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切望する魔  作者: 山鳥月弓
レモとリノの章
34/40

村探し

「萎竜賊の村へ行こう」

 エテナ二日目の朝、朝食を食べながら話す兄の言葉に、食事の手が止まる。

「ヴィファー村、だっけ? 朝から探せば夕方までには見付けられるよな」

「エテナは見て回らないの?」

「……リノが言っていたじゃないか。エテナに入る前に行ったほうが良いって」

「うん。もうエテナに入って二日目だけどね」

「……」

「……」

 別に私は行かないとは言っていない。一旦エテナへ入ってしまったのだから、二日くらいをお婆さんの村へ行くのに当てれば良いと思っていた。


「俺さ……」

 多分、昨日の事だろう。

 負けたことを気にして、萎竜賊流の師範にでも手解きをお願いしたいとでも思っているに違いない。

「同じくらいの歳の奴なんかに負けるなんて思ってなかったんだ」

 村で一番強い父さんに勝ったことがあるくらいで、なぜそんな尊大な思い込みができるのか、私には理解できない。

「同じって。昨日の人、十八歳だって言ってたわよ。三歳も上よ」

「三歳しか違わないよ」

 相手はほとんど大人と言っても良い体格で、兄はまだ背丈も伸び切ってはいない。

「……いいよ。俺一人で行くから……」

「行かないなんて言ってないでしょ。まったく……」

 今日は東門を目指して歩くことになった。

 エテナへは戻ってくることが出来るだろうか?


 東門へ辿り着く頃には昼になっていた。

 珍しいものの前を素通りできる訳がなく、急げば一時間くらいの道程を三時間も掛けて歩いてしまった。

 今日も兄は口数が少ないが、店先に並べてある剣を見付ける毎に立ち止まる。

 昼食を東門近くの食堂でとり、いよいよお婆さんの村を探すために東門を出た。

 エテナの町は、北区と東区の大きな通りを歩くだけで終わってしまった。


 エテナの東門を出て、飛んで南下するとすぐに大きな川が見えてくる。

 大きすぎて対岸は微かにしか見えない。

 ざっと見渡しても渡れるような橋はなかった。この先へ行くには船を使うか、泳いで渡る他にないようだ。

 私達は飛べるが、森しかない川向うへ、わざわざ渡る物好きは居ないのだろう。

 川を越えると巨大な森林になっている。

 少し高く飛んだくらいでは森林の果ては見えない。見渡す限り、森の海だった。

「もっと高く飛ぼう」

「え? ちょっと待ってよ」

 高く飛んだ兄を追い掛けて高度を上げる。

 上を向いた状態で上昇するのは少し怖い。視界に空しか無いと、まるで空の上へ落ちているような変な感覚があった。


 上昇していると兄は南東へと進み出したようだった。上しか見ていないと地上での方向を見失ってしまう。

 とりあえず兄を追い掛けるように飛ぶが、段々と兄は速度を上げているらしく、まったく追い付くことができない。

 どれくらいの時間をそうやって飛んでいたのだろうか。かなりの速度で飛んでいたのは風を切る感覚で判るのだが、対象物が空には無いため、本当に自分が進んでいるのか不安に感じるほどだった。

 やっと兄が速度を落したらしく、段々と近づいていくことができた。

 横に並ぶころには兄は完全に止っていた。兄の視線の先を見ると少しだけ開けた場所がある。

 あれがお婆さんの生まれた村、萎竜賊の村、ヴィファー村だろう。


「いきなり村の中に降りるのはやめましょ。あまり外との交流が盛んな村じゃなさそうだし、目立つことはしたくないわ」

「そお? 関係ないと思うんだけどな」

「だめよ。村の外に降りて歩きます」

「……はいはい」

 村の近くを低く飛び、村へと続く道を探す。

「あ、あそこ、降りましょ」

 道というほど道にも見えないが、一応は村の門へと続いている道らしき場所へと降り、村へと歩きだした。


「昔から気になってたんだけど、『萎竜賊』ってなんだか変な名前よね」

「そう? 竜を()えさせる賊だろ」

「いや……。そうなんだろうけど。『賊』が気になってるのよ。山賊や盗賊なんて自分達で付けないでしょ」

 お婆さんの萎竜賊流というのは竜と戦うための流派だと、お爺さんから聞いたことはある。その辺りから出た名前なのだろうが、自分達の事を『賊』というのが気になっていた。

「さあ? 行くんだから訊いてみたら?」

「訊けるかしら? 優しそうな人達ならいいけど……」

 『賊』などという名前から優しい人達を連想することは、私には出来ない。自分の肉親なのだから、そこは信用するしかないだろうが、さすがに少しだけ不安はあった。


 村へ入るとすぐに村の人間と出会った。

「あんたらなんだい? 迷子か?」

「いえ。この村、ヴィファー村でしょうか?」

「ん? ……ああ。そうだが……」

「えっと、中へ入れてもらっても構いませんか?」

「……誰に、どんな用事だい?」

 かなり怪しまれているようだ。


「私達、別に怪しい者ではありません。この村の……」

 なんと説明すれば良いのだろう。

 四十年も前に、この村を出た人間の家族に会いたい。こうだろうか?

 私がなんと言うべきかを考えていると、相手から話しだす。

「用が無いならすぐに消えた方が身の為だぞ。この村の人間は用心深いんだ。簡単にどうぞと入れる訳にはいかないんだよ」

 そう言いながら剣の柄を握る。


「待ってください。本当に怪しい者じゃないんです。ちゃんと話をしますので聞いてください。兄さんも剣から手を離して」

 兄までも剣の柄へと手を伸ばしている。

 なにを張り合っているんだ。馬鹿兄貴。

「昔、四十年くらい前に、この村に居たティタという女の人のことなんです。私達はその人の孫で――――」

 話はなんとか通じたようだった。自分達が知っている村の話を並び立てて、なんとか村の中へと入れてもらうことができた。


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