恨み
ロヒに対して、あまり恨みというような感情は湧いてこない。
見付けたからといって、飛び掛かって殺してやろうとは思わなかった。
ただ、ロヒがこれからなにをしようとしているのかが興味を引いた。
すぐに背嚢を背負い、盾の縄を右足へと結んで入江を目指して飛ぶ。
ロヒも海賊の一味なのだろうか?
入江へ辿り着き、少し高い位置から見下ろすと、入江のあちらこちらから煙が上っているのが見える。
入江の入口に在った小屋からも火が出ているが、ロヒがやったのだろう。乗ってきた船と入江を結ぶ線上にあるので、飛びながら火炎塊でも投げ付けたにちがいない。
様子を見ていると、数人の生存者を縄で縛り上げているロヒを見付けた。
この入江にいた海賊達を一人で制圧したらしい。こんな短時間にどうやれば、そんなことができるのか、人間技とは思えない。
話し掛けたいという思いと、母さんの仇だという思いが俺の中に在った。
両親とどういう関係なのかも知りたかったし、魔法や剣の使いかたも訊いてみたかった。
しかし、海賊だとはいえ、なんの躊躇もなく数十人の人間を殺している者に近付く事は俺にはできなかった。
見付からないように、一番高い建物の屋根に降りて、様子を窺っていると、突然、ロヒがこちらを向いて叫ぶ。
「そこの屋根の上に隠れている人。出てきてください。抵抗しなければ安全は保証します」
見付かってしまったらしい。
このまま飛んで行けば逃げきれるだろうか?
多分、無理だろう。先刻見たロヒの飛ぶ姿は、俺の飛ぶ早さなど優に超えていた。
あっという間に追い付かれて、へたをすれば飛んでいる所を火炎塊で打ち落されるかもしれない。
あきらめて屋根から降り、ロヒへと近付いていった。
近付くにつれて胸の鼓動が早くなっていく。
目の前に立っている男は、白い靄が昔と変わらず右肩辺りで渦巻いている。間違えなく母さんを殺したロヒだ。
俺が海賊の仲間じゃない事をどう説明するかを考えながら歩いていると、俺を見るロヒの顔が狼狽したものへと変わっていった。
俺がアルクの息子だということが判ったのだろうか?
叫ばなくても声が届く所まで来ると、ロヒから声が掛かった。
「君は……。クラニ村の人間か?」
「うん。今、ゼノ様への面会へ行く途中だったんだ。海賊の仲間じゃないよ」
「……その、……その盾はアルクの盾か?」
俺の右手に抱えていた盾は昔から家にある物だ。ロヒが知っていてもおかしくはない。
「うん。俺は……」
立ち止まり、少し悩んだ。俺の正体を知ったロヒの、その後の行動はどうなるだろう?
もう、どうにでもなれだ。
「俺はアルクとティタの息子、シテンだ」
ロヒの顔から血の気が引いていくのが判った。
「ロヒは冒険者なの? 冒険者ってこんな事もやるんだ」
名乗ってからは、ロヒの口は閉じたままだ。
こちらから話し掛けることにした。
「……あぁ、……今日は海賊退治だが、なんでもやる」
「人殺しも」
我ながら酷い質問だ。ロヒを苛めるつもりはなかったのだが、この状況からなんとなく訊いてしまった。
「……ティタは……、君の母親は、……事故だったんだ。言い訳でしかないが……」
「うん。多分、そうだと思っていた。でもどうしてロヒは父さんを殺そうとしたの?」
「違う」
叫ぶように答えたロヒ。
こちらが少し驚いてしまった。
「違うんだ。……アルクの後ろに居た魔族を倒すために……、アルクの脇を擦り抜けて……、魔族を……」
「魔族?」
俺の記憶にはない存在だ。
「そうだ……。魔族がアルクの後ろに居た。そいつを刺そうと、……そうか、ティタも私がアルクを……、それで庇って……」
「俺は小さかったから、あまり状況が判っていないんだ。そうか魔族を狙ったんだね」
ロヒは父さんを狙っていた訳ではなかった。それが判っただけでも良かった。
ロヒはそれほど悪い奴ではないのだろう。
「そうだが……。私がティタを殺してしまった事は事実だ。私は君に殺されても文句はない」
「そんなつもりはないよ」
「そ、そうか……」
「でも……、許すつもりもない」
仇討ちをする気も、恨む気持ちもない。
だけど、両親を不幸にしたのはロヒだ。
あれ? 恨んでいたつもりはなかったのに、これって恨みなのだろうか?




