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切望する魔  作者: 山鳥月弓
シテンの章
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旅立ち

 出発の日、空は晴れていた。

 この辺りにしては珍しい。

「父さん、いってくるよ。お土産、買ってくるから」

「……ああ」

 父さんはどこへ行くのかすら訊いてこない。置いていく父さんの方が心配になってしまう。

 セウラさんに留守をお願いして早速出発だ。

 さすがにセウラさんからは行き先を訊かれたので、エテナへ行くと言って出たが、正直まだ皇都にも気持ちを引かれている。


 どちらにしようかと悩みながら、村から街道に出るまでの道をゆっくりと飛んだ。

「やっぱりエテナかな……」

 どちらも距離的にはさほど変わらない。

 直線距離であれば皇都が近いが、皇都は山脈を迂回しなければならない。旅に不慣れな俺は道に迷ってしまうかもしれなかった。

 エテナは南へまっすぐ飛べば辿り着くので迷うことはないだろう。

 それに、母さんの故郷のことも調べられるかもしれない。

 街道へ出て、エテナ方面へと向けて飛ぶ。

 こんな高揚感を感じるのは初めてかもしれない。


 街道をそのまま飛ぶと目立ってしまうので、少し外れた林や森の中を飛ぶ。

 高い所を飛んでも良いのだが、それじゃ風景が見られないので楽しくない。

 まあ、林や森の中も木だけしか見えないので、さほど違いはないのだが。

 不慣れな林や森は、早く飛ぶと危ないし怖いので、さほど速度は出せない。あまりゆっくりもしていられないが安全に飛んだ。


 午前中に辿り着いた、この旅の最初の町は、まだ俺が小さい時にセウラさんに連れられて来た事がある。

 クラニ村と比べれば大きく、町を囲む城壁まであるので、俺にとっては都会と言って良い町だ。

 この町で昼食を取り、地図を買うことにしよう。

 昼まではまだあるので、まずは地図を探すことにした。

 雑貨屋を見付け、いくつかの地図を物色するが、エテナより南の町や村が描かれた地図が見付からなかった。

「エテナより南が描かれた地図はありませんか?」

 店の人に訊くと怪訝そうな顔をされた。

「エテナより南って、危険な森しかないからね。人なんかほとんど入ったことが無いんじゃないのかね」

「そうなんですか……」

 ロヒが言った、母さんの故郷、ヴィファー村というのはどこにあるのだろう。

 母さんの故郷はエテナで調べることにして、とりあえずは安い、エテナまでの道が判る地図を買い、食事ができそうなところを探した。


 安そうな食堂を見付け、あまり食べたことが無い料理を注文する。

 それほど贅沢はできないが、お金は十分なはずだ。

 他の村から依頼される魔獣退治は結構な額の報酬が貰える。自給自足ができる村での生活は、あまり使い道のない金は貯まる一方だ。

 食事を終え、地図を見ながら今後の予定を考えていると、席の後ろの方からなにかの気配を感じる。

 なんとなく後ろを見てみると、一人の青白い顔をし、青っぽい髪の色の、どことなくロヒを思い起させる顔をした人が席につき、食事をしていた。

 そして驚いたことに、これまたロヒを思い起させるような魔素を身体に纏っている。

 あちらも俺を見ていたらしく、振り向いたのと同時に目が合い、気まずい雰囲気になったのですぐに店を出ることにした。

 ロヒ以外で、あれほど濃い魔素を持っている人と旅の初日に会うことになるとは思っていなかったが、もしかしたら町にはあれくらいの人は結構な数、居るのかもしれない。


 食堂を出て、ゆっくりと町を見ながら南門へと歩く。

 小さな子供の頃に来たことがあるとはいっても、ほとんど記憶にない町だ。見る物の殆どが珍しいものばかりで、思わず立ち止まって見てしまうものも多い。

 噴水などと言うものも村には無い。どういう仕組なのだろう。魔法だろうか?

 見上げるほど高い塔は、なんの為に作っているのだろう。

 広い広場があり、子供達が遊んでいる。遊ぶためだけに作った広場なのだろうか?

 そんな感じで歩いていたためか、走り抜ければ十分ほどの小さな町だが、南門へと着くのに一時間ほど掛かってしまった。


 南門が見える所まで来ると、そこから門までの道は細くなっていた。

 敵から攻められた場合、広いと攻め込まれやすくなるのでわざと狭くしていると聞いたことがある。

 二人で並んで歩くのがやっとという道を歩いていると、後ろから誰かが走ってくるように感じたので、少し横へと避けるよう端に寄ってみたが、走って来た人とぶつかってしまった。

 俺は少しよろけ、転びそうになったが、その走って来た人に支えられ転ぶことはなかった。

「ごめんよ。急いでるんだ」

 そういって、その人は走り去って行く。

 都会の人は忙しいんだな。そう思いながら走り去って行く人を見ていると、突然、雷がその人に落ちた。

「え?」

 違う。雷ならば、俺もただでは済んでいない。魔法だ。雷光だ。

 なにごとかと立ち尽くしていた俺の横を人が通り抜けて行く。

 後姿を見ると青い髪をし、魔素の靄を身体に纏っている。先刻、食堂で目が合った人だ。

「駄目ですよ。人の物を取っちゃ」

 青い髪の人はそう言いながら、雷光を受け倒れた人の懐から、細い杖を抜き取った。

 その杖には見覚えがあった。白と黒の魔素の靄を纏った杖だ。

 俺の杖じゃないか。

 腰に手を当て、自分の杖を探すが、やはり無い。

 急いでそこへと駆け寄り、杖を返してもらった。

「駄目ですよ。気をつけて歩かなきゃ」

 杖を腰へ括り着けていた縄は綺麗に切られていた。


「ありがとうございました。あのまま盗まれていたらと思うとゾッとします」

 もし、あのまま逃げられていたら父さんにもゼノ様にも会わせる顔がない。見付け出すまで帰ることはできなかっただろう。

「あはは。もういいですよ。気にしないでください」

「いえ、そういうわけにはいきません。なにかお礼を……」

「お礼なんて……、そう? それじゃお願いしちゃおうかな……」

 あれ? なんだか雲行きがおかしい。軽めのお礼で済みますように。

「今から山賊を捕まえに行くんですけど、手伝ってもらえませんか?」

「山賊……ですか……」

「あ、もちろん断ってくれても構いませんよ」

 お礼はすべきだけど怪我なんてしたくない。

 山賊ということは、相手は人間だろう。魔獣しか相手にした事が無い俺が人間と戦えるのだろうか?

「俺に……出来ますか?」


 旅の途中にそんな危険な事をするなんて無謀なことだ。それでもその仕事の内容には興味が湧いた。

「君、クラニ村の子ですよね? それもかなり強そうに見えます。多分、君にとっては、それほど問題ない仕事だと思いますよ」

「危険……なんですよね?」

 こんな経験はこれから先も、それほど無い事だろう。正直、やってみたい。

 だけど怪我なんてしたくはない。俺にとって村へ帰れなくなるということは死を意味する。

「大丈夫です。君の事は必ず守ります。怪我一つさせません」


 山賊退治に参加することになった。

 少し怖いがなんだかわくわくしている。

「僕はオトイと言います。よろしく」

 冒険者というには少し頼りなさげに見えるが、ロヒと同じような魔素を纏っているのだ。

 その強さはきっと本物だろう。


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