双子の兄妹
兄のレモは私とは違って優秀だった。
十歳になって初めて参加した、このクラニ村で行なわれている春の魔獣退治で父さんと同じ数の魔獣を倒していた。それまで父さんが村一番であったのだから、兄は初参加で父さんに並んだということになる。
父さんは魔導具を持っていて、それでも兄と同じなのだから兄はきっと父さんよりも優れた魔導士に違いない。
初参加の兄に花を持たせたということかもしれないが、父さんと兄の次に数多く倒した人との差を見ても、二人の実力は本物だと思う。
優秀なのは魔法だけではない。
剣はこのクラニ村に剣士が居ないのでよくは判らないが、兄が剣の鍛錬をしている所を見ていたおじいさんが感心していたのを思い出すので、やっぱり優秀なのだと思う。
剣の腕前は父さんも兄も同じくらいに見えた。
私は……。魔導士としても、剣士としても、まったく駄目な人間らしい。二人を見ていると惨めになってしまう。いつもこんな劣等感が私に纏わりついていた。
私は妹とは言っても双子なのに、どうしてこんなにも違うのだろう。
「一週間ほど俺が居なくても平気だよな?」
ある日の夕飯時に父さんがそんな話を始めた。
「ちょっとエテナまで行ってこようと思う。もう十五なんだから、二人だけでも問題ないだろ」
「なにをしに行くの?」
「それは帰ってから話すよ。お土産を買ってくるから楽しみにしてなさい」
兄はエテナと言う言葉を聞いて目を輝かせている。いつも都会へ行きたいと話している兄にとってエテナという言葉を聞いて黙っていることなど出来ないだろう。
「俺も行きたい」
「ゼノ様が作った魔導具が二つあれば、それも出来るだろうが、残念ながら家には一つしかないからね。二人は留守番を頼むよ」
父さんの言葉を聞いて残念そうにする兄。
いつもは我儘など言わない兄だが、都会の話となると目を輝かせ、我儘すらも口にするようになる。都会への執着は人一倍強かった。
「それじゃ行ってくるよ」
朝、剣の鍛錬を終え、父さんはエテナへと発った。
「私達も畑へ行きましょ」
「うん」
残念そうにする兄を引っ張るようにして畑へと向う。私だって行けるものならエテナへ行ってみたい。残念なのは私も同じだ。
畑仕事が終わり、その帰りの道で、いつもはあまり口を開かない兄が珍しく話し掛けてきた。
「父さん、なにしに行ったのかな?」
兄の頭からはまだエテナのことが離れないらしい。
「さあ? 父さんは昔、二回くらい行ったことがあるっていってたわよね? 友達にでも会いにいったのじゃないかしら?」
「エテナに友達か。いいなぁ……」
「友達が居るかもって話よ。本当に居るかなんて知らないわ」
いつもは寡黙ではあってもしっかり者である兄だが、都会の話となると、まるで小さな子供のように目を輝かせて話をしている。
午後、兄は剣を持って鍛錬に勤しむ。よく飽きないものだと感心してしまうが、それが父さんと同じくらいに強くなるためには必要なことなのだろう。私には出来ない。
更に剣の腕前は離されてしまうだろうが、私は森の中でぼんやりと遠くに見える海を見ている方が好きだった。
この場所は、私が兄と喧嘩をして泣いているときに、お爺さんに連れて来てもらった場所だ。
父さんも兄も知らない場所で、私だけのお気に入りの場所になっている。
教えてくれたお爺さんは二年前に亡くなってしまい、私も兄も酷く悲しんだ。
剣を教えてくれたのは、そのお爺さんで、父さんよりも強かったらしい。
「剣は人を不幸にすることだってある。あまり強くなることに拘らなくても良いよ」
そう言っていたお爺さんの言葉を聞いたからか、私はあまり剣の鍛錬を重要なものだと思わなくなっていた。
森の中を散策したり、お気に入りの木の上から海を眺めていたりするだけで、時間はあっという間に流れてしまう。父さんや兄、それに村の皆は暗く陰気なこの森を嫌っているが、私はあまり嫌いではなかった。この景色が在ったからだろうか。
気が付くと、そろそろ夕飯の支度を始めなければならない時間になっていた。
木を降りると魔獣の気配を感じる。
私は兄のように剣も魔法も強くは無かったが、兄には無いものを一つだけ持っていた。
父さんは持っている力だが、それは私だけに受け継がれてしまったらしい。
魔素を見る能力。それだけが唯一、兄に負けないものだった。
兄はまったく魔素が見えないらしい。普通の人は誰もが見えないものだと言われ、父さん以外で会ったことがある人は、これまでに居なかった。
父さんですら、アスモ族以外では二人しか会ったことがなく、その二人もぼんやりとしか見えていないらしい。
戦いの強さや弱さに直接関係しないが、先制するためや、隠れた敵を攻撃するのには役に立つ。
敵とは言っても魔獣くらいしか居ないが。
「もう……。つい一月前に春の退治が終わったばかりなのに、こんなに居るの……」
見えている魔素の塊は六つある。
「あーもう。面倒ね……」
三匹くらいであれば、そのまま火炎塊を一匹ずつ打ち込めば良いが、六匹もいると最初の攻撃で他の魔獣から襲われてしまうだろう。
今降りたばかりの木へ登り、上から狙い撃つことにした。
上から見ると、私を包囲しながらだんだんと近づいてくる。
「見えてるっていうのよ」
一番遠い魔獣へと火炎塊を投げ付ける。
「ギャン」
狙った魔獣はそう鳴き、動かなくなった。
「ほら、もう一つ」
次に遠い魔獣へと投げ付ける。
同じように鳴き、動かなくなる。
二匹を倒すと、林の中から飛び出して来る魔獣達。四匹ともに狼が魔獣へとなってしまったものだった。
「やーい。ここまで来てみなさいよー」
木の下へ集まってきた狼達は、こちらを見ながら唸っている。
「って、早く帰んなきゃ」
夕飯の支度をしなければならない。こんな所で遊んでばかりもいられなかった。
「くらえー」
二発の火炎塊を投げ付ける。
一発は当るが、もう一発は外れてしまった。
兄であれば外すことは無いだろう。
「うー。だめねぇ……」
三匹の仲間を失った狼達は、森の中へと走って逃げて行ってしまった。




