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切望する魔  作者: 山鳥月弓
レモとリノの章
33/40

敗北

「早く行こう」

 エテナの町の門が見えると兄は駆け出す。

「え? ちょっと待ってよ。はなしが……。もう……」

 昨日の話の続きは出来そうにない。

 朝から何度も話を切り出そうとするが、今日、エテナに入れると思うと気が急くらしく、話そうとすると途端に移動を始めていた。

 もしかするとお婆さんの村へ行くのを嫌がっているのかもしれない。


 門を潜り、エテナの町へと入る。

 広い。大きい。

 遠くの高い場所に宮殿のようなものが小さく見える。多分あれがエテナ宮だろう。

 建物はどれも高く、通りには多くの人が行き交っていた。

「お祭りでもあるのかしら?」

「……」

 兄は都会の風景に圧倒され感動しているらしい。


 ぼんやりと突っ立っている兄を引っ張って、案内板へと近づき、自分達が居る場所を確認した。

「この辺りに宿屋が沢山ありそうよ。まずはここを目指しましょ」

 兄はまだ風景に圧倒されているようだ。私の話も耳には届いていないようだった。


 宿屋がありそうな所へと町を見ながら移動する。

 兄は珍しいものがあるとすぐに立ち止まるので、二時間かかっても目的の場所まで辿り着けない。

 まあ、私も珍しいものがあると見てしまうので、あまり兄ばかりを責められないが、そろそろお腹が減ってきた。埒が明かないので、宿屋まで兄を引っ張って行こうとすると、その兄が見当らない。

 兄の姿を探そうと、来た道を振り返ると人が集まってなにかを見ている。

 大道芸でもやっているのかと思って、その人の山の中を覗き込むと兄が剣を抜いて下段に構えていた。お爺さんに教えてもらった構え方で、兄は好んで使っている。

 喧嘩をしているらしい。


「すみません。通して……」

 止めるために近づこうとしていると、兄の姿がふっと消える。

 多分、相手に突っ込んでいったようだ。

 やっと人込みを抜けて相手の姿が見える所まで出ると、既に勝負は決着しているらしく、兄が剣を突き付けている相手は、剣を手放し、両手を上に挙げていた。

 相手は三人いたらしいが、他の二人も同じように剣を捨て、両手を挙げ、悔しそうに顔を引き攣らせている。

 側まで駆け寄り、兄の頭を拳骨で殴る。

「馬鹿兄貴、なにやってんのよ。目立つことするなって父さんから言われてるでしょ」

 そのまま襟首を掴んで、引き摺るように宿屋へと向かった。


 この町は剣を携えている人が多い。見るからに、ただ携えているだけで抜いたことも無いのではないかと思うような人もいる。

「あんなの弱い者いじめじゃない。剣を抜く必要なんてないでしょ」

 ただの町の不良が三人、私から見ても弱そうな相手だった。素手でだって勝てるだろう。

「だって……、相手が先に抜いたんだぞ」

 兄だって、この町を歩いている剣士達のほとんどが似非だということは判っていたはずだ。

「張り合う必要ないでしょ。まったく……」

「もしかしたら弱そうに見えて強いかもしれないじゃないか」

 嘘だ。どう見ても弱い相手だった。

 兄はただ剣を抜き、相手を捻じ伏せたかっただけだ。

「戦うなと私は言っているの。初めから相手にしなきゃいいでしょ」

 宿屋を決め、昼食をとるまで問答は続いた。


「なんであんな奴等が町で楽しそうにしているのに、俺は田舎で畑仕事なんてしなきゃいけないんだ……」

 昼からも荷物を宿に置き、町を見て回る。

 数人の剣士の卵なのか、道場らしき場所の庭で木刀を振っている人達を見ながら、愚痴る兄。

 剣の腕では兄や父さんに遠く及ばない私から見ても、あまり真剣に剣の道を目指しているようには見えない。一振り一振りが、ただ惰性で振っているだけで、その振りはなにかを斬るための動作には見えなかった。

 私達兄弟のように、魔獣を斬るためという、日常に直接影響するような人でなければ、それほど真剣にはなれないだろう。

 もちろん、今はあんな振りでも、なにかを切っ掛けに、本当の強さを手に入れる為の振りに変わることはあるかもしれない。


「君達、興味があるなら中で見ていくかい?」

 練習風景を見ていると道場の人から声が掛かった。

「いえ……」

 断ろうとするが、兄は私の声をかき消すほどの声で答える。

「はい。ぜひ見せてください」

 道場なんかで立ち止まるんじゃなかった。


「へぇ。君達、初心者というわけではなさそうだね」

 見る人が見れば判るらしい。まあ私でも、その人が強そうだと判るので同じ感覚なのだろう。

 道場の中には十名程の人が居て、外の人達とは違い、皆、真剣に剣を振っている。そこには殺気すら感じ取れる。居る所には居るものだ。

「見るだけじゃつまらないだろ。どうだい、手合わせしてみないか?」

 冗談じゃない。観光気分を壊さないで欲しい。

「はい。ぜひ」

 私が声を出す前に兄は嬉しそうに目を輝かせて答えていた。

「ちょっと、大怪我して帰れなくなっても知らないわよ」

 兄だけに聞こえるように小声で言ってみるが、私の声は聞こえていないようだ。


「君は?」

「いえ、私はやめておきます。みなさん強そうですし……」

「ははは。強い者とやるほど自分も強くなるものだよ。どう?」

「いえ、やっぱりやめておきます……」

「そう。残念だね」

 ふと兄を見ると、既に木刀を持ち、道場の人と対峙している。相手は兄より年上に見えるし、かなり強そうだった。

 兄はいつもの下段の構えだ。

 次の瞬間、打ち込んでいく。一瞬で間合に入り、それと同時に下から斬り上げるように剣を振る。

 私はこれを受ける事が出来たことがない。

 相手は、それを受けず斜め後ろへとすっと避ける。

 判っていても私には出来ない芸当だ。

「たんっ」という音と共にその相手の姿は兄の間合に入っていて、兄がやったように下から斬り上げる。

 剣は兄の左脇腹を捉えていた。

 兄の、これほどまでに悔しそうな顔は見たことが無いかもしれない。


「さっき、中に誘ってくれた人が道場の師範さんなんだって。それで兄さんが負けた人はこのエテナの同年代で負け知らずらしいわよ。敵わなくて当然よ」

 道場を出てから兄はまったく口を利かない。負けた事がかなり堪えているのだろう。

 正直、良い薬になったのではないだろうか。

「……俺、先に宿に戻ってるよ」

 そう言って宿屋とは反対方向へと兄は歩き出す。

 薬が効きすぎているようだ。

「そっち、反対だから。宿はこっち」

 一人にする訳にはいかなそうだ。


 宿に着いてすぐに兄は出て行こうとする。

「ちょっと剣を振ってくる」

「なにもエテナに来てまでやることないでしょ」

 それには答えず、部屋を出ていってしまった。

 今はほっとくしかない。下へ降りた兄は宿の裏庭で剣を一心に振りだしていた。


 エテナ周辺はクラニ村周辺とは違い、空が晴れていることが多いようだ。曇った空を旅に出てからは見ていない気がする。

 部屋は三階にあり、窓からは遠くに海が見えた。

 部屋に居ながら潮の匂いがする心地良い風に吹かれていると、これは旅先であり日常ではない事を実感する。

「これはこれで良いかも」

 エテナへ到着したことで旅の一段落が着いたと感じていた。


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