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切望する魔  作者: 山鳥月弓
アルクの章
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事件

 ティタから聞いた萎竜賊流の話から、ティタの瞬発力が常人を越えたものだった理由が理解できた。

 竜に反撃や竜心を庇う暇を与えず、その竜心を貫く一撃のためだけに驚異的な瞬発力が必要となるらしい。その一撃に全身全霊を使い、その後は動けなくなったとしても竜心を貫けと教えられるとティタは言っていた。

 ロヒはそんな剣術は教えてくれなかった。

 竜と戦う事など想定していなかっただろうし、萎竜賊の名前を出す必要もなかったのだろう。

 クラニ村の生業である魔獣退治には十分な程、ロヒの教えは役に立っている。

 魔獣に対しては、だが。


 その日、いつもの様にシテンを連れ、魔獣の森を散策していると魔獣達が活発になっている事に気が付いた。

 魔獣が活発になることは、さほど珍しいことではないが、子供連れで派手に動き回るのは得策ではないので、早めに切り上げ帰ることにした。

 シテンに怪我でもさせるようなことになれば、俺がティタに同じような怪我をさせられる、かもしれない。

 家へ帰るとティタが家の前で心配そうにこちらを見ている。何事かあったようだ。

「どうかしたのか」

「よかった。無事で。家に入ってちょうだい」


 ティタは家へ入ると、まだ日も暮れていないというのに、戸締まりをする。それもかなり厳重に見えた。

「なにがあったのさ」

「魔獣の森で魔族を見た人が居るらしいの」

「アスモ……、魔族が?」

 ティタには秘密だが、今でも数ヶ月に一度はカウと会っていた。

 最後に会ったのは三ヶ月程前になるが、その時にはこれといって異変らしきものを感じることはなかった。


「この付近へアスモ達が来ることはゼノ様が禁止しているんだ。見間違えじゃないのか?」

「私が見た訳ではないから、それは判らないわ。でも注意した方が良いでしょ? 魔族なんて出会ったら逃げるしかないんだから」

 アスモと会った事がないティタにとっては、魔族は恐怖の対象でしかない。

 それはティタだけではない。アスモ達と深い関わりを持つ、クラニ村の住人達にとっても、やはり魔族は関わりたくはない種族なのだ。

 俺がどんなに人と変わらないと言ったところで安心する者など居ないだろう。


 アスモ達を見たという人はリクラ村の者だったらしい。

 リクラ村はクラニ村の東側に位置する村だ。クラニ村ほど魔獣の森に近い訳ではなかったが、それでも魔獣の被害は年に数度は受けている。

 発見されたアスモは二体で、森から出て来て人間を見ると、なにかをするわけでもなく、そのまま森の奥へと消えていったらしい。

 次の日、俺は一人で森へ入り、そのアスモ達を捜した。

 見付けたらこの辺りから離れ、北へ帰れと云うつもりだったのだが、一日中捜し回っても見付けることはできなかった。


 家へ帰るとティタからリクラ村の住人数名が魔族の討伐を依頼に来た事を知らされる。

「もちろん断ったらしいわ」

 魔族の強さは、この村の人間が一番知っている。戦いに馴れているクラニ村の人間が総出で討伐しようとしても敵わないだろう。

「セウラさんの話しだと、この辺りの村から資金を集めて、冒険者組合に魔族討伐を頼みに行くみたい」

 無駄だと思った。魔族相手に戦える人間などいない。

 そんな事は冒険者なら誰でも知っているだろう。


「不安だわ。この家が村の中でも一番魔獣の森に近いのよ。シテンだけでも村の南側の家に預けた方がいいかしら?」

「大丈夫だよ。それに君なら魔族くらい返り討ちにできるだろ?」

 ティタはむっとした顔をして、俺を睨み付ける。

「冗談いってる場合じゃないでしょ。どうにかしなきゃ……」

 今のティタに安心しろと言うのは無理そうだ。

「確か、村の入口近くに空き家があったな。騒動が収まるまで君とシテンはそこに住まわせてもらえるように村長に頼んでみるよ」

「あなたはどうするの?」

「俺はここに居るさ。見張りも必要だろ」

「……怖いわ」

「大丈夫だよ。こいつがあれば魔族とだって対等に戦える。どうってことない」

 腰に下げている魔導具を見せながら強がってみせるが、実際には、こんな魔導具くらいではどうしようも無い程に、人間とアスモ達との間には差がある事をカウとの付き合いから知っていた。

「魔族の王から直に貰った魔導具だ。これを見せれば魔族だって逃げるさ」

 その日、ティタの顔から不安が消えることはなかった。


 次の日、ティタとシテンを村の入口にある空き家へと避難させ、急いでカウを捜して魔獣の森を飛んだ。

 いつもなら、それほど苦労することもなくカウを見付け出す事ができるのだが、その日に限ってはカウどころかアスモ一体すら見掛けることができなかった。

 いっそ、ゼノ様に相談してみようか……。

 さすがに城まで行っていては時間が掛かりすぎる。そろそろ帰らなければ家に着くころには日が暮れてしまうだろう。

 今、この森で起きている事がなんなのか判らないが、カウとの付き合いから、それほど大事になるとは思えなかった。実際には村まで来てしまったアスモ達は、既に魔族の領域まで帰ってしまい、騒いでいるのは人間だけなのではないだろうかと思ってしまう。

 あと一月もすれば、いつもの生活に戻れるだろうと考えていた。


 家へ帰ると明かりが灯っている。

 ティタ達が戻っているのだろうか?

 玄関の扉を開き、中に居る人を見て驚きのあまり声が出なくなった。

 中に居たのはロヒだった。

 九年ぶりに見るロヒは、別れた時と変わっていない。記憶にあるロヒ、そのままの姿で椅子に座り、俺を見詰めている。

 声が出ず、玄関で立ち尽くす俺を見てロヒから声が掛かる。

「どうしたんだい? 私の事、忘れてしまったかな?」

「……わすれる、……わすれるわけ、……ないじゃないか……」

 上擦る声が自分でも恥ずかしかった。


 ロヒは魔族討伐のため、冒険者組合から派遣されて来たということだった。

 組合窓口がある町までは、歩くと片道で一日はかかる。

 ロヒは話を聞いて、すぐさま、文字通り飛んで来たのだろう。

「色々と……、話さなきゃいけない事があるんだ……」

 ティタとの結婚の事、子供の事、ロヒが出て行ってからあった、様々な事をロヒに話したいと事あるごとに思っていた。

「そのようだね。でも話しは仕事が終わってからだ」

「仕事なんてする必要はないさ。アスモ達はもう帰ったよ。今日も森の中を見て回ったけどアスモなんて居なかったよ」

 そう聞いてロヒは暗く、悲しい顔をし、頭を横に振った。

「さっきリクラ村の人が二人、魔族に殺されたと連絡があった」

 俺は、息が詰まり、考える事が出来なくなっていた。


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