貫かれたもの
その晩、横になっても、すぐには眠ることができなかった。
アスモ達が人を襲う事になるなど考えたこともない。
カウと親しくなっていなければ、ありそうな事だと思ったかもしれないが、今の俺が知っているアスモは、少し思慮が足りない、大きな身体をした子供くらいの認識だ。
きっと、なにか理由があるはずだ。
そんな事を考えていた所為か浅い眠りしかできないまま、朝になってしまった。
居間へ行くとティタとシテンが居た。
ロヒが来ていると知って朝食を持ってきてくれたのだろう。
シテンは初めてみるロヒを不思議なものでも見るかのように見ている。人見知りする子ではあるが、ロヒへの視線を外そうとはせず、まじまじと見ていた。
そのロヒはテーブルで朝食を食べている。
「あなたも、食べるでしょ? 朝食」
「ああ、食べる」
ロヒは食べ終わったらしい。
「ティタ、美味しかったよ。ごちそうさま」
ティタは少し恥ずかしそうにしている。
二人の会話を聞きながら、初めてティタが家へ来た時の事を思いだしていた。
あの時、俺は二人のどちらにも嫉妬をしていた。
俺の知らないロヒの話をするティタに嫉妬し、俺の興味を引くティタと楽しそうに話すロヒに嫉妬した。
二人の会話に入ることができないことに苛立ち、楽しげな二人を妬んでいた。
今にして思えば、ティタに一目惚れしていたのだろう。
当時の馬鹿な子供だった自分を思い出し、顔に嘲笑が出てしまったらしい。それを見逃さなかったティタが怒りだす。
「あなた、私の料理の腕はまだまだだって、馬鹿にしてるんでしょ」
「違うよ。昔の事を思い出していたんだ」
「……そうよね。昔は酷い料理だったものね」
ティタは自分の昔だと勘違いしているらしいが、わざわざ俺の恥じを晒す必要もないので訂正せず、そのままティタの料理を食べ続けた。
「うん。おいしいよ。そうだね。昔とは雲泥の差だ」
ロヒは昔と変わらない、柔らかな優しい笑顔で俺達の会話を聞いていた。
三人の会話に間ができるとロヒが立ち上がった。
「ん? もう行くの?」
「ああ、さっさと片づけたいからね」
アスモを捜しに行くのだろう。俺も一緒に行くつもりだ。
食事を掻き込む。
「まって、俺も行く」
「だめだ。私一人で行く」
ロヒの顔からはいつもの笑顔が消えていた。
「いつまでも子供あつかいはやめてくれ。話しておきたい事があるんだ。とにかく俺も行く。ごちそうさま」
そう言って立ち上がり、剣と魔導具を持って玄関へと進んだ。
ロヒより先に玄関を出て、魔獣の森の方へ目をやり、息を飲んだ。
魔獣の森へ続く道、三十メートル程先にアスモが三体居る。
その内の一体はカウだった。他の二体もカウと遊んでいるところを見たことがある。昔から知っている三体だった。
「どうしたんだ」
立ち尽くす俺の横から出てきたロヒが、アスモ達の方を見た。そう思った瞬間、ロヒが消えていた。
正確には消えたように見えた。
アスモ達の方を見ると、さらにその先、十メートル程にロヒが居る。瞬間的に移動したように見えるが、萎竜賊流の瞬発力と魔法による補助で飛ぶように移動したのだろう。
アスモの一体の首がゴロリと落ちた。
すれ違いざまに切り落としたのだ。
「ロヒやめてくれー」
そう叫びながら、止めなければならないと思った俺は、ロヒとアスモ達の間に雷光を落とし、すぐさま、ロヒと同じように魔法を使い、アスモ達の所へと飛んだ。
ロヒは、既にアスモ達へと突っ込んでいたらしく、雷光をまともに受けてしまい、「ぐぅ」と呻き、右側へ飛び退く。
雷光が当った瞬間、ロヒを殺してしまったと思ったが、少しよろけているくらいで、倒れることはなかった。
「ロヒ……、すまない。大丈夫なのか」
「ああ、これくらい平気だ」
どうやら既で避けたようだ。
しかし左瞼を切ったらしく、左目を瞑っている。血が顔を伝い顎から滴り落ちていた。
「すぐに治療を……」
「いらない。そこの魔族が先だ」
「たのむロヒ、話を聞いてくれ」
そう言いながら、腕で横に立っているアスモ達を俺の後ろへ誘導する。
俺が盾にならなければ、一瞬でロヒの剣がアスモを切り捨てるだろう。
「聞く意味はない。人や竜に危害を加えた魔族は魔王ゼノとの盟約でこちらの自由に、始末してしまって良いことになっている」
「ゼノ様との盟約? 始末? なんの事だよ? 判るように説明してくれ」
「アルクには関係ない。魔王と竜の盟約だ。人の関与する余地はない」
「人に危害を加えたら、その約束は発動するのだろ? それじゃ関係あるじゃないか」
「とにかく、その魔族の始末が先だ」
そう言い終わるのと同時にロヒの姿を見失う。
先刻と同じ、魔法込みの超瞬発力だ。
次の瞬間にはロヒの顔が俺の目の前に在った。
そして、もう一人、俺とロヒの間に誰かの身体が在る事に気付く。
その誰かの黒い髪の向う側にあるロヒは驚いた顔をしているが、次第に狼狽へと変わっていった。
「なぜ……ティタ……」
そう呟き、ゆっくりとふらつきながら後ろへ下るロヒ。
支えを無くした身体が俺の方へと倒れて来た。
俺はその身体を支え、顔を見る。服装や後ろ姿から誰かは判っていたが、そこにティタの顔を見た俺は、そこからの記憶がはっきりしない。
ぼんやりと覚えている事は、ロヒの剣がティタの心臓を貫いていた事だけだった。




