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切望する魔  作者: 山鳥月弓
シテンの章
19/40

落書き

 城に泊る時は、決まった部屋を使わせてもらう。

 ベッドがあるが、石で出来たものなので、冷たい。

 それでも外で風や雪に晒されて眠るよりは断然こちらが良いことには違いはない。


 部屋にはいくつか落書きがある。

 これまでも、眠るまでは、その落書きを読んで過ごすことが多かった。


「あれ、ここ外に出られるのか」

 部屋の出入口の他に別の扉があり、そこから外へと出ることができた。

 外とはいっても外壁から外へと張り出した床があるだけで、下を見ると少し怖くなるような高さがある。アスモは飛べるので不要なのだろうが手摺りくらいは付けて欲しい。

「この床、落ちないよな」

 恐る恐る、外へ出て景色を見るとこの一帯を見渡すことができた。

 夜になってしまったので、あまりよく見えないが、朝になったら素晴しい景色を見ることができるだろう。

 楽しみは朝にして、部屋へ戻ろうと部屋の方を向いた時に、床に一つの落書きを見付けた。


“移住する魔族達の安全と幸運と幸せを祈る

 竜との戦いと私の失敗で亡くなってしまった魔族達の冥福を祈る

 この先、魔族と竜族と人間の間に争いのないことを祈る

 ヴェセミア・ヘッテ”


 かなり擦り切れていて、相当に古いものだと判る。人間の文字なので人間が書いたものだろう。

 部屋で見付ける落書きに名前があるものは、なんとなく村の一族らしい名前が多いが、村の中では聞かない名前だった。皇都の人だろうか? それとももっと別の所から来た人だろうか?

「この人は竜にも知り合いがいるのか……な?」

 昔、セウラさんに聞いた、ゼノ様に嫁いで来たという、竜に乗った人間の女の事を思いだしていた。

 本当か嘘かは判らないが、大昔に、それも竜すら操ってゼノ様の城へ来ることが出来た人間が居るということに世界の広さを感じてしまう。

 そんな人間が居るのであれば会ってみたい。

 この世界には俺が知らない事が、まだまだ山のように在るのは間違えないようだ。


 朝、出発し、来る時にロヒと会った島の上を飛ぶ。

 少し低く飛び、ロヒの姿を見付けようとするが、見付けることは出来なかった。

 島の上を歩いているのは、皇国の兵達だろう。

 俺は上陸することなく、島の上を通り過ぎた。


 家へ着いたのは、まだ日が高い時間だった。

 驚くことに、ゼノ様の城まで一日も掛からず行くことができたのだ。

 村での新記録ではないだろうか。


 家の中に父さんは居なかった。

 日はまだ高いので畑に出ているのだろう。

 隣のセウラさんに帰宅の報告をし、そのまま畑へ向かった。

 やはり父さんは畑仕事をしている。

 側まで寄って「ただいま」と言うと、ゆっくりと振り返り「あ……ああ、おかえり」と返し、また畑仕事に戻った。

「早かっただろ? いつものように海岸線じゃなくて、海を突っ切ったんだ」

「……そうか」

 セウラさんには「危ないから止めろ」と言われたが、やはり父さんはなにも言わない。

 それから島で海賊を見たこと、その海賊達が討伐されているところに遭遇したこと、そんな事を言ってみたが、やっぱり「そうか」と答えるだけでなにも言わない。

 俺の事を心配するということも無いのだろうか……。

 もちろん、ロヒに会ったことは言わなかった。言えば今は落ち着いている父さんの心を乱すことになるだろう。


 そのまま夕方まで畑仕事を手伝い、その帰り道、父さんに頼んでみることにした。

「あのさ、父さん……。お願いがあるんだ」

「……ああ」

「俺、旅に出たい」

 父さんは立ち止まり、ゆっくりと俺を見詰めると、すぐにまた歩き出した。

 返事はない。

「ほら、飛べるようになったから皇都へもエテナにも、ゆっくり飛んでも一週間あれば往復できるでしょ」

 行ったことはないが、多分、間違ってはいないはずだ。ゆっくり歩いて片道一ヶ月くらいかかるらしいが、飛べば片道三日もかからない。

「父さん?」

 返事もせずに歩くだけの父さん。

「……だめかな?」

「……一週間だけなら……な」

 よかった。許可された。


 次の日、木を組んでいつも使っている盾より少し小さ目の板を作った。

 剣も持っていないのに盾だけ持っていては目立ってしまう。

 盾には微妙な湾曲があるので、それをなるべく再現しようとしたが、かなり難しい。

 一度、平な板で飛ぼうとしたことがあったが、かなり飛び辛いと感じた事がある。

 盾にある微妙な湾曲が、風魔法で作る風を上手い具合に受けて具合が良いのだろう。

 出来上がったので試しに乗ってみる。

 なんだか少し不恰好だが、手作りにしては良いできだろう。

 乗って浮いて見ると、やはり少し不安定だった。

「こんなものかなぁ……」

 盾と比べれば乗り辛いが、飛べないことはない。

 多分、すぐに慣れるだろう。

 出来上がった板を見ながら、未だ見ぬ世界を想像し、心は既に旅に出ていた。


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