小さな木刀
村へ着いたのは、旅へ出て七日目の昼過ぎだった。
帰りも、さほど急いで飛んではいないが、思ったよりも早く帰ることができた。
エテナまで急いで飛べば、朝出発して夜に到着することも出来そうだ。夜出発して朝でも良いかもしれない。
セウラさんへ帰ったと報告しお土産の小刀を渡すと「こんな無駄遣いはしなくていい」と言われたが、小刀は受け取ってくれた。
刃物の善し悪しは良く判らないが、エテナの商店で結構な値段が付いていたので良い物のはずだ。
セウラさんへの恩はこれくらいで返せるものではないが、少しずつでも返すようにしよう。
家へ帰っても父さんは居なかった。畑に出ているのだろう。
父さんが居ないうちに、納屋を物色することにした。
山賊退治で会った冒険者達や、エテナで見た剣士達に触発され、剣に興味が湧いてしまった。
昔、振っていた木刀や、父さん、母さんの剣があるはずだ。父さんが捨ててしまったのだろうか。
納屋の中は雑多な物で一杯だった。農具が多いが穴の空いたナベや、何に使うのか判らないような木材まである。
そういう物を掻き分けながら剣を探すが見付からない。
小さな物ではないので、これだけ探して見付からないということは捨ててしまったのかもしれない。
そろそろ父さんが帰ってくるだろう。納屋の物色は諦めて、夕飯を作ることにした。
父さんが畑から帰ってきたので、夕飯を食べながら剣の在処を聞き出すことにした。
いきなり剣の在処を聞くと、父さんは母さんを思い出して動揺してしまうので、旅の話をしつつ、剣の在処を聞きだそう。
最初は旅の中で見た景色や町の面白かったものから始まり、国境の町やエテナには魔導士が少ないこと、剣士が多い事、剣の修行をしている人々の事、そんな感じで話を剣の話題に近づけていく。
もちろん、旅の初日に山賊退治をしたなどと言えば、心配させてしまいそうなのでするつもりはないが、山賊退治をした事はちょっと自慢したいことでもあった。
いつの日か話せる日がくるだろうか?
できれば母さんの事も笑いながら話せる日が来て欲かった。
「東区にはさ、剣や弓や槍を作ってる工場があって、ちょっと歩くと、それを売ってる店がずらっと並んでたんだ。剣を売ってる隣の店も剣を売ってて、買う方は便利だけど、店同士は仲が悪かったりするのかな?」
父さんはいつものように、ただ黙って食事を摂っている。
昔であれば、これくらいの剣の話題でさえ、こちらの言葉を遮られていたが、今日は話を聞いてもらえている。そろそろ本題に入ってみよう。
「安いのから高いのまであって、安いのを買ってみようかと思ったんだけど、そういえば父さんも持ってたと思って買わなかったんだ。あの剣って、もう捨てちゃったの?」
どうだろうか? あまり動揺しているようには見えないが、だからといって答えてくれるとはあまり思えない。
「……剣の話はやめてくれ」
この返事は予想していた。
だけど、「またか」と思った瞬間、諦めが怒りに変わってしまった。いつまで諦め続けなければならないというのだ。
「いい加減にしろよ……。いつまでそうやって塞ぎ込んでるつもりなんだよ……」
俺の言葉に父さんのスープを掬う手が止まり、少し驚いたように俺を見詰める。しかし、そのぼんやりとした眼差しは変わらない。
「父さんが辛いというのは判るけど、もう十年以上前のことだろ。
母さんはもう死んでるんだ。
痛みも悲しみも感じないんだ。
俺や父さんはまだ生きていて、これからも沢山の痛みも悲しみも感じなきゃいけないんだぞ。
少し、その悲しみを減らそうよ。
……母さんを忘れろと言うつもりはないんだ。いや、忘れちゃだめだと思う。
でも、そろそろ母さんとの楽しかった思い出も、思い出していいんじゃないのか……」
父さんは食事を止め、席を立ち、黙ったまま寝室へと歩いていってしまった。
父さんに対してこんな事を言ったのは初めてだ。
父さんを傷つけてしまっただろうか?
俺は間違えた事を言ってしまったのだろうか?
明日からは、また一段と塞ぎ込んだ父さんとの暮らしになってしまうのだろうか?
「くそっ……」
自分自身と父さんに対しての苛立ちを押えられないまま、食事を掻き込んだ。
次の日の朝、居間へと行くと父さんはテーブルへ座り、なにかを見ていた。
近づいて、その見ているものが数本の剣と数本の木刀だと判った。
「シテン。……おはよう」
俺を見てそう言いながら、ほんの少しだけ笑顔を見せる。
まだ悲しみが消えたようには見えない笑顔だが、朝の挨拶なんて母さんが死んでから聞いたことがなかった。
「うん。おはよう。……剣、こんなにあったんだね。見ても良い?」
「ああ……」
どの剣も木刀も見覚えがある。
これは母さんの剣、父さんの剣、一本だけ見覚えのない、鞘が無い剣があった。
その鞘の無い剣を手に取ると、父さんが言う。
「その……剣は、ロヒが……置いていったやつだ」
よく見ると、まだ少しだけ血の跡が残っている。母さんの血だろう。
木刀も見覚えがある。
大きい木刀が三本、小さな木刀が一本あった。
その小さな木刀を手に取ると、子供の頃の感触を思いだす。
母さんが俺用にと作ってくれた木刀だ。
木刀にある傷の位置まで鮮明に覚えていた。
「これ、こんなに小さかったんだな」
ふと父さんが呟くように小さな声で言う。
「昨日、ティタが……、母さんが言っていたのを……、思い出したんだ。『私達もシテンを幸せに導く努力は必要だ』って……。俺はそれを忘れていたらしい……」
小さな木刀を持ちながら、数年ぶりの涙が流れた。




