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人でなしのいろは  作者: 囲味屋かこみ
第二章 人でなしの姫君
6/12



 夢を見ました。いつもの事です。



 真っ白な部屋の中、鎖のようなチューブに繋がれたまま、わたしは俯いていました。


 どこを見ても一緒な空間です。だだっ広い部屋には、彩色や調度品などは一切ありません。床も、壁も、天井も、白く、白く、白く、白く、白でしかありません。


 ″何も無い“、というのは、人の心を殺します。緩やかに、腐敗させ、狂わせます。


 わたしが俯くのは、自分の存在を確認する為でした。色が無いこの世界に置いて、唯一の彩色。肌色と、爪には薄い桃色。大丈夫、わたしは、ここにいる。


 ……大丈夫?


 いえ、大丈夫では、ありません。


 わたしは、消えてしまいたかった。いなくなってしまいたかった。


 死んで——しまいたかった。


 繰り返される実験の中、


 絶え間ない苦痛と苦悶の中、


 『無』——の中。


 わたしは、生きたいとは思っていなかった。

 

 繰り返される、自問自答の日々。


 何故、わたしは生きているのでしょう。


 それは、呪いの言葉。

 

 死んだ人のためとか。

 亡くなった方のためとか。

 死人を言い訳にして。

 自分のために。

 自分の心を守るために。

 それを認めるのが怖くて。

 誤魔化すのが精一杯で。

 逃げるしかなくて。

 逃げても堂々巡りで。

 ならばと、

 目を逸らしても。

 目を閉じても。

 何も変わらなくて。

 もがいて。

 あがいて。

 それでも、どうしようもなくて。

 壊れてしまえばいっそ楽なのにと。

 死んでしまえばいっそ楽なのにと。

 けれど、

 壊れるだけの弱さも、

 死ぬだけの強さも、

 どちらも持ち合わせてはおらず。

 中途半端に。

 曖昧に。


 続けた結果が——私です。


 本来ならば続かないものが続けば、

 あり得ないことが、偶然に、

 起こり得ないことが、必然に

 成ってしまえば、

 存在しないはずのその先は、



 《人でなし(ばけもの)》の、できあがり。


 

 何故、わたしのような存在が、存在を、ゆるされているのでしょう。


 赦されたくは、なかった。


 許して欲しくなど、なかった。


 罰を与えて、欲しかった。


 

 罰——そう、罪です。



 わたしは、赦されざる、罪を犯しました。


 わたしは、被害者などではなく、ただの加害者だでした。


 なのに、のうのうと、こうして、生きている。


 死んじゃおうかな——そう、思った。


 その時。


 顔を上げると、いつの間にか。


 気付かないうちに、そこに、一人の子どもが立っていました。


 まるで、お伽話に登場する魔女のような、真っ黒な女の子です。


 足元まで伸びる髪は、黒曜石のように深い深い漆黒色をしていました。燃えるような黄昏色の瞳。肩口が大胆に空いた、ドレスのようなワンピース。腰には、大きなリボンがついています。


 少女は、静かに、佇んでいました。


 やや吊り目ぎみの大きな目で、ただこちらを見ています。


 驚きました。ここは、研究員以外、誰も入らない部屋だからです。


 どこから入ったのか、何故そこにいるのか。


 そんな疑問よりも先に、わたしは存在を問います。


 ——あなたは?


 少女は答えます。


 ——儂は、儂じゃよ。それ以外の何者でもない。


 少女は、老婆のような口調でした。しかし、わたしは気にしません。


 ——お名前は、何というのですか。


 少女は笑います。老獪に、笑います。見た目に似合わない笑い方でした。ちがはぐです。


 ——名前、名前……のう。そんなものは、お主よ。なんの意味も無いよ。言ったじゃろ、儂は儂じゃよ。個の存在とは、本来、それだけの事でしかないのじゃ。それだけで、十分なのじゃ。のう?


 少女が、何を言っているのかわたしには理解できませんでした。


 ——すいません。何を、おっしゃっているのか分かりません。


 機械的に言います。感情を表現するのは、苦手でした。


 ——ははは、Siriか、お主は。まあよい。それはさておき、人に名を問うならば、自分から名乗るのがマナーじゃよ。


 少女は何がおかしいのか、からからと笑います。


 ——名前……わたしの名前は、NT-01と申します。


 ——は? なんじゃそれは。


 ——わたしの、名前です。研究員さんがそう呼んでいました。


 ——いやいや、それはただの識別番号じゃろ。それとも、名など個を識別する番号でしかないとのたまう厭世家えんせいかか、お主は。儂がいうのはなんじゃが、おかしいじゃろ。


 わたしは、首を傾げました。何がおかしいのか分からなかったのです。


——はん。なるほどのう。


 そんなわたしの様子を見て、少女は辺りをきょろきょろと見回し、そして何かを納得したかのよう頷きます。


 ——なるほどなるほど、なるほどのう。はん、随分とまあ、つまらんことをするじゃあないか。


 何かを蔑むように、少女は吐き捨てます。次に、わたしを見て、にぃっと笑うのでした。


 表情が豊かな子だなあ、と思いました。


 ころころと移り替わります。


 ——よし、ならば、儂が名を与えてやろう。喜ぶがよい。光栄に思うがよい。こうべを垂れて、かしずくがよい。儂が直々に名を授けるのは、お主で″8人目“じゃ。


 結構多いなとは思ったのですが、わたしは口には出しませんでした。空気を読む、という事をこの時覚えたのです。


 ——はあ……なるほど、ありがとうございます。


 頭を下げます。少女は、満足そうに胸を逸らしました。無い胸が、更に強調されます。


 ——うむ、そうじゃのう……。


 そして、彼女は言うのです。


 真っ直ぐな瞳で、

 真っ直ぐにわたしを見て、

 真っ直ぐな想いで、


 存在に、意味を、

 存在に、意義を、

 わたしという存在を、

 世界に——確立する、

 その言葉を。



「お主の名は、『友』じゃ。これからは、それがお主の名であり——そして、儂とお主の関係を表すたった一つの言葉じゃ」



 そして、わたしは夢を巡り、現実へと回帰する。

 


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