし、その力を手に入れるには途方もない程の激痛に耐えなければならないし、その力を手に入れたとしても簡単には竜を倒すことはできないだろう。
それでも良いと言うのであればくれてやるが、どうする?」
そう言って若者に選択させた。
もちろん若者はその力を貰うことを選んだ。
竜は『人の姿』になると、若者が持っていた剣を借り、その剣で若者の両腕を切り落とし、気絶した若者の両目を刳り貫く。
そして今度は、魔法を使い、両目と両腕を再生させた。
両目と両腕を再生された若者は、再生した部位が身体に馴染む数カ月間、死んでしまいたくなる程の激痛に堪えなければならなかった。
そうして得られたものは、通常の人間では得られない魔力と、『竜心』を見ることができる目だった。
竜心は竜が持つ魔素を循環させる為の器官だった。
その竜心を壊す事ができれば魔法生物である竜は死ぬ。
村へと帰った若者はその目と魔力を使い、この辺りで暴れている三体の竜を殺すことが出来た。
それ以降、竜がこの村を襲うことは無くなった。
その後、若者は村長となり、剣を使って竜心を破壊する為の剣術を後世へと伝えるが、竜という種族もまた生き物であり、その命を奪うということは、即ち『賊』である。
戒めの意味を込め、その剣の流派一党を『萎竜賊』とした。
「――――という話だよ。まあ、今では魔力も竜心を見る目も失われているがね」
「その竜心……」
ワランさんの話から、これまでぼやけていた事柄に焦点が定まり、はっきりと見えたような気がした。
「竜心がどうかしたのかい?」
「多分、私、見ることができるのだと思います」
遠い北の村から来た前村長の孫の言葉に、集まっていた村長家族は言葉を失い、宴会場は静寂につつまれた。




