朗報
「それじゃ、行くよ」
あまり長居はできない。
ゼノ様の城へは明るい内に着きたかった。
「あ、……アルクは、元気、ではないだろうな……。その……」
「生きてますよ。確かに元気とは言えないけど」
「そうか……」
「それじゃ」
「まってくれ」
「えっと、明るい内にゼノ様の城へ着きたいんだけど」
「ああ、判ってる。アルクに、いや、君でも良い、覚えておいてくれ。
私の命は君達にあずけているようなものだ。私の命を奪いたいと思えば、いつでもそうできるように、ティタの故郷、萎竜賊の村、ヴィファー村で訊けば判るようにしておく。
それで君達親子の気が晴れるのであれば……、いつでもこの命を差し出そう」
「……そんなことにはならないと思うよ。それじゃ」
そんな事で母さんは帰ってこない。
でも、父さんの気は晴れるのかもしれない。
夜になる前に城へ辿り着くことはできた。
いつものようにゼノ様が俺の左腕を色々といじって終わりだが、今日は色々と訊いてみることにした。
世間では魔王と呼ばれるのだから怖い魔族なのだろうが、これまでそれほど怖いと思ったことはない。
実際、その顔や容貌は怖そうに見えるし、同族である他の魔族をあっさりと殺す所を見た人も居る。
質問はゼノ様を怒らせるようなものではないはずだし、問題はないだろう。
「俺、魔素が見えるらしいんです。この左腕は黒っぽい靄が見えるし、右腕は白っぽいのが見えるんです。他の人に訊いても、そんなもの見えないって言われるし。俺って変なんですか?」
ゼノ様は聞いているのか、俺の腕を調べ続けている。
これまでは父さんと一緒だったので、あまり口を出せなかったが、昔から訊いて見たい事だった。
「ゼノ様?」
「……ああ、変だな」
「え? やっぱり変なんですか」
「人が魔素を見ることは構造上、できないはずだ」
ゼノ様は腕を調べる手を止めることなく答え続けた。
「……お前の左腕も、他の奴と違って、不思議な構造になっているし……。父親はアルクだったな」
「はい。今回は一人で来ました」
「母親は?」
「十二年前に死にました」
「村の人間か?」
「いえ、ずっと南の村の出だそうです」
「……南……ね」
「南だとなにかあるのですか?」
「さあ? ただ、人間が魔力を持つ為には、親から受け継ぐか、誰かに身体を弄られるかくらいしか方法がない」
「ゼノ様が俺達の先祖の腕を弄ったように?」
「うむ。まあ、奴のさらに祖先は、竜からも弄られていたがな」
昔から村に伝わっている話、そのままだ。村の誰もが知っている。
「私は竜の弄り方というものを知らんからな。魔素が見えるような弄られかたをされれば、お前のような者も生まれるのかもしれん」
いつの間にか俺の腕から手を離し、こちらを真っ直ぐに見詰め、話を続けた。
「昔、お前達の先祖の腕を再生した時、一体の竜が『変質した魔素を使わず再生しろ』と怒鳴り込んできた事があってな。
その竜が右腕を再生した竜だったんだが、その竜の言う事は、まあ正論だったんだ。
私もお前達が変質した魔素無しで生きていけるようにしてやるべきだろうとは思っていた」
あの村で生まれた人々の定めのようなものだと思っていたが、ゼノ様も気にしていたらしい。
「その方法も含めて、お前達人間と魔素の関係を調べる為に、二年に一度来るようにしたのだが……。どうやら手掛かりを見付けたらしい」
「手掛かり?」
「ああ、魔素の供給がなくても問題なく生きていけるようにできるかもしれん」
「それって、俺達が魔獣の森から離れて暮らしても問題なくなるということですか?」
「そうだ」
朗報だ。村の人々が左腕の呪いから開放される。
「ただし、今すぐという訳でもないし、全ての者に対処できるわけでもない」
「条件があるということですか?」
「条件というか、お前だけだ。その南から来た母親の血を受け継いだ、お前の腕だけは解決することができる」
これは村の者に言うことはできないだろう。俺だけだなんて妬まれるだけだ。
「そうですか。……でも俺はできるんですね?」
「ああ、確約はできんが、多分な。次にお前が来るまでにはその方法も思い付くだろうさ」
俺だけだとしても、自由になれる。
これまであまり気にした事がなかった母さんの生まれた村へ、興味が湧いてきていた。




