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切望する魔  作者: 山鳥月弓
レモとリノの章
30/40

魔素

「それじゃ行こうか。ゆっくりと飛ぶけど、早かったら言ってくれ」

 父さんを先頭に三人が一列になって飛ぶ。

 私はなにかあっても判るように真ん中にされてしまった。別段、それに文句はないが、一番下手だと言われているようで、なんだか嫌でもあった。


 ゼノ様の城へは海を突っ切れば一日で着くので兄は海を飛びたいと言っていたが、父さんからまだ危険だと言われ地上を飛ぶことになった。もちろん私も反対した。

「父さんは初めから海の上を渡ったんだよね?」

「ああ、それまでかなり練習したからね。二人はまだ一週間くらいだから危険だよ」

 父さんと兄は飛びながらでも問題なく会話ができているが、私はまだそんな器用なことはできない。飛ぶ事に集中しなければすぐに墜落してしまう。

「俺は平気だよ」

「そんな事を言っていると落ちるぞ。もう平気だと思う頃が一番危ないものさ」

「俺はそんなへまはしないけどなぁ……。ほら見てよ。こんな飛びかただってできるんだぜ」

 父さんが私の後ろを飛んでいる兄の方へと顔を向けた。私は視線を後ろになど向けられないので兄がどんな飛び方をしているのかは判らない。

「ほぉ。かなり上達したんだな」

 父さんが感心したように兄を褒めた。

「もう、二人とも煩い。飛ぶことに集中させてっ」

 黙って聞いていれば、なんだか私が駄目な人間だと言われているように聞こえてしまう。

 確かに、話に入れない程に飛ぶことだけに集中しなければならないので、下手なのはその通りなのだが、兄の言葉はなんだか私を苛つかせた。


 夜になり、風が凌げそうな場所を見付けて、今日はそこで眠ることにした。

「父さん、まだ起きてる?」

「ああ、なんだ」

 兄が父さんへと話し掛けている。

「父さんはクラニ村から出て行きたいとは思わなかったの?」

「……思っていたな。お前達くらいの歳であれば、大抵のやつは、皆思っていることだろうさ」

「二ヶ月くらいなら魔獣の森から離れていても問題ないよね? なんとか町で暮らすことはできないのかな? 誰か挑戦したこと無かったの?」

「二ヶ月毎に町と往復するのかい? もし、その町で怪我したり病気にでもなったりしたら、森まで帰ってこられない可能性もあるし、危険なことに変わりないだろうね」


「やっぱり左腕か……」

「……昔、ゼノ様にどうにかならないかと訊いたことがあるよ」

 その父さんの話に、横になっていた兄は飛び起きる。

「ほんとに? ゼノ様の答えは?」

「あはは……。もしもお前が竜を倒せるのであれば、可能かもしれない。そんな解決方法だったな」

「本当に? 希望はあるってこと?」

「おいおい、竜を倒す気かい。それに村の皆じゃない。多分、俺とお前達二人だけだ」

「それって、お婆さんの血を受け継いだ者だけってやつ?」

 その話は昔、少しだけ父さんに聞いたことがあった。

「俺は魔素が見えないから、駄目なんじゃ……」

「いや、お前もしっかり受け継いでいるよ。ゼノ様から聞いた話だ。間違えないだろう」


「そうか……。竜か……」

 兄はそう呟き、横になる。

「二人とも竜退治をするなんて言い出さないでよ」

 都会に憧れるあまり、竜へ戦いを挑むような、そんな馬鹿なことはしないだろうが、少し心配になってしまい二人の会話に割り込んだ。

「俺はもう、母さんと結婚し、お前達が生まれた時点で、そんな事は考えなくなったから大丈夫さ」

「父さんは、それで良いの? それで幸せなの?」

 兄は諦めるつもりは無いようだ。

「言ったろ。お前達が居れば幸せだよ」

 くすぐったくなる父さんの言葉は私を安心させてくれた。

 兄も父さんと同じように、結婚し子供が生まれるまでは都会への憧れを断つことはないのだろう。


 ゼノ様の城には出発から三日目に辿り着いた。

 私がもっと早く飛べれば二日で着いていただろう。

 この三日で飛ぶのにもかなり慣れたので、帰りは二日で帰ることが出来るのではないだろうか。


 ゼノ様との面会はいつものように父さん、兄、私の順番に腕を見られる。

 父さんの話では、一応は、この腕の呪いを解く方法を模索しているらしいが、ゼノ様の研究という意味の方が大きいらしい。

 人からは魔王と呼ばれるだけあって、ゼノ様の姿は人の形に似ているが、やはり見た瞬間に恐怖を感じる。

 今はそれほどでもなくなってきているが、それでもやっぱり恐怖は感じた。特に私はゼノ様が纏っている魔素の靄が見える為か、兄よりも恐怖感が強いようだ。

 父さんの話だと、その恐怖心は有った方が良いらしい。「あまり人と同じように接しすぎるのは危険かもしれない。ゼノ様は魔王と呼ばれる存在だ。怒りを買えば人間なんて一溜りもない」そう言っていた。


 ゼノ様の纏っている魔素はいつも刻々と変化している。色や纏わり方は、ゼノ様以外のアスモ達とも違い、独特で、靄そのものが一体の生き物のようですらあった。

「ゼノ様、その……訊いても良いですか?」

 恐る恐る訊いてみる。私から話し掛けるのはこれが初めてだろう。少なくとも記憶にはなかった。

「ん? なんだ?」

「ゼノ様の纏っている魔素は、なぜ他のアスモ達と違っているのですか?」

「そんなに……、違うか?」

 そう言いながら自分の身体を見るゼノ様。

「はい。違って見えます」

「ほう。……シテン、お前も違って見えているのか?」

「ええ。他のアスモとは違っていますね。ゼノ様の魔素は灰色と青の中間くらいの色に見えます」

 青? 私が見えている魔素とは違う。

「え? 今は黒く光って見えます……」

「なんだよ。黒いのに光るって」

 兄が茶化す。だが自分でも変な表現だとは思った。

「あ、今は、少し赤みがかかっています」

「俺には変わったようには見えんがな……」

 父さんとも違って見えているらしい。

「ほぉ。面白いな。親子でも違って見えるのか」

「私、変なんでしょうか……」

「いや、そうではないさ。本来、魔素というのは見えるものではないからな。見る者によって違って見えるものなのだろうさ。私は自分のも含めて、魔素はぼんやりとした靄くらいにしか見えていないぞ」

 自分からははっきりと見えている物が、他の人には見えなかったり違って見えるなんて、なんだか不思議だ。


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