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切望する魔  作者: 山鳥月弓
シテンの章
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灰色の未来

 父さんが剣を振ることを許してくれた日から二年ほどが経つ。

 俺は十七になっていた。

 あれから毎日、朝になると、昔やっていたように剣や木刀を振っていた。

 師匠や先生が居ないので、昔、母さんが教えてくれた事を思い出しながら剣を振る。

 これを鍛錬と言っていいのかはよく判らないが、基本動作くらいなら、もう習得できているのではないだろうか。

 父さんも少しずつ笑顔が戻ってきているが、まだぎこちない。「教えてくれ」といってみたが、まだもう少しだけ時間がかかりそうだ。


 十五の時には母さんの剣を使っていたが、最近では少し短いと感じていた。

 父さんの剣を偶に使わせてもらうが、父さんも魔獣退治の時などに携えるように努力しているらしく、取り上げてしまうのは悪いだろう。

 エテナへ行って、新しい剣を買いたかった。


「父さん、またエテナに行きたいんだけど……」

 父さんの顔にはぎこちないとは言え、悲しみ以外の感情が戻ってきていた。

 今は少し不機嫌かもしれない。

「……あんまり仕事をさぼるのは……感心しないな」

「畑仕事も魔獣退治もちゃんとやってるじゃないか。前に行ったのは、もう二年も前だよ」

「そう……だったか……。まあ、いいよ。……ゼノ様の所へ行った後でなら、……好きにすればいいさ」

 よし。きっと今度も楽しい旅になる。


 エテナへ行く前にゼノ様との面会がある。

 今回は左腕の呪いから解放されるかもしれないという、素晴しい話が聞けるかもしれない。

 ただ、あまり期待はしないでおこう。大きな期待は叶わなかった時の反動も大きくなってしまうだろう。

 ゼノ様への面会へ行く経路は前回と同じように海の上を突っ切ることにした。セウラさんからは危ないからやめろと言われたが、言わなきゃばれることはないだろう。


 ゼノ様の城へと出発し前回と同じように昼頃になると、海賊達の島が見えてくる。

 ロヒが壊滅させた海賊達の島は、今では無人島になっているようだった。

 船はなく建物は朽ちて、人の姿は見えない。ただでさえ寒いこの地が、さらに寒々しく感じてしまった。

 こんな寒い場所なので移り住む人など、海賊くらいしかいないだろう。

 廃墟となった入江で昼食を食べ、ゼノ様の城へと向った。


 城へと着き、ゼノ様への面会が始まる。

 いきなり左腕の事を訊き出すのも、なんだか気が引けるので、少し様子を見ることにしたが、俺の腕をいつものように触りながら、なにかを確認しているゼノ様の顔がなんとなく沈んで見えていた。

 あまり良くない返事が来そうで、訊くのも少し怖い。


 いつもの触診が終わり、二人の会話に間が出来る。

「あの……、前回言っていた左腕の話なのですが、……どうなりましたか?」

 二年も待った待望の話なのだ。怖いとばかりも言っていられないので腹を括って訊いてみる。

「期待させておいて悪いが、無理そうだ」

「え? そう……ですか……」

 答えを聞いたその瞬間から、俺の頭は物事を考える事ができなくなったように、ぼんやりとしていた。

 期待しないでおこうと思ってはいたが、そんなことできる訳がない。この二年の間に俺の中で育っていた期待感は自分では制御できない程に大きくなっていたのだ。


「……正確には無理ではないのだ。私の力では材料が作れない。もし、竜の遺体でも手に入るのであれば、いや、全部でなくても良いのだが、翼、爪、目玉、これくらいが入手できるのであれば可能だとは思う」

「……そうですか……」

 普通の人より少しだけ魔力が強いとはいっても、やはり俺は人なのだ。竜の遺体などどうしようもない。

「材料として我々アスモが使う魔素では無く、通常の魔素が物質化した物があるとなんとかなるのだが、それを作る方法が見付けられない。竜の身体は魔素の塊だからな。そもそも魔素というのは――――」


 ゼノ様の声は雑踏で聞こえてくる他人の話し声のようだった。俺はほとんど何を話していたのか記憶にない。

 ただ、左腕の呪いは解ける事が無いと判った瞬間から、一生をあの村で暮らし、あの村で死んでいくのだと思い、これまで思い描いていた自分の将来から色が抜け出て、灰色一色で描かれた村での生活へと変わっていくように感じていた。


 いつの間にかゼノ様の城を出て海の上を飛んでいたが、あまりにもぼんやりとしていたためか、夜中の海の上を飛んでいることに気付いたのは海賊が居た島の上まで来たときだった。

 さすがに夜に飛ぶのは方向を見失いそうで怖かったので島へと降り、そこで一晩を過ごすことにした。


 島の一番まともそうな建物に入り、寝袋に入って仰向けに寝転がる。

 昼間に感じた寒々しさより、さらに寒さを感じた。

 一番まともそうに見えた建物だが、天井は崩れていて、そこから見える空には満天の星が輝いている。

 この辺りでは珍しく、今日の空は晴れていた。

 あまり晴れることが無いこの北の地で、夜空を見上げることが無かった俺は、その空の星達がこれほど綺麗なものだと知らなかった。まるで灰色になった俺の未来へ色を与えようとしてくれているようだ。

 それでも俺の心に色が戻ることは無い。


「ああ、星って綺麗なんだな。まあ、これはこれで良いもの……なのかな……」

 綺麗だが色が無い。星にも色があるが、それは点でしかない。

 黒い背景に無数の点がちりばめられているが、そこには昼間の太陽に照らされた、青や赤の空や、緑や黄色の大地のようなはっきりとした色は無かった。

 エテナで見た都会の夜のような、色鮮やかな世界を俺は望んではいけないのだろうか。


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