エテナ
オトイとの話は俺に色々なことを教えてくれた。
まだまだ訊きたいことがあったが残念だ。
昨日の報酬を配り終わったら戻ってくるかもしれないと思い、飛ばずに歩いているが、まだ戻って来ない。
オトイの事を気にしながら歩いていると次の町へと辿り着いてしまった。
まだ昼前だったが、ここで昼食を取り、午後は飛ぶことにしよう。
思わぬ収入があったので昼食も少し高目のものを注文し、味わったことが無い食事を取ることができたが、オトイの「敵対する」という言葉が気になってあまり美味しさを感じなかった。
昼になるまで町を見て回ったが、これといっておもしろいと思うものも見付からず、やはりオトイの言葉ばかりが気になる。
昼になり、出発し、街道を外れた林の中を飛びながらも、またオトイの言葉の事を考えていた。
「そうか、渦の場所は弱点なんだ。致命傷になるほどの」
しかし、その考えも変だと気付く。
「人間なら心臓や頭、あの人の場合、腹だったけど、あそこだって刺されれば致命傷になるよな……」
人間なんて、渦の場所に関わらず、どの場所であっても致命傷になりうるだろう。
もういいや。考えても判らない。
渦の場所を誰かに云うなんてするつもりはない。敵対することなんて無いはずだ。
今は旅を楽しむことにしよう。
旅の遅れを取り戻すため、夜になっても次の町まで飛ぶことにした。
暗い林の中を飛ぶのは危険なので、木の上を飛ぶ。
人に見られても、暗いので鳥が飛んでいるのだろうと思ってくれるはずだ。
お金は節約するつもりで野宿を覚悟していたが、持ってきた額より今の手持ちの方が多い。
町まで飛んで宿屋を探すことにしよう。
町へ着くとすぐに宿屋を探す。あまり大きな町ではないので、宿屋はすぐに見付かった。
すぐにベッドへ潜り込み、眠る。
やっぱりオトイの言葉の意味を考えていた。
次の日も朝早くに出発し、飛ぶ。
少し飛ぶと地形がこれまでと違ってきて、だんだんと起伏が激しい山間部になってきた。
あまり木が無く、隠れて飛べなくなってしまったが、それでも人が居ないようであれば板に乗って飛んだ。
その内、街道には人や馬車が絶えることが無くなるほどになってくる。地図を見ると国境の町がそろそろ見えてくるようだった。
その昔、皇国とエテナ国で戦争をしていた事があるらしいが、今は和平条約を結び、友好国となっている。
今でも偶に国境線上のどこかで紛争が起きることがあるらしいが、大きな戦争はここ数十年はない。
検問所はほとんどなにも訊かれず、ちょっとした額の通行料を払い、そのまま通ることができた。
今の二ヵ国間に問題らしいものは無いのだろう。
門を潜ると、そこはエテナ国の町だ。
俺にとっては初めての異国ということになる。
たしかに雰囲気はこれまでの町と違っているが、言葉も通じるし、見た事がある食べ物も多い。
国境の町だからか、今まで、これ程の数の人間を見たことはない。
そして、ほとんどの人が剣を持っていた。
皇国は魔導士が多いがエテナは剣士が多いと聞いたことがある。
しかし、剣士でない人までもが剣を持っているのではないかと思うほど、皆が剣を持っている。
もしかしたら剣を持つ事が流行りなのかもしれない。
この町で宿を取って、見て回ろうかとも思ったが、地図を見ると今日の夜にはなんとか辿り着けそうな距離にエテナがある。
ここまで来たのだから一気にエテナを目指そう。
町の外へ出ると、目の前に山が見える。あまり高くはないが、登るとすれば一苦労しそうな高さだ。
しかし、それは好都合だった。
山は森林になっているので人目に付かずに飛ぶことができる。
急いで近くの林に入り、エテナを目指し飛んだ。
エテナへ着いたのは日が暮れてすぐだった。
町の城門を潜り、中に入り、驚く。
既に日が暮れているのに、道を歩いても足元が見える。
町の中には明るい光りが溢れていた。
夜だというのに人通りが多く、露天もまだ閉じていない。
案内板があったので見てみると、さらに驚いた。
自分が立っている場所は北区という区画らしいが、その区画だけでこれまで見てきた町の数倍はある。
その区画があと四つ、全部で五つあるらしい。
見て回るのは明日からにしよう。
全ての区画を見て回るとすれば、どれくらいの日数が必要なのだろう。見当も付かない。
朝、宿屋のベッドで起き、潮の匂いに気付く。
エテナは西側が海、南側が川に面していた。案内板で見た感じでは、この宿屋の場所はそれほど海に近いとは思えなかったが、案外近いのかもしれない。
早速起きて町を見て回った。
大きな通りへと出て南側を見ると、高台に小さくエテナ宮が見える。
近くへ行って見てみたいが、エテナ宮のある中央区へ入るには許可証が必要になるらしい。
この町にある、目に映るものの殆どが、これまで見て来た町のものとも違う。
市場は朝早いというのに人であふれている。
皆忙しそうだが、活気があり、楽しそうでもあった。
町の中には、あちらこちらに広場があり、老人が椅子に座り、若者が剣を振っている。
市場と違い、こちらはゆっくりとした時間が流れているように感じる。
大きな通りを歩くと、建物はどれも高く、遠くまで見通せない。
なにをするための建物なのかも判らないが、面白い形をし、綺麗だった。
この北区だけでも、見るだけで数日かかりそうだ。
ふらふらと見て回っていると、一人の剣士らしき人に声を掛けられた。
「君、魔導士だよね? 決まった仲間が居ないなら、俺達と組まないか?」
「え? 組む?」
「ああ。君、仲間、居るの?」
「いえ、居ませんが……」
「それじゃ決まりだ。他の仲間に紹介するから行こう」
「待ってください。俺、まだ子供だし、そんな冒険者みたいな事できません」
「誰でも初めてってのはあるさ。君、十五くらいか? 君くらいの歳でも問題なくやっている子もいるぞ。冒険者のことなら何でも訊いてくれ。まあ、魔法の事は良くは知らんが」
冒険者。なれるものならなってみたかった。
小さな村で魔獣退治と畑仕事だけの一生は嫌だ。その思いはこの旅に出てさらに強くなっている。
しかし、その為には解決しなければならない事が山積みなのだ。
「事情があって、無理なんです。それに明日には北の村に帰らなきゃならないんです。ごめんなさい」
「うーん。残念だね。魔導具持ちなんてめったに居ないから思わず声を掛けちゃったけど、残念だ」
そういって、その剣士は残念そうに去っていったが、こっちだって残念だ。
どうやら腰に下げている魔導具を見て魔導士だと判断されているらしい。
これが指輪のように目立たない物であれば魔導士だとは判らなかっただろう。
これまでに通った町でも、このエテナでも、偶に視線を感じることがあったが、皆、この杖を見ていたらしい。
町の中で使うわけではないので杖は背嚢に仕舞うことにした。
このエテナの人々も国境の町と同じで、皆、剣を持っている。
全員が剣士なのか怪しいが、町のあちらこちらで道場を見ることがあり、そこでは沢山の人達が鍛錬をしているのを見掛けた。
ふと子供の頃のことを思い出す。
すっかり忘れていたが、俺も母さんに木刀を持たされて振っていた事があった。
あの木刀や父さん達が使っていた剣は、母さんが死んでから見ていない。父さんが捨てたのか、納屋にでも仕舞っているのか判らないが、帰ったら探してみよう。
このエテナに居ると、剣を持つのも悪くないという気分になっていた。
いつの間にか日が暮れていたが、町が明るいので見て回ることができる。
しかし、一日中、歩き回ったので疲れてしまった。
今日は北区の大きな通りを、西から東へと歩いただけで終わってしまったが、明日には帰らなければならない。一週間をこれほど短く感じたのは初めてだろう。
エテナ三日目は、東区へ歩き、東門から出て、そのまま帰ることにした。
昼過ぎには門を出て、国境の町で宿を取ろうと思っていたので、あまりゆっくり歩くわけにはいかない。
それでも面白そうなものがあると、つい立ち止まり見入ってしまう。
東区へ入ったのは昼ちょっと前になってしまっていた。




