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切望する魔  作者: 山鳥月弓
シテンの章
24/40

旅の終わり

 東区は工場が多いらしい。

 あちらこちらから叩く音、切る音、擦る音、そんな音が聞こえてくる。

 行き交う人も、北区で見るような綺麗な服ではなく、なにかで汚れた服を着ている人が多いが、活気があるのは変わらなかった。


 さらに進むと商店が並んだ通りへとでる。

 剣や防具に、弓や槍など、さすがは町に剣士が多いだけあり、店も沢山の商品が並んでいた。

 そんな中に、何を売っているのか判らない店がある。中を覗くとどうやら魔導具を売っているらしかった。

 魔法を使う者としては魔導具の相場というものも知っておいて損はないだろう。中へ入ってみることにした。


 店の中には様々な魔導具が並んでいるが、値段は高いものは一生買えそうにない物から、手持ちの金でも買えそうな物まで幅広い。

 さすがに高い物には魔素の靄がそれなりに濃く纏っている。

 中には魔素がまったく見えず、魔導具として意味が無いように見えるものにも高価な値段が付いているものもあった。

 沢山の魔導具があったが、俺の持っている魔導具より濃い魔素を纏っているものはない。ゼノ様が作った、この魔導具はどれくらいの値段が付くのだろう。


 店の中には一人の先客がいた。

 俺と同じくらいの歳に見えるが、その服装から良家のお嬢様に見える。

 じっと一つの商品を見詰めていた。

 なにを見ているのかと思い、覗き見すると、そこには銀色の指輪があった。

 魔素はまったく見えない。たんなる装飾品としての指輪だろうか?

 その娘はほんのりと薄い魔素を纏っている。魔導士の卵だろう。

 魔導具としてその指輪を買うとすれば泣きを見ることになるだろう。あの値段は有りえない。あんなの買うくらいなら、店の端に無造作に積まれて、食堂で食べる昼飯一食分くらいの値札が付いているやつの方がましだ。

 そう思って、その無造作に積まれた格安品の山を見ると、妙に魔素が濃いように見える。

 沢山の魔導具が山積みになっているので、そう見えるのだろうか。

 俺は、その山の中を漁ってみた。

 どれも、昼飯一食分の値段で買える魔導具ばかりだったが、その中で一番魔素を多く纏っている指輪を手に取ってみる。

 指輪は何かの骨で出来ているようだ。竜の骨かもしれない。

 内側へ名前が彫ってあった。「エヴァンス」とある。


 魔素の量はこの店全体の中でも多い方だ。なぜこれがこの値段なのか判らないが掘り出しものだろう。俺には必要ないが。

「おじさん。この指輪、この値段であってるの?」

 店の店主だろうか? 店員へ訊いてみる。

「ん? ああ。それ以上は安くできないよ」

「そう。それじゃください」

「まいど」

「この指輪、中古だよね。どこで手に入れたの? すごいよ『エヴァンス卿の指輪』が手に入るなんて夢のようだよ」

 もちろんエヴァンス卿などという人間のことはしらない。口からでまかせだ。

「……入手先は教えられん」

 店員はそう言いながら指輪を見て、内側に彫られた名前に気付いたようだ。


「悪いが、これは売れなくなった。他のにしてくれ」

「えっ。ひどいよ。さっきこの値段で良いっていったじゃないか」

「いや、だめだ。買わないなら出てってくれ」

「なんだよ……。せっかくもっと良いこと教えてあげるつもりだったのに……」

 そう言って店を出ようとする。

「おい、ちょっと待て」

 引っ掛かった。


「良いことって、なんだ」

「そこの指輪さ」

 そう言って先客の娘が見ていた指輪を指差す。

「君、その指輪買うならさっさと買っちゃったほうが良いよ」

 俺と店員の話を聞いていたその娘は、びっくりしたように指輪へ視線を落す。

 店員は急いで指輪を棚から下げ、値札を裏返した。

「おい、これがなんだっていうんだ」

「ただじゃ教えられないよ」

「判った。さっきの指輪はお前の物だ。ただし、この指輪のことが先だ」

「その指輪、たぶん桁が二つくらい違っているよ。もしかしたら三つくらいかも」

 まじまじと指輪を見る店員。

「嘘じゃないだろうな?」

「証明しようか? 俺はまだ火炎塊を一つ作るのが精一杯だけど、その指輪を使えば、二つ、いや三つくらい作れるんじゃないかな」

 普通の魔導士なら二つ作れるとすればかなり優秀な方だろう。俺の歳であれば、一つ作るだけでも優秀といわれるはずだ。

 俺は魔導具無しで二つ作ることができるが、今は背嚢にゼノ様の杖がある。背嚢に入れている分、効果は弱まるが、それでも三つまで作る事ができる。

「やってみろ」

 店員は、その高価だが、なんの価値もない指輪をこちらへ渡す。

 指輪をはめ、大袈裟に両手を前に突き出して、うなるように力を入れてみせた。

 最初に二つの火炎塊を突き出した両手の上に浮び出させてみる。

「おぉ……」

 よし。店員が驚いている。ここまで成功だ。

 駄目押しをしよう。

「三つ目も行けそう……。うぅー」

 さらに力を込めたふりをし、三つ目を浮かせた。


 指輪を手に入れた。

 もちろん、お金は払うと言ったのだが、店員は魔導具としては価値がまったくない指輪を嬉しそうに眺めながら「金はいいさ。俺はこれでも気前は良いんだ」といって指輪を寄越してきた。

 別段欲しい訳ではなかったが、くれると言うのだから貰っておくことにしよう。


 店を出て、先に出てしまったさっきの娘を探す。

 すぐに見付け追い付いたが、肩を落してとぼとぼと歩いていた。

「君、さっき、店にいた君」

 その娘ははっとして、こちらを振り返るが、やはりその顔もしょんぼりとしている。

「……さっき店にいた人。なんでしょうか?」

「これあげますよ。買い物の邪魔をしちゃったみたいだから、おわびに」

 差し出した指輪を見るとむっとしたような顔に変わった。


「いらないわ。私、怒っているのよ?」

「うん。判っているよ。これでも君を助けたつもりなんだけどね」

「助けた? 私、良い魔導具がずっと欲しくて……、あの指輪がやっと買える値段だったのよ」

「あの指輪に、あの値段の価値はないよ」

「え? だって、二桁、桁が違うって……」

「うん。あの値段じゃ桁が多いってことだよ。あの店員がどう取ったのかは知らないけど」

「でも、あなた、あの指輪で火炎塊を三つも……」

「あんなの無くてもできるさ」

 そう言って、火炎塊を三つ浮かせて見せる。


「うそ……」

「魔導具としてなら、こっちの指輪の方が断然、優秀だよ。はい」

 その娘は、目の前に突き出した指輪を、そっと摘み上げて見詰める。

「……でも、これも高価なものだったんじゃ?」

「うん。たぶん、あの店の中でも、かなり優秀な方だと思うよ。『エヴァンス卿の指輪』っていうのは即興の嘘だけど」

「うそ……なの?」

「名前は内側に彫ってあるからエヴァンスさんの物だったのは本当だと思うけど、話は嘘だよ。あ、俺、そろそろ行かなきゃ」

 時間を食いすぎた。とっくに国境の町へ飛んでなきゃいけない時間だった。

「名前が彫ってあるから、嫌なら捨てちゃっていいよ」

 そう言って、東門を目指して走った。


 残念ながらこの旅は、あとは帰りの道程を飛ぶだけで終わりになるだろう。

 まだ旅に出て五日しか経っていないのに、その五日間での出来事はこれまでに経験がした事が無いものばかりだった。

 山賊の討伐に、初めて見る町。ほとんど見ることが出来なかったがエテナの町も歩くことができた。

 都会の暮らしなど田舎育ちの俺には無理かもしれないと不安があったが、先刻の店員とのやりとりはそんな心配はいらないと思わせてくれる。都会の人間といっても、同じ人間だと思ってしまった。

 もちろん一人の店員を手玉に取れただけで、いい気になっていては駄目だろうが、それでも都会で暮らすことが出来るという自信のようなものができてしまった。


 東門を出る。

 出てすぐに森がある。

 ここから南へ行けば母さんの故郷、萎竜賊の村があるはずだ。

 少しだけ南側を見るつもりで森の上を南へ向って飛んでみた。

 すぐに大きな川とぶつかるが、見渡せる範囲には橋は無かった。俺は飛べるが、飛べない人だと川を渡るだけでも一苦労するだろう。

 川の向う側も森林で、遠くに高い山が見えるが、それ以外、見える範囲は全て森になっている。

 更に高く飛んでみたが、やはり見える範囲、全てが森だった。

 あの森の中に人が住む村や町がないというのであれば、確かに地図を作る必要はないだろう。作るとすればかなりの労力を必要としそうだ。

「次に来た時に行ってみよう……」

 次がいつになるのかは判らないが、父さんの許可があればすぐにでも来るつもりだった。


 帰りは、高い所を飛んで急ぐことにした。

 あと今日を入れて三日で帰らなければならない。

 遅くなってしまうとセウラさんを怒らせて、また行きたいと言うのが難しくなる。

 父さんは怒らないだろうけど。


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