お土産
「ごめん。私がやるつもりだったのに」
家へと帰ると兄が夕飯の支度を終えていた。
「いいよ。気にしなくて」
「うん。明日はやるから」
「ああ、たのむよ」
料理は一家三人で、日毎に代わってやることになっていた。
父さんが居ないので今日は私の番だったのだが、狼達の所為で兄に押し付けることになってしまった。まあ、狼が出なくても遅くなっていたのには違いはなかったが。
「他の家みたいにお母さんが居ればいいのにね」
母さんは私達二人を生んですぐに亡くなったらしい。
双子を生める程、身体が強くなかったのだろう。
「そんな事いっちゃだめだろ」
「はーい」
母さんが居ないということに悲しみを感じたことはあまりない。記憶があれば違っていただろうが、物心付いた時には父さんとお爺さんしか居ない私には、それが当たり前になっていた。
もちろん他の家とは違うという事が、ほんの少しだけ寂しさを感じさせてはいたが、村外れにあるこの家では他の家庭というものを見る機会が少なく、その寂しさもあまり感じることは無かった。
「父さん、もうエテナに着いたかな?」
またエテナの話だ。
兄の都会への憧れにも困ったものだ。
「さすがに一日じゃ無理じゃないかしら?」
「でも父さんは飛べば一日でなんとか行けるって言ってなかったか?」
「そうだっけ? でもかなり無理して飛べばでしょ」
「そうかな。……いいなぁ。俺も行ってみたいなぁ……」
「もう、何度目よ。朝からそればっかり」
娯楽の少ない、こんな田舎の村では仕方の無いことなのかもしれない。
次の日も次の日も、畑仕事をし、剣の鍛錬をし、森の散策をして過ごす。
兄ほどではないが、私だって都会への憧れはある。早く父さんの土産話を聞きたかった。
父さんがエテナへと発ってから丁度一週間が過ぎ、今日、遅くても明日には帰ってくるだろう。
畑仕事を終え、家へと帰ると父さんが昼食を作って待っていた。
「父さんお帰り」
家へ入り、炊事をしている父さんにそういうと「あ、おかえり。ただいま」と返す。
私の声が畑道具を仕舞っていた兄にも聞こえたらしく、急いで家の中へと駆け込んで来た。
「父さんお帰り、エテナはどうだった?」
「ああ、ただいま。今、昼食の支度をしているから、話は食べながらだな」
兄の顔は期待に満ちていた。多分、私の顔も同じだっただろう。
昼食を食べようとテーブルへ付くと父さんがテーブルの下へと隠していた荷物を取り出す。
「これはレモ用、これがリノ用、お土産だ」
一目でそれはなにか判る。
「剣だ。すごい」
兄は剣を鞘から抜き、光りを反射している剣をうっとりと眺めている。
私も鞘から抜き、見てみる。兄の剣より、少しだけ小振りに見えた。
「ありがとう。父さん。ちょっと振って来る」
「待ちなさい。御飯を食べてからで良いだろう」
「う、うん……」
兄は嬉しそうだが、私は剣ではなく、指輪か耳飾りが良かった。
「父さん。この剣、少し大きくない?」
これまではお婆さんの剣と言われていたものを使っていたが、それでも大きく感じていた。貰った剣も同じくらいの大きさだ。
「二人とも、まだ背が伸びるだろ? 大人になってからでも使える方が良いと思ったからね」
「大人になってからまた買えばいいのに……」
「リノが自分のお金で買えるようになれば、それでも良いさ」
まあ、その通りだけど、剣はそれほど欲しいものというわけではない。
自分のお金を出してまで買うことは無いかもしれない。そう思うと父さんのお土産は妥当な大きさなのだろう。
「土産はまだ有るよ」
「え?」
二人そろって声を出してしまった。
「ただ、これはどちらか一人だけになるな……。どちらが取るか二人で決めてもらおうか……な」
そう言って、悪戯にわくわくしている子供のような顔をして、テーブルの上に置いた物は掌と同じくらいの大きさがある輪っかだった。
「これは魔導具だ。腕輪になっている」
兄妹二人で顔を見合せる。
父さんは意味ありげに、まだ少しにやけている。
「どうして一人だけなの? これも二つ買ってくれれば良いのに」
私が不満を言うと父さんは笑って答えてくれた。
「二つ買ったんだ。ただ、もう一つは私が使うことにしたんでね」
「え。父さんはもうゼノ様の杖を持っているじゃない。二つも使う気なの?」
「あ、そうか……」
兄はなにか判ったらしい。
「え、なによ。なにが判ったの?」
「うん。……この腕輪、リノが使いなよ」
そう言って、兄までもが少しにやけ顔になった。
「レモ、判ったのならリノにも教えてあげなさい」
父さんの言葉に、少しだけ残念そうにしながらも兄は教えてくれた。
「つまり、この腕輪を貰えない方がゼノ様の杖を使えるということ?」
「そういうことだ」
父さんの言葉に兄は満足そうだった。自分の推理が当っていたことが嬉しいらしい。
「それとも三人で公平に、今あるこの三つの魔導具を誰の物にするか決めるかい?」
父さんはそう言って、三つの魔導具をテーブルの上に並べる。
エテナで買ったもう一つの魔導具は、ゼノ様の杖と同じような杖だった。
私は兄の顔へと視線を向ける。兄も私を見ていた。
「やっぱり父さんが決めてくれないかな。一番良いのはそうすることだと思うんだけど」
父さんが一番、三人の魔力を知っている。
兄が言うように私もそれが一番良いと思った。
「うん。私もそう思う」
「そうかい? それじゃそうするけど、後で文句は無しだよ」
兄と私は揃って頷いた。




