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切望する魔  作者: 山鳥月弓
シテンの章
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飛ぶ練習

 母さんが死んで十二年が過ぎ、俺は十五になった。

 今日から始まる春の魔獣退治に初めて参加することができる。

 あまりやりたいとは思わないが、クラニ村に生まれた者の宿命だと割り切るしかないらしい。


 父さんは母さんが死んでから、あまり口をきかない。

 畑仕事が無いときなどは、一日中、ぼんやりしていることもある。

 剣の腕前は村一番だったと聞いた事があるが、剣を握っている所は母さんが死んだ後、見た事がなかった。教えてくれと何度か頼んだこともあったが、いつも悲しそうな目をして首を横に振るだけだった。


 父さんがこんな調子だから、隣のセウラさん一家が俺の面倒を見てくれていた。

 最近では俺も色々とできるようになったが、母さんが死んでからつい最近までは家のほとんどの事をセウラさんの奥さんがやってくれていた。

 明日の魔獣退治もセウラさん一家と一緒に行動することになっている。


「父さん、今日から魔獣退治だよ? 準備は大丈夫?」

 この言葉は、父から息子への言葉じゃないのか?

 なんだか、嫌になる。

「あぁ……。……だいじょうぶ、だ……」

 虚ろな目をして、覇気など微塵も感じず、廃人一歩手前という風貌だ。

 ああ、嫌になる。


 魔獣退治の初日はナープ村だ。

 大人達の会合が終わって早速森へと入る。

「シテン、おまえはアルク……、お父さんと二人で組みなさい。ただし、俺達からあまり離れず、姿が見える場所で見付けた魔獣だけを狩りなさい。アルク大丈夫だよな?」

 セウラさんの指示に父さんは頷くだけだった。

 廃人のような父さんではあるが、魔力も村一番で、これまでも問題なく熟しているらしい。

 なんだか頼りにならないようにも感じるが、その強さは知っている。

 これまでも何度となく魔獣の森へは入る必要があったので、当然ながら父さんの戦い方は子供の頃から見ていた。


 俺自身もこれまでに魔獣退治は何度もやっている。最近では一人で森へ入る事も多いので問題はないはずだ。

 セウラさん一家の右側へと付き、森を奥へと進んだ。

 父さんが突然歩くのをやめ、ぼんやりとした眼差しで俺を見詰めながら、腰に下げていた魔導具を差し出した。

「これは、お前が使いなさい」

 持っているだけで魔力を何倍にも増幅してくれるその魔導具はゼノ様から貰ったもので、村では三人しか持っていない。

「いいの?」

「ああ」

 これまで何度も使わせてくれと頼んで見た事があったが、一度も使わせてもらったことはない。

 一人前と認められた気がして嬉しかった。


 魔獣退治が終わり、セウラさんの奥さんが作った夕飯を食べながら父さんへと訊いてみる。

「外に置いてある盾、使ってもいい?」

 今日の退治が終わって、その帰り道に魔導具を返そうとすると、ずっと持っていて良いと言われた。つまり、この魔導具は、正式に俺の物になった訳だ。

 そうとなれば飛ぶ練習をしなければならない。

「ああ」

 よし、これで飛べるようになる。食事が終わったら、あの盾を磨いておこう。

 子供の頃は父さんに背負ってもらい、よく飛んでいたのを思いだす。

 俺が背負うには大きすぎるようになると、一緒に飛ぶことはなくなってしまった。

 盾が小さいというのもあるが、二人で立って飛ぶとバランスを崩してしまうらしい。


 次の日からすぐに飛ぶ練習を開始した。

 俺は飛ぶことに憧れていた。

 こんな北の端にある、寒く、小さく、何もない村を出て行くことに憧れていた。

 明けても暮れても、畑仕事と魔獣退治ばかりの生活をして死んでいくなんて真っ平だ。

 飛ぶことができれば皇都へもエテナへも三日程で行けるらしい。

 そうであれば、この村に留まる必要はない。数週間に一度、帰ってくれば左腕の呪いも問題ないはずだ。


 飛ぶのは難しい。

 最初は板の上でバランスを取るだけで精一杯だった。本当にこれで前に進めるようになるのかとすら思うほど、力の加減が難しい。

 なんども地面へと落ち、なんとかバランスを保てるようになったのは、練習初日の夕方になってからだった。

 そろそろ暗くなる。今日はこれくらいにしておこう。


 ふと、家から魔獣の森を見る。

 まだ夕方だが、森の中は暗く、一体の巨大な化け物のように見える森だった。

 見るだけで陰鬱な気分になってしまう。いつも見ている景色だが、馴れることはない。

 そこへと続く道にも、未だに母さんが死んだ時の記憶が残っていて、暗い気分に拍車をかけた。

 俺はまだ三歳だったが、母さんがロヒと呼ばれていた男に刺された時の事ははっきりと思い出すことができる。

 思い出せる記憶は短いものだが、父さんとロヒが向かい合い、なにかを怒鳴っている場面から始まり、急に母さんが消えたと思った次の瞬間には、父さんの側でロヒの剣が母さんを貫いていた。

 母さんはロヒから父さんを庇ったようだ。


 そのロヒという男の事はよく知らないが、それまでに見たことが無いような白い靄を身に纏っていた。

 靄を纏っているという事、それ自体は俺にとって珍しいという訳ではなかったが、ロヒの靄は特別に見えた。

 この村の人々も靄を纏っている。

 ただロヒのように白一色ではなく、左腕付近が黒で、右腕付近が白だ。

 白と黒なのは魔導具も同じだった。

 面白いことに、白と黒は混じりあうことがなく、魔導具の周りに漂っているが、しっかりと分離している。

 成長するにつれて、その靄のようなものが魔素だということは判ってきたが、なぜ自分だけに見えるかは判らない。

 白と黒の違いは、その魔力の由来からだろうということは、この村の人々の特殊な事情から推測できる。

 魔獣や魔族は全体が黒っぽいし、偶に村の外から来る、魔力を持った人であれば白っぽい。

 だが、ロヒのように濃く、右肩あたりで渦を捲くように纏っている人や魔族は見たことがなかった。

 ただ、一体だけ、ゼノ様だけは、色も濃さも、誰のものとも違っている。特殊な魔素という意味ではロヒと同じなのかもしれない。


 ロヒという男に対して、本来であれば恨み、いつか母さんの仇を討ってやろうと思うべきなのかもしれないが、今の所、そんな考えはおきることはなかった。


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