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人でなしのいろは  作者: 囲味屋かこみ
第一章 存在証明
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「お帰りなさいませ、お姉様!」


「ぐぅっ!」


 あの後しばらくして、先刻の言い付け通り身依の部屋に顔を出した途端、体当たりを食らいました。


 掛け値無しのフライングボディーアタックです。


 文字通り飛んできた身依の身体を受け止めながら——受け止めきれずよろめきながら、わたしは言います。


「久しぶりですね、身依」


「はい! お会いしとうございました!」


 わたしもですよ、と答えながら、彼女の小さな身体を下ろします。とすん。軽い。存在の軽さ。


 後ろ手にふすまを閉めて、外界との繋がりを遮断している間に、身依は屈託の無い笑みをわたしに向けていました。


「お姉様」


 お姉様、お姉様、お姉様。何度も、何度も、存在を確認するかのように、身依はわたしの事を呼びます。胸に顔を埋め、すりすりと、愛おしそうに、仔犬のように。


 わたしは、彼女の頭を撫でました。さらさらで、柔らかい指通り。小さな小さな存在。


 気持ちよさそうに目を細める身依の顔に、先程までの“無機質さ”は微塵もありませんでした。


 これが。


 わたしのことをお姉様と呼ぶ今の身依が、本来の彼女です。


 いや、本来などという言い方はおかしいのかもしれません。おこがましい、とも言えます。あくまで、わたしが知る、わたしに見せる身依はこうだというだけの話です。


 普段の、綿がくり貫かれ人形ような身依も。わたしと二人っきりの時だけ現れる人懐っこい身依も。


 どちらが本当で、どちらが偽物かなんてわたしに判断できるはずもないし、していいはずもないのですから。


 結局のところ、『本当の自分』など誰にも分かりはしないのです。他人にも。本人でさえも。何故なら、そんなものはどこにも存在しないのかもしれないから——と、ここで。


 ようやく、わたし達は、向かい合って置かれていた座布団に座ります。一緒に。……二つある意味がない。


 それにしても、相変わらず何も無い部屋でした。それは文字通りの意味で、本当に、何も無いのです。およそ生活に必要な家具も、もちろん娯楽品も、衣装は別の部屋ですし、それも私服なんてものは一着もありません。


 女の子の部屋だというのに、鏡すらありませんでした。この家では、鏡なんてものは跡継ぎ本人が見る必要がないのです。全ての世話は、使用人の仕事です。


 部屋は、その人の性質を表すと言います。

本当に——何もない、がらんどうな空間。ただでさえ広い十六畳の部屋が、余計に広く見えます。


 ここでの問題は、それを“本人が選んで造り出しているのではなく、第三者から与えられている点“でした。


 それは、ごく最近どこかで聞いたような話でした。


「………………」


 『時織』の名が持つ呪縛。


 呪い。


 真の意味での、代替。


 新の理由での、代用品。


 身の代わり、身代わり。身代みより。その名は縁起が——縁が無いので、転じて、身依。


 ここまで――やるのですか。


 不思議と、心がざわめきました。


 怒り、とまでは言いません。ええ、言いません。他ならぬわたしに、そんな事を思う資格はないのです。しかし、胸の内から何かこう、沸き上がってくるもはありました。


 時織友。


 時織身依。


 時織——。


 三隔たる第三千世界こと三界が一角、時織とは、裏の世界では古くから《信仰》を司る家系でした。


 世界中の歴史を紐解くまでもなく、《権力》の影には必ず《信仰》がありました。それは、人が最も忌み嫌うもの——死に、意味を与えたはじめての存在であり——『弱った人の心』に《信仰》は程よく響き、御しやすいからです。


 洗脳、とも言えます。


 そしていつだって吐きだめのようだった『社会』において、それは想像を絶する『集団』になりうるのでした。


 《権力》に必要不可欠なものは何か。


 力でしょうか。それともお金でしょうか。


 答えは、『群体』です。


 軍隊などまさにその一部でしかなく、金塊などただの付属品でしかありません。


 人が群れれば、そこには武力が生まれ。


 人が群がれば、そこには財力が生まれ。


 そして——『支配』が生まれます。


 《権力》が、発揮されるのです。


 故に、『群体』を生む《信仰》は、まさしく《権力》の源流と言えるでしょう。


 少なくとも、時織は、ずうっとそうしてきました。


 あちらとこちら、《表》と《裏》の世界を跨ぎながら。


 ありとあらゆる媒体を持って、《権力》を

発揮してきました。


 そんな時織の中で、後継ぎとして産まれた身依。


 大衆の信仰を注ぐ器に、中身など不要。それが現実。だからこその現状。


 虚で。空っぽで。空虚で——中身を持たせない為の教育を、施される。


 人身御供——それは、本来、わたしの役割だったはずでした。


 わたしの、代替品である、身依。


 わたしは、彼女に対してどのような感情を抱けばよいのでしょうか。何を、してあげればよいのでしょうか。


「なんだかなあ……なんなんでしょうね」


 自分でもよく分からなかったので、とりあえずの逃げ口上を呟いておきました。わたしの膝に乗る身依が、不思議そうにわたしを見上げていましたので、再度頭を撫でます。しばらく、くすぐったそうにわたしに身を委ねていた身依でしたが、はっとしたように口を開きました。


「お姉様、お姉様! お久しぶりです!」


「えっ、あ、はい——って、久しぶりも何も、つい半年前に会ったでしょう」


 言って、流石に半年前でついは無理があるのかなあと思いました。

 

「お姉様、1週間は7日ですよ」


「はいはい」


「1日は、24時間です」


「偉い偉い」


 褒めてあげました。


「えへへー……。ということは、この間お会いした時から……えっと…………とにかく、私にとっては存分にお久しぶりなんですよ!」


 身依の、屈託のない、目一杯の笑顔。子どもの笑顔というのは、どうしてこうも眩しいのでしょうか。


「そうですよね……ごめんなさい、寂しい思いさせて」


 わたしは迷います。


 迷い、戸惑います。


 どうして、そんな顔ができるのかと。そして、わたしは、それに対しどんな顔をすればよいのだろうかと。


「えへへー。お姉様、大好きっ!」


 身依が抱き付いてきます。わたしの胸に、顔を埋めて。愛おしそうに。本当に、愛おしそうに。


「お姉様の匂いがするー」


 わたしは——そんな身依を抱き締めようとして、出来きませんでした。


 所在が無くなった手を、そのまま身依の頭へ。撫でます。わたしには、こんなことしかできません。してやれません。


 それでも。


 それなのに、身依は笑うのです。まるでそれしか知らないみたいに。


 すぎり、と胸が痛みました。


 ——罪悪感、贖罪。


 それこそ、自分本位、ですか……。


「お姉様!」


「はい?」


「お姉様のお話、聞かせてください!」


「もちろん、いいですよ」


 身依は、笑う。


 わたしは、最後までうまく笑えませんでした。


 

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