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人でなしのいろは  作者: 囲味屋かこみ
第一章 存在証明
2/12

【Side:2028.06.10––Tomo】



 

「おっかえりー! ともくーん!」


 事務所の扉を開けたわたしを待っていたのは、黄色い歓迎でした。


「いやあ、お手柄だったじゃないか! 上司の僕も鼻が高いよ!」


 まるで誕生日のサプライズとばかりに待ち構えていたのは、この九頭竜探偵事務所の所長です。名を、九頭竜織也くずりゅうおりやと申します。


 年齢は、28歳。社会人らしからぬ無造作に伸びた頭髪は、必ず後頭部に寝癖が残っています。朝が弱いようで、かといって夜も遅くまで起きている事が苦手な社会不適合っぷり。


 いい事があった時は、無駄にテンションが高く。悪いことが起きた時は、必要以上に落ち込む性格をしています。よく言えば、感情表現が素直で豊かな人物。悪く言えば、子どものような方でした。


「ただいま戻りました、所長」


「うんうん! 無事でよかった! ささっ、こんな所で立ち話もなんだ、中に入ろう!」


 どうやら今日は歓迎ムードのようで。常日頃から、依頼客の対応も同じようにこなしてくれると嬉しいのですが——いえ、いきなりこのようなテンションでこられては、確実にお客様も困惑してしまいますね。少なくとも、わたしは今、物凄くひいています。


 所長に促されるまま、わたしは事務所の中へ。


 入ってすぐの左手、スケジュール兼外出報告が書かれたホワイトボード(『皆さん』外出されているようでした)を通り過ぎ、応接室の扉を横目にスルーすると、奥の事務スペースへと辿り着きます。


 職員三人、プラス非常勤一人わたしという人数には、いささか広い二十畳余の空間。東側の壁沿いには、各職員に割り当てられたロッカーや、資料が所狭しと収められた収納棚が並んでいました。奥の二つの扉はそれぞれ、給湯室と資料室へと続いています。割と豪華な造り。


 そして、西側の区画。ねずみ色のカーペットに合わせた、木製の事務机が四つ並べられています。所長の机と向かい合うようにして、職員の机が首を揃えていました。その中の一つ、わたしの席に職務用の鞄を下ろします。


 所長の姿は、いつの間にかありません。先に、『今回の事件』の資料をまとめておこうかと触り始めた矢先、給湯室の方から所長が出てきました。手には二つのティーカップ。大の大人が、スキップでこちらに向かってくる様は、恐怖さえ覚えます。手に持った飲料が溢れないのが不思議でならない……。我らが所長は、無駄な所で器用さを発揮します。


「おまたせっ! 友くん!」


「わざわざ、すいません。ありがとうございます」


 わたしの席に一つ。所長の席に一つ。ティーカップが置かれます。白と黒。古市で買った、年代もの。わたしセレクト。


「いいんだよ! 僕は社員の功績を労う為に産まれてきたと言っても過言ではないからね!」


「なるほど。できればその精神は、賃金の方に反映させていただきたいところです」


「ちん……ぎん? うっ、頭が……何か僕は大切な事を忘れてしまっているような……。この胸の痛み……この悲しみ……どうしても、思い出せない……」


「それは大変ですね。一度病院に行ってみることをおすすめしますよ。MRIスキャンをすれば、脳に重大な欠陥が見つかるかもしれません。もっとも、心の病は治療が不可能でしょうが」


「部下のものとは思えぬ辛辣な言葉! でも許せる! 何故なら、僕は所長だから! 部下の理不尽さも笑って受け入れられる上司でありたい!」


「それは良い心がけです。今の日本に必要なのは、所長のような傑物なのかもしれませんね。日本の未来は所長にかかっていると言っても過言ではありません。手始めに、働き方改革を掲げて、経団連にでも乗り込んでみてはいかがでしょうか。きっと、熱烈な歓迎をうけますよ」


「えっ、本当に? 急いでプラカード作らなきゃ」


「絶対に一人でお願いしますね……」


 それは、自殺と同じ破滅への道です。あと、コンプライアンス的にも大変まずい。


「さて、それにしても——」


 このまま所長のテンションに付き合っていては、日が暮れてしまいそうなので、わたしは話題を仕事方面にシフトします。


「それにしてもですよ——情報が早いですね」


「まあね」


 所長は、通常運転までギアを落とした様子でした。


「始末屋の方から連絡があってね。大方の経過は把握してるよ。犯人は、ひとまず警察の方へ身柄が引き渡されるみたい」


「警察、ですか……」

 

「どうしたの? 何か不安?」


「いえ、そういうわけでは、ないのですが……」


 わたしは、机の上に置かれた資料を手元に手繰り寄せます。幾度となく目を通した、犯人のプロフィール、事件の概要、目撃情報、警察の捜査方針、それらをパラパラとめくりながら、先程の出来事を思い返していました。


 絵無筆頼、32歳。職業、教師。静岡県出身。両親とは三年前に死別。両親の死をきっかけに、名古屋に移り住む。


 事件が起きたのは、ちょうど二週間前。最初の被害者は、彼の元教え子。公園のトイレで四肢を切り落とされ、マネキンの物と取り替えられているのを、パトロール中の警官が発見。次に、家出少女。市内のラブホテルにて、バラバラに解体される。直接頭部だけが持ち去られて、後日、遺族の元に遺骨が送られてくる。以降の被害者も、遺体は必要以上に損壊しており、どの現場も目を覆いたくなる程の惨状だったようです。


 被害者の共通点は、子どもであること。そして、女の子であること。被害者同士の横の繋がりはなく、無差別殺人と警察は断定。同一犯であると判断された要因は、至極単純で、現場に同じ指紋が残されていたからでした。


「たかが二週間たらずで、七人ですよ。空前絶後の数字です。はっきり言って、異常です。経歴を調べても、素人なのは間違いない。だからこそ、一般人がこれだけの人数を、この短期間で、警察の捜査網にも掛からずに殺害するなんて可能なんでしょうか」


 わたしの疑問に、所長はやるせなさそうに答えます。


「でも、実際にーー殺された。七人死んだんだ。割り切れないよね。数字の話じゃなくてさ」


「そう、ですね」


 それは、もはや殺戮の域。虐殺と言っても決して過言ではありません。戦後日本で大量殺人といえば、そのどれもが歴史に残る程の大事件です。わたしが今日、間に合わなければ、その数は更に増えていました。


 決して、そういった前列が無いわけではないのですがーー。


「一つ、現時点で、不可解な事があるんですよね」


「お、何かな?」


「それは、犯行の全てが、計画的だった事です。勢い余って、衝動的に、突発的に、偶発的に、たまたまなどではなく、絵無は確信的に犯行に及んでいました。入念な下調べで、被害者の情報を探り、千載一遇の機会を伺っていた」


「そうだね。そのおかげで、こっちの情報網に引っ掛かったわけだけど」


 わたしは、頷きます。


「しかしそうなるとやはり、おかしいんですよ。犯行期間が短すぎます。今の時代、写真が一枚あれば、調べようと思って調べられないことは無いですけど。それは、時間があればの話です。絵無が情報屋に接触していた形跡はないですし。どうやって、短時間で被害者の情報を得たのでしょうか。それに——」


 実は、もう一つ、気になることが。


 と、わたしは絵無と対峙した時の事を思い出しながら続けます。


 あの、おぞましい感覚を。


「なんというかその、上手くは言い表せないのですが……。様子が、変でした」


「変、というのは?」


「声を掛け、拘束しようとしたのですが、先手を打たれまして。有無を言わさず襲いかかってきました」


 それ自体は、あまり珍しいことではありません。こういう仕事をしていれば、犯人に攻撃される事はままあります。しかし。


「動きが、常識離れしていました。油断していたわけではありませんが、あと少しで頸動脈をぱっくり逝かれるところでした」


 具体的には、あと3センチ程で。


「ふうん?」


 所長が、軽く首を傾げます。その気持ちは、わたしにも分かりました。先程言った通り、事前調査では、絵無の経歴に目立った点は無かったのです。人を殺す程に壊れてはいても、緩やかに腐敗していても、あくまでそれは一般人としての域の話。


 だからこその、齟齬そごでした。


 ナイフを使った動きは、素人そのもの。ですが、身体能力だけが逸脱していたのです。

裏社会でも通じそうな程。そういった力を得るには本来、人並み外れた経験や人道に背くかのような長い鍛錬が必要です。しかし、絵無にはそれがない。まるで、ある日突然、力だけを与えられたかのような。だとしたら、何故? いつ、どうやって?


「うーん……」


 所長は思案するように、頭を掻きます。普段はおちゃらけている方ですが、ごくごくたまに、まるで名探偵のように鋭い推理をなされる時がありました。頭を掻くのは、彼の頭がフル回転している時に出る癖。


 わたしは、しばらく固唾を飲んで見守りました。


「うん、なるほどね」


 やがて、所長が口を開きます。


「何か、わかったのですか?」


 わたしは、名探偵の助手のように相槌を打ちました。


「いや? 何も? ただ、友くんが無事でよかったなあと思って」


 ……所長に期待したわたしが馬鹿でした。


 まあ、そもそも、それこそ推理小説に出てくる奇怪なトリックが存在する類の事件ではないので、推理もへったくれもあったものではないのですが。


 どちらかと言えば、謎の解明には更なる調査が必要だと思われます。


「うん、そうだね。僕もそう思うよ。この件は、もう少し調べた方がよさそうだ。僕は僕で調べてみるし、あとは——そうだな、とりあえず、『近衛このえ』さん辺りに頼んでもう一度事件関係を洗ってもらおうかな」


 近衛さんというのは、この探偵事務所に所属する古株の従業員です。情報収集担当。裏表問わず、情報屋とのやり取りからフィールドワーク、依頼主対応から事務処理まで、なんでもこなす容姿端麗な才女です。因みに、独身。所長は過去、十回ほど振られています。


「何やらとんでもない個人情報がさらっと暴露された気がするけど……。ま、いいけどさ。それはさておき——友くん。今日は疲れただろうから、もう上がってもいいよ」


「え、いいんですか」


 まだ全然定時ではないのですが。ただでさえわたし、大学がある身ですので、最近はあまり出勤出来ていない現状です。今日も、賃金をいただいている以上、少しでも役に立とうと、一番危険な役割である犯人の確保に志願しました。


「うん。今日聞いた話も含めて、事件の報告書は、明後日中にでもまとめておいてくれればいいから」


「それでしたら、問題なく出来ますが……」


「あんまり学業を疎かにしてはいけないよ。学生の仕事は、勉強なんだ。仕事は果たさなければいけない。それは生きる上での義務のようなものだ」


 所長のふにゃふにゃした態度が、いきなり収斂しゅうれんします。


「うぐっ」


 正論でした。ですが、それを所長から諭されたというのが、わたしの中で圧倒的もやもやとなって沈殿します。滅茶苦茶失礼な事を言っているのは自覚しているのですが、事実です。


「それに、友くんが留年でもしたら、僕は『恭子きょうこ』さんにぶっ殺されます」


 ぶるぶると、大袈裟に身震いする所長。


 しかし、それが杞憂などではない事を、わたしもよく知っています。あの人ならば、本気でやりかねませんでした。例え所長が、地球の果てまで逃げたとしても無駄でしょう。宇宙に逃げても追ってくると思います。わたしにとっての保護者であり師匠であり、所長にとってのパトロンであり姉弟子である彼女は、そんな人物です。


「ということで、本日はお帰り下さい」


「わ、分かりました」


 わたしは、素直に頷きました。ちょうどこの後、『用事』もある事ですし、ありがたい事とお言葉に甘えます。


「うん、気をつけて帰るんだよ。家に帰るまでが仕事だからね。はっ! 良かったら、送って行こうか! 女の子の一人の夜道は危険だからさ!」


「結構です。わたし、大人ですので」

 

「ふられたーおつかれさまー」

 

 軽口を叩きながらひらひらと手を振る所長に、別れを告げてわたしは事務所を後にします。


 胸の奥にこべりつく焦燥。頭の片隅にへばりつく不安。心に沈殿するおりのように思い返されるのは、今日の出来事でした。


 絵無筆頼。


 それは、欠けた器。

 穴から零れ落ちた心。

 注がれたのは悪意。

 けれど、一度欠陥した心は、決して満たされることなく。


 死んだ人間のような、濁った目。

 死なない人間のような、虚な眼。

 生きていない人間のような、空っぽの瞳。

 生きている人間のような、手遅れの眸子ぼうし


 それは、鏡。

 水面の向こう側。


 思わず、口に出た言葉は自己嫌悪だったのでしょうか。


 今となってはもう、知る由はありませんでした。


 

 残念な事に。

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[良い点]  うおー、新作だー!楽しみにしてますー!続きが気になるのです…… [一言]  絵無……死んだはずでは……!?()
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